shot.8 なくしたもの
サイドに刈り上げた金色のオールバック。後ろ髪から鋭く伸びた赤い毛。金と黒の派手なスカジャンを見に纏った彼は紛れも無く、ソフィアが兄と慕うレックスだった。
しかし、彼に向かって駆け出しかけた彼女の足が留まる。
「おにい…ちゃん?」
感じた気配は確かにレックスのそれだった。けれど、ソフィアが感じたのは彼の存在だけではない。反射的に足を止めてしまったのは彼の体に纏わり付く、恐ろしく冷たい空気に違和感を覚えたからだ。それはまるで、先程まで背後に迫って離れなかった、ミイラのようで。
「うあ…あああ!」
「!」
あろう事か、レックスはソフィアに向かって拳を振りかざした。彼女は茫然としていて、異変に気付いたグルートが一足早くソフィアとレックスの間に割って入り、攻撃を受け止める。
「てめぇ…どういうつもりだ!レックス!」
「あ…あ……。」
目に入れても痛くないというほど大切に可愛がっているソフィアを攻撃するなど、普段の彼では考えられないことだ。
グルートはレックスに問い質したが、明確な返事はなく、彼は声にならない嗄れ声で呻くだけ。
右手でレックスの拳を受け止め、踏ん張りながら、拮抗する力を押さえ込んでいたがーー今度は上空から殺気が注がれていることに気がついた。
「ぐ…おおお…!」
この至近距離では今から逃げるのは困難だと判断したグルートは咄嗟に、空いていた左手で上からの攻撃を防ぐ。
「!…お前は…。」
攻撃を受け止めたグルートは思わず目を丸くさせ、衝撃を露わにした。目の前にいたのは、またもや彼がよく知るブレイヴだったのだ。
レックスもブレイヴも、既にグルートの存在は目についているはずだが、どちらも我を忘れたように攻撃の手を緩める様子はない。
「ちっ、なんだってんだ!…目を覚ませ、阿呆共!」
「う…ああ…。」
「ぐ……ああ。」
幾ら戦いに慣れたグルートでも、これ以上二人分の力を押さえ込むのは厳しい。止む無く[しっぺ返し]をふたりの鳩尾に叩き込み、ソフィアを抱えながら後退する。
彼らの肌はまるでミイラのように血の気がない。目は白目の部分まで赤く充血したように染まっていて、覚束ない足取りだ。
「何が起こったの…!?」
ソフィアは困惑し、グルートに詰め寄る。無理もない。自らの兄の気配が、みるみるうちに邪悪な気配に飲み込まれてしまったのだから。
「お前の兄貴とあの赤頭がいきなり攻撃してきやがったんだ…。」
「お兄ちゃんとブレイヴさんが!?一体どうして……。」
「わからねぇ…だが様子が変だぜ。」
手のひらから伝わってきた彼らの打撃には、感情がなかった。戦いに対して鬱陶しいまでの熱意を持っている彼らの拳が、だ。グルートの目にはふたりが自らの意志とは無関係に“動かされている”ように見えた。
「う…うあああ!」
頭を抱え、悶え苦しみながら、ブレイヴは[火炎放射]を放つ。
「脳筋なのは変わらねぇみてぇだな!俺に炎の技は効かねぇよ!」
炎タイプを併せ持つグルートに[火炎放射]の効果は今一つ。その上、彼の特性は[もらいび]だ。相手の放った炎タイプの技のエネルギーを吸収し、自らの力にすることができる。当然、避ける必要もない。グルートは向かってくる炎の閃光を受け止めようと、腕を伸ばした。
「…!?」
だが、炎に触れた瞬間。今まで感じたことのない、腕の皮膚を焦がすような熱と痛みを感じ、咄嗟に飛び上がり、攻撃を回避した。攻撃を受けた腕を見ると、軽症ではあるが赤く腫れていた。おまけに鼻腔に付く焦げた臭い。その元を探ると、ジャケットの腕を捲った部分から煙が出ていた。慌てて火の粉を振り払い、鎮火する。
(特性の効果が、ねぇだと…?)
本来ならば炎を吸収するはずの[もらいび]が効果を発揮せず、ダメージを受けてしまったということだろうか。一体何故…しかし、正気を失った彼らが考える時間を与えてくれる訳も無く、畳み掛けるようにレックスが襲いかかってきた。
膝をついているグルートの足元から大きな鋏のような鋭利な刃物が現出する。強力な技、[ハサミギロチン]だ。一撃必殺のそれを食らえば、グルートも彼に抱えられているソフィアも、無事では済まない。
立ち上がる時間も惜しくグルートは[悪の波動]を鋏に投げ付け、その反動を利用し、距離を取った。ソフィアを庇うようにして、砂の上を横転した。
壁にぶつかり、直撃したグルートの背に痛みが走った。うっ、と思わず声が出て、苦い顔になる。幸いソフィアは、柔らかい砂の上に伏していて、目立った外傷はない。体を強打した直後で上手く身動きが取れないグルートとは対照的に、彼女は体を起こし、立ち上がっていた。
彼はソフィアに逃げるように促そうとしたが、彼女の足はレックスとブレイヴの方に向いていた。彼女は足を震わせながら、しかし、願うような心持ちで彼らとの距離を縮める。
「お兄ちゃん、ブレイヴくん!…お願い、目を覚まして!」
「ばっ…!前に出るんじゃねぇ!今の奴らは危険だ!」
グルートは叫んだが、レックスとブレイヴの殺気は既にソフィアに向いていた。ふたりのパワーが拳に集約していくのを感じる。
近くでふたりのバトルを見たことがあるからこそ、彼らが放とうとしている[逆鱗]のパワーが凄まじいことも、ソフィアはわかっていた。元に戻す方法はわからない。それでも、危険を冒してでも、彼女は彼らを助けたかった。願えばこの声が届くと信じて。
ソフィアの目尻から一粒、涙が溢れ出した。
「やめろぉぉ!」
地を這いながら、グルートが声を振り絞る。砂を掴み、よろめく体を奮い立たせようとしたが間に合わない。
しかし、彼に向かって駆け出しかけた彼女の足が留まる。
「おにい…ちゃん?」
感じた気配は確かにレックスのそれだった。けれど、ソフィアが感じたのは彼の存在だけではない。反射的に足を止めてしまったのは彼の体に纏わり付く、恐ろしく冷たい空気に違和感を覚えたからだ。それはまるで、先程まで背後に迫って離れなかった、ミイラのようで。
「うあ…あああ!」
「!」
あろう事か、レックスはソフィアに向かって拳を振りかざした。彼女は茫然としていて、異変に気付いたグルートが一足早くソフィアとレックスの間に割って入り、攻撃を受け止める。
「てめぇ…どういうつもりだ!レックス!」
「あ…あ……。」
目に入れても痛くないというほど大切に可愛がっているソフィアを攻撃するなど、普段の彼では考えられないことだ。
グルートはレックスに問い質したが、明確な返事はなく、彼は声にならない嗄れ声で呻くだけ。
右手でレックスの拳を受け止め、踏ん張りながら、拮抗する力を押さえ込んでいたがーー今度は上空から殺気が注がれていることに気がついた。
「ぐ…おおお…!」
この至近距離では今から逃げるのは困難だと判断したグルートは咄嗟に、空いていた左手で上からの攻撃を防ぐ。
「!…お前は…。」
攻撃を受け止めたグルートは思わず目を丸くさせ、衝撃を露わにした。目の前にいたのは、またもや彼がよく知るブレイヴだったのだ。
レックスもブレイヴも、既にグルートの存在は目についているはずだが、どちらも我を忘れたように攻撃の手を緩める様子はない。
「ちっ、なんだってんだ!…目を覚ませ、阿呆共!」
「う…ああ…。」
「ぐ……ああ。」
幾ら戦いに慣れたグルートでも、これ以上二人分の力を押さえ込むのは厳しい。止む無く[しっぺ返し]をふたりの鳩尾に叩き込み、ソフィアを抱えながら後退する。
彼らの肌はまるでミイラのように血の気がない。目は白目の部分まで赤く充血したように染まっていて、覚束ない足取りだ。
「何が起こったの…!?」
ソフィアは困惑し、グルートに詰め寄る。無理もない。自らの兄の気配が、みるみるうちに邪悪な気配に飲み込まれてしまったのだから。
「お前の兄貴とあの赤頭がいきなり攻撃してきやがったんだ…。」
「お兄ちゃんとブレイヴさんが!?一体どうして……。」
「わからねぇ…だが様子が変だぜ。」
手のひらから伝わってきた彼らの打撃には、感情がなかった。戦いに対して鬱陶しいまでの熱意を持っている彼らの拳が、だ。グルートの目にはふたりが自らの意志とは無関係に“動かされている”ように見えた。
「う…うあああ!」
頭を抱え、悶え苦しみながら、ブレイヴは[火炎放射]を放つ。
「脳筋なのは変わらねぇみてぇだな!俺に炎の技は効かねぇよ!」
炎タイプを併せ持つグルートに[火炎放射]の効果は今一つ。その上、彼の特性は[もらいび]だ。相手の放った炎タイプの技のエネルギーを吸収し、自らの力にすることができる。当然、避ける必要もない。グルートは向かってくる炎の閃光を受け止めようと、腕を伸ばした。
「…!?」
だが、炎に触れた瞬間。今まで感じたことのない、腕の皮膚を焦がすような熱と痛みを感じ、咄嗟に飛び上がり、攻撃を回避した。攻撃を受けた腕を見ると、軽症ではあるが赤く腫れていた。おまけに鼻腔に付く焦げた臭い。その元を探ると、ジャケットの腕を捲った部分から煙が出ていた。慌てて火の粉を振り払い、鎮火する。
(特性の効果が、ねぇだと…?)
本来ならば炎を吸収するはずの[もらいび]が効果を発揮せず、ダメージを受けてしまったということだろうか。一体何故…しかし、正気を失った彼らが考える時間を与えてくれる訳も無く、畳み掛けるようにレックスが襲いかかってきた。
膝をついているグルートの足元から大きな鋏のような鋭利な刃物が現出する。強力な技、[ハサミギロチン]だ。一撃必殺のそれを食らえば、グルートも彼に抱えられているソフィアも、無事では済まない。
立ち上がる時間も惜しくグルートは[悪の波動]を鋏に投げ付け、その反動を利用し、距離を取った。ソフィアを庇うようにして、砂の上を横転した。
壁にぶつかり、直撃したグルートの背に痛みが走った。うっ、と思わず声が出て、苦い顔になる。幸いソフィアは、柔らかい砂の上に伏していて、目立った外傷はない。体を強打した直後で上手く身動きが取れないグルートとは対照的に、彼女は体を起こし、立ち上がっていた。
彼はソフィアに逃げるように促そうとしたが、彼女の足はレックスとブレイヴの方に向いていた。彼女は足を震わせながら、しかし、願うような心持ちで彼らとの距離を縮める。
「お兄ちゃん、ブレイヴくん!…お願い、目を覚まして!」
「ばっ…!前に出るんじゃねぇ!今の奴らは危険だ!」
グルートは叫んだが、レックスとブレイヴの殺気は既にソフィアに向いていた。ふたりのパワーが拳に集約していくのを感じる。
近くでふたりのバトルを見たことがあるからこそ、彼らが放とうとしている[逆鱗]のパワーが凄まじいことも、ソフィアはわかっていた。元に戻す方法はわからない。それでも、危険を冒してでも、彼女は彼らを助けたかった。願えばこの声が届くと信じて。
ソフィアの目尻から一粒、涙が溢れ出した。
「やめろぉぉ!」
地を這いながら、グルートが声を振り絞る。砂を掴み、よろめく体を奮い立たせようとしたが間に合わない。