shot.8 なくしたもの
強い光はやがて、ソフィアの膝の上で横たわるアンヌの元へ集う。彼女は光で包まれ、体にその輝きを吸収する。
すると彼女の顔色がみるみるうちに、赤みのある健康的な色合いに戻っていく。それはまるで、枯れた花が、美しく返り咲くように。
どくん、という心音がソフィアの耳に聞こえた後、重く閉ざされていたアンヌの瞼が微弱に動いた。
「アンヌちゃん!」
ソフィアは思わず声を張り上げて彼女の名を呼んでいた。
薄く開かれた瞼から、サファイアの瞳が姿を現す。まだ朧げだが、彼女は確かに意識を取り戻していた。
「ソフィア…?」
今にも泣き出してしまいそうなソフィアの顔が目に入って、夢現なアンヌは状況を理解しきれず、不可解そうに首を傾けた。
「そんな…心臓が止まったはずの人間が…。生き返るなんて…あり得ない…。」
その場を傍観していたタイガが目を見開き、ひどく動揺したように言葉を震わせる。普段、他者を嘲るように薄ら笑みを浮かべる彼にしては珍しく、余裕のない様子で驚きの感情を露わにしていた。
棺桶の怪物と対していたグルートも戦う態勢を解き、一目散にアンヌの元へ駆け寄った。
海のように澄んだ彼女の瞳が、近寄るグルートに向けられる。彼は彼女の瞳の奥に映る、自身の姿を捉えた。
「グルート…?」
彼女に呼ばれるのは、随分久しぶりな事のように感じられた。この名を呼んでくれることがどんなに尊いことか。…彼女が生きている、何よりの証明だった。
アンヌがグルートの表情を窺うよりも先に、彼は彼女の体を力任せに抱き締めた。言葉を失い、息が詰まるような固い抱擁。戸惑いながらも彼の体温を感じて、アンヌは鼓動が速くなるのを感じた。
「…無事で…良かった。」
絞り出すように溢れたグルートの声。体を包んでいる彼の腕が僅かに震えている。それは彼がこれまでに発したことがないような弱々しい語気で。
アンヌは静かに彼の大きな背に手を回し、彼の心を慰めるように優しく摩った。
互いの熱を分かち合い、ふたりは陽だまりのような安堵感に包まれる。柔らかな温もりは、全ての恐怖を払拭してくれた。
◇◆◇◆◇
唸り声が響く。彼が取り込んでいたアンヌの魂が自身から抜け出したせいなのか、その存在はより不安定さを増していた。
「アアア…ボクヲ…ボクヲ…!」
余程錯乱しているのか、放たれる紫の球体は尽く起動を逸れ、壁や天井に衝突し、消え失せる。おどろおどろしい泣き声は益々大きくなり、次第に絶叫へと変わっていく。
「…彼だわ。きっと。」
名残惜しい気持ちを抱えながら、アンヌはゆっくりとグルートから体を離す。彼も彼女を包んでいた両腕を離し、その肩に手を添えた。
「私、やらなきゃいけないことがあるの。」
「なんだ、そりゃ。」
「あの子を助けたい!…だから、」
アンヌはじっとグルートを見詰めた。その懇願するような眼差しに、彼はおおよその見当がついた。彼女のこの顔は、決まって厄介なことを考えている時に見せるものだ。
棺桶の怪物を見据える彼女の眼差しは強く、決意に満ちている。
「彼のところまで連れて行って。お願い、グルート。」
「危険だぜ、って言っても聞かねぇんだろうな。」
「ごめんなさい。…でも、彼となら分かり合える気がするの。」
アンヌが何を見てきたのかはグルートに知る由もなかったが、彼女が言葉が通じない、生き物かどうかすらもわからない、あの棺桶の怪物を救おうとしていることだけはわかった。
お人好し。…だが、そんな甘い彼女がグルートは嫌いではなかった。
「…わかったよ。援護してやる。」
「ありがとう、グルート。」
「開口一番に無茶振りとはな。…困ったお嬢様だぜ、全く。」
口から溢れる皮肉っぽい言葉とは裏腹に、彼の口元は緩んでいた。久々に聞く、彼女の我が儘。いつの間にかそれを待ち詫びるようになってしまったようだ。…やはり、こうでなくては張り合いがない。
活気を取り戻したグルートにソフィアも安堵した様子で顔を綻ばせる。微笑ましいふたりの会話は彼女の耳にも心地の良いものだった。
「私も手伝うよ。…悲しい音を聞くのはもう沢山。」
「ソフィア…ありがとう。」
後押しをしてくれる頼もしい仲間達の存在に、アンヌは心がじんわりと温かくなるのを感じた。
悲しい音。まさしく、それは棺桶の怪物を体現したような言葉だ。周囲を破壊し、悲痛に泣き叫ぶ彼がこれ以上、苦しむことのないようにと彼女達は棺桶の怪物に向き直る。どんな闇にも負けない希望がここにはあった。
すると彼女の顔色がみるみるうちに、赤みのある健康的な色合いに戻っていく。それはまるで、枯れた花が、美しく返り咲くように。
どくん、という心音がソフィアの耳に聞こえた後、重く閉ざされていたアンヌの瞼が微弱に動いた。
「アンヌちゃん!」
ソフィアは思わず声を張り上げて彼女の名を呼んでいた。
薄く開かれた瞼から、サファイアの瞳が姿を現す。まだ朧げだが、彼女は確かに意識を取り戻していた。
「ソフィア…?」
今にも泣き出してしまいそうなソフィアの顔が目に入って、夢現なアンヌは状況を理解しきれず、不可解そうに首を傾けた。
「そんな…心臓が止まったはずの人間が…。生き返るなんて…あり得ない…。」
その場を傍観していたタイガが目を見開き、ひどく動揺したように言葉を震わせる。普段、他者を嘲るように薄ら笑みを浮かべる彼にしては珍しく、余裕のない様子で驚きの感情を露わにしていた。
棺桶の怪物と対していたグルートも戦う態勢を解き、一目散にアンヌの元へ駆け寄った。
海のように澄んだ彼女の瞳が、近寄るグルートに向けられる。彼は彼女の瞳の奥に映る、自身の姿を捉えた。
「グルート…?」
彼女に呼ばれるのは、随分久しぶりな事のように感じられた。この名を呼んでくれることがどんなに尊いことか。…彼女が生きている、何よりの証明だった。
アンヌがグルートの表情を窺うよりも先に、彼は彼女の体を力任せに抱き締めた。言葉を失い、息が詰まるような固い抱擁。戸惑いながらも彼の体温を感じて、アンヌは鼓動が速くなるのを感じた。
「…無事で…良かった。」
絞り出すように溢れたグルートの声。体を包んでいる彼の腕が僅かに震えている。それは彼がこれまでに発したことがないような弱々しい語気で。
アンヌは静かに彼の大きな背に手を回し、彼の心を慰めるように優しく摩った。
互いの熱を分かち合い、ふたりは陽だまりのような安堵感に包まれる。柔らかな温もりは、全ての恐怖を払拭してくれた。
唸り声が響く。彼が取り込んでいたアンヌの魂が自身から抜け出したせいなのか、その存在はより不安定さを増していた。
「アアア…ボクヲ…ボクヲ…!」
余程錯乱しているのか、放たれる紫の球体は尽く起動を逸れ、壁や天井に衝突し、消え失せる。おどろおどろしい泣き声は益々大きくなり、次第に絶叫へと変わっていく。
「…彼だわ。きっと。」
名残惜しい気持ちを抱えながら、アンヌはゆっくりとグルートから体を離す。彼も彼女を包んでいた両腕を離し、その肩に手を添えた。
「私、やらなきゃいけないことがあるの。」
「なんだ、そりゃ。」
「あの子を助けたい!…だから、」
アンヌはじっとグルートを見詰めた。その懇願するような眼差しに、彼はおおよその見当がついた。彼女のこの顔は、決まって厄介なことを考えている時に見せるものだ。
棺桶の怪物を見据える彼女の眼差しは強く、決意に満ちている。
「彼のところまで連れて行って。お願い、グルート。」
「危険だぜ、って言っても聞かねぇんだろうな。」
「ごめんなさい。…でも、彼となら分かり合える気がするの。」
アンヌが何を見てきたのかはグルートに知る由もなかったが、彼女が言葉が通じない、生き物かどうかすらもわからない、あの棺桶の怪物を救おうとしていることだけはわかった。
お人好し。…だが、そんな甘い彼女がグルートは嫌いではなかった。
「…わかったよ。援護してやる。」
「ありがとう、グルート。」
「開口一番に無茶振りとはな。…困ったお嬢様だぜ、全く。」
口から溢れる皮肉っぽい言葉とは裏腹に、彼の口元は緩んでいた。久々に聞く、彼女の我が儘。いつの間にかそれを待ち詫びるようになってしまったようだ。…やはり、こうでなくては張り合いがない。
活気を取り戻したグルートにソフィアも安堵した様子で顔を綻ばせる。微笑ましいふたりの会話は彼女の耳にも心地の良いものだった。
「私も手伝うよ。…悲しい音を聞くのはもう沢山。」
「ソフィア…ありがとう。」
後押しをしてくれる頼もしい仲間達の存在に、アンヌは心がじんわりと温かくなるのを感じた。
悲しい音。まさしく、それは棺桶の怪物を体現したような言葉だ。周囲を破壊し、悲痛に泣き叫ぶ彼がこれ以上、苦しむことのないようにと彼女達は棺桶の怪物に向き直る。どんな闇にも負けない希望がここにはあった。