shot.9 魂の叫び
ジェトがとるに足りない矮小な存在だという彼らの認識は、既に変わっていた。
古代イッシュの王の名は、時代を経ても褪せてはいなかった。まだ力を使いこなせていない初めてのバトルでありながら、ジェトの力は強大で戦いに慣れた彼らをも圧倒した。
黒スーツの集団が彼に向かって、一斉に[ジャイロボール]や[悪の波動]、[毒針]などの遠距離攻撃を行う。ジェトは影から伸びた四本の手を操り、自身の体を覆い、守りの体勢を取った。攻撃はジェトに届く前に弾かれ、消えてしまった。
(すごい…あれだけの数の攻撃を防いでしまうなんて…。)
アンヌもジェトの潜在能力の高さに、驚きを隠せないでいた。人間のアンヌでも、彼が身に纏う紫色の波動が目に見える。
黒スーツ達の表情に焦りの色が浮かび始める。予定外の脅威に苛ついているのだろう。忌々しそうな舌打ちが聞こえた。
(……これなら…あいつらを倒せる……アンヌを…助けられる…!)
ジェトも自身の戦いに手応えを感じていた。戦えるという実感が彼の心に満ちる。
『奴らを遠くに追い払いたい』と頭の中で強く思い描くと、それが[サイコキネシス]として形になる。すると彼の意のまま黒スーツ達が宙に浮き、弾き飛ばされる。次々と地面に叩きつけられ、地で蹲る姿があった。
「…オマエらなんか…もう…怖くない……。」
「ぐっ…!」
「アンヌを…返せ……!」
ジェトは黒い手を彼らの影の中から現出させ、体を掴み、その動きを封じ込める。彼が開いた手のひらを徐々に閉じると、体への締め付けが強くなる。従わなければ、という圧力がジェトの鋭い眼光から感じられた。
退却ーーそんな空気が彼らに漂い始める。このまま時間をかけてジェトと戦い続けるのは賢い選択とは言い難い。『無駄なく、証拠を残さず、行動は俊敏に。』と命じた彼らの雇い主のルールには明らかに反していた。
「…ぐっ…。」
「従わないと…許さない……。」
王者の風格を漂わせる、ジェトの目は本気だった。その目に彼らは、曖昧だった恐怖の感情が露わになっていく。
ーーこの戦いはジェトの圧勝、かのように思われた。
ジェトの黒い手にその身を締め付けられていた彼らだったが、突如、身を圧する痛みが無くなり、ふっと体が軽くなる。そして、黒い手が消え、体の自由が戻る。
辺りが騒めく。だが、この中で最も驚いていたのは、他でもない彼らを捕らえていたジェト自身だった。
ジェトは何が起こったかわからず、目を見開く。彼の意志は、まだ彼らを締め付けるように命じていたはずだった。ましてや、解放するなど望んでいない。
先程と同じように何度も念じてみるが、やはり黒い手は現れてくれなかった。
「どう…して……?」
見捨てられたような絶望感がジェトに襲いかかる。体から力が抜けて、彼はその場に膝を崩した。徐々に、体内で湧き上がっていた力が消えていくような感覚があった。
「…はぁ…っ……はぁ…。」
全身から滝のように吹き出す汗。背筋には悪寒が走り、視界もぐらつく。
幾ら自身の体を叱責しても、立ち上がることすらできず、彼は地面に手をつくことで精一杯だった。
「あと…もう少し…なのに…。」
揺れる視界で、ジェトはアンヌの姿を捉えた。彼女はすぐ目の前にいるのだ。僅かな距離。…だが、無情にもその手は届かず、空を切るだけ。
気づけばジェトは銃口を向けた黒スーツ達に、円陣を組むように囲まれていた。形勢はあっという間に逆転され、ジェトは逃げ場を失い、追い詰められていた。
…ジェトは感情に身を任せ、大技を連発し過ぎたのだ。幾ら潜在能力が高くとも使えるエネルギーには限度がある。ポケモンとして、戦いの経験がない彼はそれを知らなかった。
「どうやら、エネルギーが底を尽きたらしいな。」
「…っ……ぐ…。」
「…危険な芽は今のうちに摘んでおくに限る。」
彼らが持つ拳銃の安全装置を外す音が、一斉に響く。
一度死んだ身である体が、矢で射抜かれた記憶を思い出させる。
…否、向かう先は消滅ではない。再び、新たな世界に行くだけだ、と古の教えを言い聞かせる。
…だが、その世界にアンヌがいる保証はなかった。優しく微笑みながら、温もりを与えてくれた彼女。永い時を耐えて、漸く出会えたのに。
蘇生したところで…またあの孤独に震えながら生きていくのか。凶暴な怪物になって、我を失ってしまうのかーー。
ジェトの目の前が真っ暗になっていく。
「いやあああっ!」
黒スーツ達に体を押さえつけられながら、アンヌは悲鳴を上げた。最悪の結果が、目の前に映し出されようとしていた。
ーー助けて、誰かジェトを助けて!
この身を捧げても構わない。そう願うのに、神様はあまりにも冷酷だった。
乾いた銃声が、終わりを告げるように虚しく響く。
◇◆◇◆◇
涙が視界を歪ませる。アンヌは顔を上げることができず、自分の涙で濡れていく地面を茫然と眺めていた。惨い現実を見てしまえば、心が張り裂けて、壊れてしまいそうだったからだ。
(わたしの…せいで…。)
ジェトを守ってあげられなかった。否、守るどころか、彼を自分の事情に巻き込み、守られてしまったのだ。
自分を幾ら責めても責めきれない。無力な自分が憎くて、悔しくて。何の解決にもならないと分かっているのに、彼女は瞳から溢れ落ちる悲しみを止めることができなかった。
「う…ぐうっ!」
「ぐあ…っ!」
呻くような声が複数、彼女の耳に入った。けれど、それすらも彼女には遠く他人事のように感じて、俯いたままでいた。
「大人が寄ってたかってガキをリンチたぁ、いい趣味してんじゃねぇか。」
ーーだがその声だけには、ぴたりと意識が反応した。
滲む視界でも見える、それはどんな絶望も希望に変えてしまう、赤く煌く一点の炎。
アンヌははっと目を見開いて、その勇姿に見惚れてしまった。
彼はジェトを軽々と小脇に抱えながら立っていた。取り囲んでいた黒スーツ達は彼を中心として、円を描くように乱雑に転がっている。
あれは、…そう、間違いない。救いを求めるアンヌが無意識に、心に描いていた彼ーー。
「…グルートっ!」
「遅れて悪かった。…なかなか戻ってこねぇから、様子を見に来てみたが…どうやら来て正解だったらしいな。」
グルートは一瞥し、辺りに散らばる黒スーツ達を睨みつける。その見た目から、すぐに彼らがスカイアローブリッジで襲いかかってきた集団と同一だと察した。
「…しつこい奴らだな。そんなに金が欲しいのか。」
「……ぐっ…!」
「ま、確かに金は重要だ。…だが、それよりも大事なモンがあること、忘れてねぇか?」
「…!」
「てめぇの命(タマ)だよ。」
再び発砲しようとしていた相手の拳銃を、グルートは素手で掴み、奪い取る。武器を奪われ、相手は狼狽える。
グルートが手に力を込めると、バキッという割れるような音とともに拳銃の部品が散らばった。その手から無残に溢れ落ちていく愛銃のパーツを、彼は茫然と眺めていた。みるみるうちに顔が青ざめていく。
怖気付いた兵隊に技など使うまでもない。グルートは拳銃を破壊した右手の拳を、そのまま彼の頬にぶつけた。重い一撃に相手の体は吹っ飛び、地に叩きつけられ、失神した。
技を使わずしてこのパワー。黒スーツ達は反射的に一歩、後退していた。
グルートは衰弱したジェトを地面に下ろし、彼を守るようにその前に立つ。
準備運動をするようにポキポキと関節を鳴らし、立ちはだかる軍団に唾を吐いた。
「かかってきな、阿呆共。俺が案内してやるよ。…地獄の入り口にな。」
煌々と燃え盛る炎と共に、彼の背後には、かの地獄の門が浮かんでいるように見えた。
古代イッシュの王の名は、時代を経ても褪せてはいなかった。まだ力を使いこなせていない初めてのバトルでありながら、ジェトの力は強大で戦いに慣れた彼らをも圧倒した。
黒スーツの集団が彼に向かって、一斉に[ジャイロボール]や[悪の波動]、[毒針]などの遠距離攻撃を行う。ジェトは影から伸びた四本の手を操り、自身の体を覆い、守りの体勢を取った。攻撃はジェトに届く前に弾かれ、消えてしまった。
(すごい…あれだけの数の攻撃を防いでしまうなんて…。)
アンヌもジェトの潜在能力の高さに、驚きを隠せないでいた。人間のアンヌでも、彼が身に纏う紫色の波動が目に見える。
黒スーツ達の表情に焦りの色が浮かび始める。予定外の脅威に苛ついているのだろう。忌々しそうな舌打ちが聞こえた。
(……これなら…あいつらを倒せる……アンヌを…助けられる…!)
ジェトも自身の戦いに手応えを感じていた。戦えるという実感が彼の心に満ちる。
『奴らを遠くに追い払いたい』と頭の中で強く思い描くと、それが[サイコキネシス]として形になる。すると彼の意のまま黒スーツ達が宙に浮き、弾き飛ばされる。次々と地面に叩きつけられ、地で蹲る姿があった。
「…オマエらなんか…もう…怖くない……。」
「ぐっ…!」
「アンヌを…返せ……!」
ジェトは黒い手を彼らの影の中から現出させ、体を掴み、その動きを封じ込める。彼が開いた手のひらを徐々に閉じると、体への締め付けが強くなる。従わなければ、という圧力がジェトの鋭い眼光から感じられた。
退却ーーそんな空気が彼らに漂い始める。このまま時間をかけてジェトと戦い続けるのは賢い選択とは言い難い。『無駄なく、証拠を残さず、行動は俊敏に。』と命じた彼らの雇い主のルールには明らかに反していた。
「…ぐっ…。」
「従わないと…許さない……。」
王者の風格を漂わせる、ジェトの目は本気だった。その目に彼らは、曖昧だった恐怖の感情が露わになっていく。
ーーこの戦いはジェトの圧勝、かのように思われた。
ジェトの黒い手にその身を締め付けられていた彼らだったが、突如、身を圧する痛みが無くなり、ふっと体が軽くなる。そして、黒い手が消え、体の自由が戻る。
辺りが騒めく。だが、この中で最も驚いていたのは、他でもない彼らを捕らえていたジェト自身だった。
ジェトは何が起こったかわからず、目を見開く。彼の意志は、まだ彼らを締め付けるように命じていたはずだった。ましてや、解放するなど望んでいない。
先程と同じように何度も念じてみるが、やはり黒い手は現れてくれなかった。
「どう…して……?」
見捨てられたような絶望感がジェトに襲いかかる。体から力が抜けて、彼はその場に膝を崩した。徐々に、体内で湧き上がっていた力が消えていくような感覚があった。
「…はぁ…っ……はぁ…。」
全身から滝のように吹き出す汗。背筋には悪寒が走り、視界もぐらつく。
幾ら自身の体を叱責しても、立ち上がることすらできず、彼は地面に手をつくことで精一杯だった。
「あと…もう少し…なのに…。」
揺れる視界で、ジェトはアンヌの姿を捉えた。彼女はすぐ目の前にいるのだ。僅かな距離。…だが、無情にもその手は届かず、空を切るだけ。
気づけばジェトは銃口を向けた黒スーツ達に、円陣を組むように囲まれていた。形勢はあっという間に逆転され、ジェトは逃げ場を失い、追い詰められていた。
…ジェトは感情に身を任せ、大技を連発し過ぎたのだ。幾ら潜在能力が高くとも使えるエネルギーには限度がある。ポケモンとして、戦いの経験がない彼はそれを知らなかった。
「どうやら、エネルギーが底を尽きたらしいな。」
「…っ……ぐ…。」
「…危険な芽は今のうちに摘んでおくに限る。」
彼らが持つ拳銃の安全装置を外す音が、一斉に響く。
一度死んだ身である体が、矢で射抜かれた記憶を思い出させる。
…否、向かう先は消滅ではない。再び、新たな世界に行くだけだ、と古の教えを言い聞かせる。
…だが、その世界にアンヌがいる保証はなかった。優しく微笑みながら、温もりを与えてくれた彼女。永い時を耐えて、漸く出会えたのに。
蘇生したところで…またあの孤独に震えながら生きていくのか。凶暴な怪物になって、我を失ってしまうのかーー。
ジェトの目の前が真っ暗になっていく。
「いやあああっ!」
黒スーツ達に体を押さえつけられながら、アンヌは悲鳴を上げた。最悪の結果が、目の前に映し出されようとしていた。
ーー助けて、誰かジェトを助けて!
この身を捧げても構わない。そう願うのに、神様はあまりにも冷酷だった。
乾いた銃声が、終わりを告げるように虚しく響く。
涙が視界を歪ませる。アンヌは顔を上げることができず、自分の涙で濡れていく地面を茫然と眺めていた。惨い現実を見てしまえば、心が張り裂けて、壊れてしまいそうだったからだ。
(わたしの…せいで…。)
ジェトを守ってあげられなかった。否、守るどころか、彼を自分の事情に巻き込み、守られてしまったのだ。
自分を幾ら責めても責めきれない。無力な自分が憎くて、悔しくて。何の解決にもならないと分かっているのに、彼女は瞳から溢れ落ちる悲しみを止めることができなかった。
「う…ぐうっ!」
「ぐあ…っ!」
呻くような声が複数、彼女の耳に入った。けれど、それすらも彼女には遠く他人事のように感じて、俯いたままでいた。
「大人が寄ってたかってガキをリンチたぁ、いい趣味してんじゃねぇか。」
ーーだがその声だけには、ぴたりと意識が反応した。
滲む視界でも見える、それはどんな絶望も希望に変えてしまう、赤く煌く一点の炎。
アンヌははっと目を見開いて、その勇姿に見惚れてしまった。
彼はジェトを軽々と小脇に抱えながら立っていた。取り囲んでいた黒スーツ達は彼を中心として、円を描くように乱雑に転がっている。
あれは、…そう、間違いない。救いを求めるアンヌが無意識に、心に描いていた彼ーー。
「…グルートっ!」
「遅れて悪かった。…なかなか戻ってこねぇから、様子を見に来てみたが…どうやら来て正解だったらしいな。」
グルートは一瞥し、辺りに散らばる黒スーツ達を睨みつける。その見た目から、すぐに彼らがスカイアローブリッジで襲いかかってきた集団と同一だと察した。
「…しつこい奴らだな。そんなに金が欲しいのか。」
「……ぐっ…!」
「ま、確かに金は重要だ。…だが、それよりも大事なモンがあること、忘れてねぇか?」
「…!」
「てめぇの命(タマ)だよ。」
再び発砲しようとしていた相手の拳銃を、グルートは素手で掴み、奪い取る。武器を奪われ、相手は狼狽える。
グルートが手に力を込めると、バキッという割れるような音とともに拳銃の部品が散らばった。その手から無残に溢れ落ちていく愛銃のパーツを、彼は茫然と眺めていた。みるみるうちに顔が青ざめていく。
怖気付いた兵隊に技など使うまでもない。グルートは拳銃を破壊した右手の拳を、そのまま彼の頬にぶつけた。重い一撃に相手の体は吹っ飛び、地に叩きつけられ、失神した。
技を使わずしてこのパワー。黒スーツ達は反射的に一歩、後退していた。
グルートは衰弱したジェトを地面に下ろし、彼を守るようにその前に立つ。
準備運動をするようにポキポキと関節を鳴らし、立ちはだかる軍団に唾を吐いた。
「かかってきな、阿呆共。俺が案内してやるよ。…地獄の入り口にな。」
煌々と燃え盛る炎と共に、彼の背後には、かの地獄の門が浮かんでいるように見えた。