shot.9 魂の叫び

 古代の城を脱出し、タイガをヒウンシティのポケモンセンターに送り届けた後、アンヌ達はヒウン建設に戻った。
 ジェトの件で聞きたいこともあり、テレビ電話を繋いで、これまでの経緯をシッポウ博物館の研究員に報告する。例の棺は、ジェトが正気に戻ったのと同時に消えてしまったということ、ジェトは古代の王で、蘇った存在だということも。アンヌの話に研究員は終始興味深そうに耳を傾けていた。

「特徴と証言から判断するに…恐らく…ジェトさんは[デスカーン]というゴーストタイプのポケモンだと思われます。」
「え?でも彼は元々人間で…。」
「ゴーストタイプのポケモン成り立ちは未だ謎に包まれている部分が多く、断定はできないのですが……何らかの理由で棺にジェトさんの思念が宿り…長い時を得て、棺の中にあった彼の肉体と融合し、ひとつの生命体ーーつまりデスカーンになったのではないかと…。」
「そんなことが…。」

 研究員は画面越しにデスカーンの図を見せてくれた。棺桶に似た形をしており、その胴体からは黒い四本の手が伸びている。ジェトが暴走していた時の姿、[棺桶の怪物]にそっくりだった。他にもデスカーンがかつて人間だったことを示唆する資料や、王の象徴として墓に描かれていたことなどから、彼がデスカーンである可能性がより強められた。

「ジェトさんが歳をとっていないように見えるのも、生前の記憶を元に、彼の思念と肉体が今の見た目を作り出したからではないかと推測されます。」

 ジェトは目覚めてから、長い間ずっと古代の城で過ごしていた。仮に蘇ったのだとしても、そこからは人間でもポケモンでも少なからず歳はとるはずだ。それが少年の姿のままなのは確かに妙だった。

「蘇り、生前の姿のまま老いることもない。まさに永遠の命…といったところでしょうか。」
「永遠の…。」

 ジェトに視線が集まる。彼は唖然とした様子で、目を丸くさせ、包帯が巻かれた自身の両手を見詰める。彼の両手は小刻みに震えていて、怯えているように見えた。


「そんな…ボクが……ポケモン…?」
「ジェト…。」
「……うそだ……ーーー嘘だぁ!」
「!、待って!ジェト!」


 ジェトはひどくショックを受けた様子で、悲痛に叫びながら、衝動的に部屋を飛び出した。動転した彼をそのままにはしておけず、アンヌも急いで彼の後を追いかける。


 ばたばたと目の前を駆け抜けていくふたりの姿を見ながら、ブレイヴとレックスは首を傾げた。

「…Huh?そんなにポケモンなのが嫌なのか?オレ様はポケモンで良かったって思うけどな。いいことだらけじゃン?」
「おう、俺もそう思うわ。」
「お前らな……。」

 ふたりの見当違いな会話にグルートは頭を抱えた。幸せな頭の構造をしている彼らにはジェトの気持ちを想像するのは、雲を掴むぐらい困難なことに違いない。

(…いや、雲を掴む方が楽かもしれねぇな。)

 だよな、と互いの意見に頷き合っている彼らの姿を見ているとグルートの口からは溜息が溢れた。

◇◆◇◆◇


 ジェトの後を追い、アンヌは4番道路に来ていた。全力で彼を追いかけたのもあって、少し息を上げながら、彼女は周囲を見渡す。

(…こちらの方に走って行ったように見えたのだけれど……。)


 噴水の見える辺りまで足を運ぶと、側にあるベンチに腰掛けているジェトの姿を見つけた。あ、と声が溢れ、彼女は足早に彼の元へ駆け出す。


「ジェト。」

 穏やかな調子で名前を呼ぶと、ジェトは俯いていた顔をゆっくりと上げた。走り去ってしまうかと思いきや、彼はその場から動かず、また下を向いてしまった。アンヌは微笑みながら、彼の側に腰を下ろす。


「……本当は…気づいてたんだ……ボクが、人間じゃないってこと…。」 
「まあ…そうだったの。」
「……レシラムやゼクロムのような…力が使えるようになっていたから…。」

 ジェトは自身の手のひらをじっと見つめた後、辺りを見渡す。噴水や外灯。整然と立ち並ぶ、マンションやビル等の建物達。それらの文明は彼の時代にはなかった、全く見知らぬ世界の物だった。


「この辺りも…随分変わっちゃった…もうボクの知らない場所………。いつか、ボクも…ボクが人間だったことすら…忘れてしまうのかな…。」

 彼の赤い瞳は寂しそうに揺れていた。孤独、絶望ーーーそれすら通り越し虚無感に心が支配されていく。
 自分を覚えている者はおろか、人間というアイデンティティすら失ってしまったのだ。王として人間とポケモンの間に立ち、その仲を人類の代表として取り持ってきた彼には信じ難い現実であった。

 アンヌは悲しげな彼の顔を真っ直ぐに見つめて、その手を取った。手を伝う彼女の体温と、強い熱意に、彼は一瞬たじろいだ。


「そんなことないわ。人間であっても、ポケモンであっても…あなたはあなたよ、ジェト。」
「……。」
「…私もね、自分のことがわからなくなって、苦しかった頃があるの。」
「…え…?」

 ジェトから見たアンヌは凛々しく、いつでも自分をしっかり持ち、勇猛果敢に立ち向かっていく。ーーそんな風なイメージで、自分のように気弱になったりしないのだと思っていた。
 だが、口を開いた彼女は憂いを帯びた横顔を見せる。道を明るく照らしてくれるような彼女でもそんな顔をするのだとジェトは驚いた。


「…シャルロワ家のルールを守り、嫌なことがあっても、お父様を怒らせないよう、お父様が望むような格好をして生きてきた。……でも、それを続けていたら、いつしか私は私を見失って。私は誰で、何の為に生きているんだろうって…。」
「…アンヌ。」
「寂しくて、恐ろしくて。…自分が自分であることを認められないって一番苦しいことだもの。」
「……うん。」

 ジェトは頷く。環境は違えど、彼女の言葉は自分のことのように彼の心に染み渡る。
 孤独で心細い日々を過ごし、世間から断絶されていたふたりにはどこか通じ合うところがあるのだろう。
 やはりアンヌの手を握っていると、気持ちが和らいでいくのをジェトは感じていた。


「あなたも私もまだ生まれたばかりの赤ちゃんなのよ。世界は知らないものに溢れてる。…これから、ゆっくり認めていけばいいのよ。世界も、自分のこともね。」



 微笑みを浮かべるアンヌに、ジェトは無性に恋しさを覚え、甘えるように抱きついた。小さく驚いた声を上げた彼女だったが、甘えん坊な彼を抱き寄せ、目を細めながら彼の頭を撫でた。
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