shot.8 なくしたもの
「ウゥッ…グオオオッ!」
棺桶の怪物が放った紫色の球体が辺りに飛び散り、石柱や壁を破壊する。
舞い上がる砂埃から肘で顔を守る。噎せながら、グルートは立ち上がった。ソフィアは彼が動いた気配を感知し、不安げな顔をする。
「グルートさん…!」
「大丈夫だ。…もう、さっきみてぇな馬鹿な戦い方はしねぇよ。」
またグルートが我を失ってしまうのではないか、というソフィアの心配は杞憂に終わった。
彼は落ち着いた様子で、真っ直ぐに棺桶の怪物を見据える。徐にポケットから煙草を取り出し、口に銜えた。深く息を吸い、白煙と共にふう、と息を吐き出す。
「…あいつが戻って来るまで、俺はその体を守ってやらなきゃならねぇ。…いつまでもみっともない面してたら、グラのおっさんにも顔向けできねぇしな。」
口の中で広がる、慣れた煙草の辛味が彼の昂る気持ちを鎮めてくれる。
先程までの情けない姿をアンヌが見ていたらきっと叱られたに違いない。頬を膨らませ、一生懸命に怒る彼女の姿が浮かんで、口許が緩んだ。
「どっからでもかかってきな、棺桶の怪物さんよ。…てめぇの攻撃、俺が全部受け止めてやるぜ。」
煙草を挟んだまま、棺桶の怪物に向かって指を差す。挑発に呼応するように彼は再度あの紫色の球体をグルートに投げつけた。
グルートは飛び跳ねて、それを避ける。お返しに[悪の波動]をお見舞いするが、やはり攻撃はすり抜けてしまう。
「ウグアアアアッ!」
「そうだ、いい子だ。その調子でこっちに攻撃しといてくれよ?」
攻撃が当たらないことは彼もその身をもって学んでいる。あくまでもグルートの狙いは棺桶の怪物の意識を自分に向けることであって、相手を倒そうとしているわけではなかった。
ーー彼女が生きているのならば、まだ希望はある。僅かな光が彼に冷静さを取り戻させた。
「…諦めてしまえば楽なのに。可能性なんて無いに等しいじゃあないか。なのに、君は如何して…。」
終わりの見えない攻防。それははっきりとした確証もない、アンヌが戻ってくるという漠然とした望みが叶うまで続く。遠巻きに戦いを眺めていたタイガの目にはそれがひどく残酷に映る。何故、そうまでしてグルートが戦おうとするのか、彼女が生きていると信じられるのか、彼には理解できなかった。唇を噛み、哀れなグルートからタイガは目を逸らす。…彼は苛立っているようで、悲しんでいるような複雑な心境を瞳に映していた。
「ぐっ…!」
だが幾ら希望を得たとしても、攻撃を当てることが出来ないグルートが不利なことは依然として変わらない。動けば動くほど体力も消耗する。気持ちとは裏腹に、彼の動きに衰えが見えているのは明白だった。
棺桶の怪物が繰り出そうとしている次の手まで間に合わない。ーーーその身で攻撃を受けることを覚悟したグルートだったが、ふっと体が軽くなるような風が背を撫ぜ、寸前で躱すことができた。
「グルートさん、大丈夫っ!?」
「サンキュー。助かったぜ、ソフィア。」
彼女がグルートに手のひらを翳し、[追い風]を向けてくれていたことが、彼の危機を助けた。
振り返り、ソフィアに礼を言うと、彼女は安堵した様子で頷いた。視界の隅で、彼女の膝の上で目を瞑るアンヌの姿も見える。グルートは息の上がる体を奮い立たせ、弱気になりそうな感情を振り払う。
棺桶の怪物の次の動きを注視して、いつでも動けるように彼は構えを取る。
「ウ…アアアアアアアッ!!!」
ーー突然、棺桶の怪物が絶叫し、その場で悶えるように黒い手を振り乱す。棺桶から伸びたその手は苦痛を感じているのか、周囲を取り囲む石柱に当たり散らし、固い表面を削り取る。
「…何だ…?」
相手の動きの意図が読めず、グルートは警戒を強める。
棺桶の怪物の中から光が溢れ出す。どこか懐かしさを感じさせる温かな光にグルートは思わず、見惚れてしまう。
光は強く輝きながら、徐々に空間全体に降り注ぐように広がっていき、辺りの視界を眩ませた。
棺桶の怪物が放った紫色の球体が辺りに飛び散り、石柱や壁を破壊する。
舞い上がる砂埃から肘で顔を守る。噎せながら、グルートは立ち上がった。ソフィアは彼が動いた気配を感知し、不安げな顔をする。
「グルートさん…!」
「大丈夫だ。…もう、さっきみてぇな馬鹿な戦い方はしねぇよ。」
またグルートが我を失ってしまうのではないか、というソフィアの心配は杞憂に終わった。
彼は落ち着いた様子で、真っ直ぐに棺桶の怪物を見据える。徐にポケットから煙草を取り出し、口に銜えた。深く息を吸い、白煙と共にふう、と息を吐き出す。
「…あいつが戻って来るまで、俺はその体を守ってやらなきゃならねぇ。…いつまでもみっともない面してたら、グラのおっさんにも顔向けできねぇしな。」
口の中で広がる、慣れた煙草の辛味が彼の昂る気持ちを鎮めてくれる。
先程までの情けない姿をアンヌが見ていたらきっと叱られたに違いない。頬を膨らませ、一生懸命に怒る彼女の姿が浮かんで、口許が緩んだ。
「どっからでもかかってきな、棺桶の怪物さんよ。…てめぇの攻撃、俺が全部受け止めてやるぜ。」
煙草を挟んだまま、棺桶の怪物に向かって指を差す。挑発に呼応するように彼は再度あの紫色の球体をグルートに投げつけた。
グルートは飛び跳ねて、それを避ける。お返しに[悪の波動]をお見舞いするが、やはり攻撃はすり抜けてしまう。
「ウグアアアアッ!」
「そうだ、いい子だ。その調子でこっちに攻撃しといてくれよ?」
攻撃が当たらないことは彼もその身をもって学んでいる。あくまでもグルートの狙いは棺桶の怪物の意識を自分に向けることであって、相手を倒そうとしているわけではなかった。
ーー彼女が生きているのならば、まだ希望はある。僅かな光が彼に冷静さを取り戻させた。
「…諦めてしまえば楽なのに。可能性なんて無いに等しいじゃあないか。なのに、君は如何して…。」
終わりの見えない攻防。それははっきりとした確証もない、アンヌが戻ってくるという漠然とした望みが叶うまで続く。遠巻きに戦いを眺めていたタイガの目にはそれがひどく残酷に映る。何故、そうまでしてグルートが戦おうとするのか、彼女が生きていると信じられるのか、彼には理解できなかった。唇を噛み、哀れなグルートからタイガは目を逸らす。…彼は苛立っているようで、悲しんでいるような複雑な心境を瞳に映していた。
「ぐっ…!」
だが幾ら希望を得たとしても、攻撃を当てることが出来ないグルートが不利なことは依然として変わらない。動けば動くほど体力も消耗する。気持ちとは裏腹に、彼の動きに衰えが見えているのは明白だった。
棺桶の怪物が繰り出そうとしている次の手まで間に合わない。ーーーその身で攻撃を受けることを覚悟したグルートだったが、ふっと体が軽くなるような風が背を撫ぜ、寸前で躱すことができた。
「グルートさん、大丈夫っ!?」
「サンキュー。助かったぜ、ソフィア。」
彼女がグルートに手のひらを翳し、[追い風]を向けてくれていたことが、彼の危機を助けた。
振り返り、ソフィアに礼を言うと、彼女は安堵した様子で頷いた。視界の隅で、彼女の膝の上で目を瞑るアンヌの姿も見える。グルートは息の上がる体を奮い立たせ、弱気になりそうな感情を振り払う。
棺桶の怪物の次の動きを注視して、いつでも動けるように彼は構えを取る。
「ウ…アアアアアアアッ!!!」
ーー突然、棺桶の怪物が絶叫し、その場で悶えるように黒い手を振り乱す。棺桶から伸びたその手は苦痛を感じているのか、周囲を取り囲む石柱に当たり散らし、固い表面を削り取る。
「…何だ…?」
相手の動きの意図が読めず、グルートは警戒を強める。
棺桶の怪物の中から光が溢れ出す。どこか懐かしさを感じさせる温かな光にグルートは思わず、見惚れてしまう。
光は強く輝きながら、徐々に空間全体に降り注ぐように広がっていき、辺りの視界を眩ませた。