shot.8 なくしたもの

「もうミイラはこりごりだっつうのぉ~~~ッ!!!!」

 ブレイヴが顔を引き攣らせながら、半泣きで叫ぶ。
 時を同じくしてブレイヴ一行もまた、ミイラの集団に追いかけられていた。ブレイヴとレックスは息を切らせながら全力で走っている。相変わらずタイガは他人事のようにぼんやりしていて、ミイラが現れても走り出そうともしなかった。見かねたブレイヴが咄嗟に彼を脇に抱えて、運んでいた。

「攻撃も当たらへんって…コイツらどないなっとるんや!?」
「そんなに必死にならなくてもいいのに。こういうのって、大体逃げきれずに終わるんだからさァ。あはは。」
「おめェはそういうこと言うのやめろっつーのッ!」

 既に諦めモード全開なタイガの言葉にブレイヴは反発した。けれど背筋に冷たい汗が這うのは、それが大袈裟ではないということを心の片隅で感じているからなのかもしれない。
 いくらパワフルなふたりだからといって無限に体力があるわけではない。現に走り出した時よりも確実にスピードは落ちている。対して、生ける屍であるミイラ達の追いかけてくるスピードには変化がない。彼らとの距離は確実に縮まっていた。

「…せや!ええこと思いついたで!」
「Ah!?」
「身代わりを使ってあいつらの気を逸らすんや!いけるかわからへんけど、やってみる価値はあるんとちゃうか!」

 身代わりで自分たちの偽物を作り、ミイラ達がそちらに気を取られている隙に逃げるというのがレックスの考えだった。彼なりに精一杯の知恵を振り絞って考え出したのだが、それにブレイヴは不服そうな顔をする。

「そンなダセー真似、出来るかよッ!」
「安心せえ!絶叫しながら逃げ回っとる時点で充分ダサいわ!」
「うっ……。」

 そう言われれば何も返せず、彼は言葉を詰まらせた。使う技は派手な攻撃技だけ!だと思っているブレイヴにとっては納得のいかない作戦だったが…。かといって代替え案も浮かばず。ミイラに追いかけられ続けることを想像して、結果、その方が彼には堪えた。背に腹は変えられず、渋々了承した。

 石造りの通路の左右には、等間隔で小部屋が並んでいた。かつてはこの城に多くの人間とポケモンが住んでいたことが窺える。

 レックスは忙しなく視線を動かし、頃合いを見計らうような仕草をする。
 二つ、三つ…と小部屋を通り抜け、七つ目の部屋の入り口の前を通る時、ブレイヴの方を見て、

「今や!」

 レックスが出した合図に合わせて、彼とブレイヴは身代わりを使い、自分の偽物をその場に現出させた。それとほぼ同時に、一行は偽物を置いた場所から一歩手前にある部屋に飛び込む。
 上手くタイミングを合わせられたと思ったのも束の間、壁に背をくっつけながら、部屋の外の様子を覗き見ると、身代わりが一つ足りないことに気づく。

「おい…!タイガ!なにボサッとしとんねん!オドレ話聞いとったんか!」
「最初から僕は逃げる気なんてないし、君達がどうなろうと知ったこっちゃないよ。」
「オドレはホンマに腹の立つ…!」
「バッ…!声がでけーっつうの…!オレ様が身代わり使った意味がなくなるじゃねーか。」
「ぐッ……せやな…。」
「あはは。」

 非協力的なタイガに、思わずレックスは手が出そうになったが、ブレイヴの言う通り、ここで暴れてミイラに居場所が見つかってしまえば隠れた意味がなくなってしまう。
 レックスはギリギリと歯を食いしばりながら、腹立たしい気持ちを抑える。

 その我慢の甲斐もあってか、狙い通りミイラの意識は偽物の方に向いた。無数のミイラが自分たちと瓜二つの偽物を取り囲み、魂を食らうように群がっている様は、なんとも不気味で見ていて気持ちの良いものではなかったが。ぞわぞわと体が強張るのを感じながら、レックスとブレイヴは顔を見合わせた。こちらからは見えないあの輪の中心で何が行われているのか、想像しただけで悍ましかった。


「ーーーごほっ、げほっ。」


 一先ず安堵し、逃げ出すタイミングを見極めるため、相手の様子を見ようとした矢先。
 顔を石像のように硬直させたふたりの視線が、再びタイガに集中した。


「な、なにしとんねん……悪ふざけも大概にーーー。」

 先のことも含めて、タイガに対しての怒りが爆発しそうになるレックスだったがーー口元を両手で押さえ付け、その指の隙間からボトボトと鮮やかな朱色を零す彼の様に、昂っていた感情がさあっと引いていった。

 タイガは苦しそうに地面に這いつくばり、地面の砂を掴みながら嘔吐にも似た様子で咳き込み、血溜まりを作った。とても彼が悪ふざけで演技しているようには見えない生々しさで、レックスもブレイヴも暫くの間、声をかけるのも忘れて唖然としていた。


「お、おめェ…ポケセンで治してきたンじゃねーのかッ…!?」

 はっと意識が明瞭になったのと同時に、必死にタイガをヒウンシティのポケモンセンターに連れて行こうとしていた時のことを思い返す。グラに助けられる形にはなってしまったが、彼をポケモンセンターに送り届け、しっかり処置を施して貰ったはずだった。
 けれど目の前に映る彼の姿は完治には程遠く、むしろ悪化しているようにすら見える。
 どうして、と疑問を露わにするブレイヴをタイガは肩で息をしながら見上げる。何もかも諦め切ったような虚な眼差しで、彼を見た。そして不穏な空気とは不釣り合いな程、穏やかに笑う。タイガの周りだけ違う時間が流れているようだった。


「お…おい!しっかりしろ、タイガッ!」
「せや、しゃきっとせぇ!」

 ブレイヴとレックスが呼びかけるも虚しく、タイガは意識を失い、その場に倒れ込んだ。いくら揺すっても目を覚ます様子はない。彼に触れた時についた手の平の赤い血にブレイヴはどくどくと、心拍数が上がっていくのを感じた。

 地に伏したまま動かなくなったタイガと、青ざめた顔のブレイヴを見て、ただ事ではないと察したレックスはちっ、ともどかしそうに舌打ちをした。
 どうやら、この場所で悠長に構えていられる時間はあまりないらしかった。


「しゃあない、早うこっから出るしかーーー。」

 彼は立ち上がろうと、重い腰を上げる。外の様子を見ようと、振り返ったところ。
 既に、見覚えのある乾いた皮膚と空洞の目がこちらを覗き見ていた。煌々と輝く彼らの命を渇望するように。ミイラ達は呻く。

 驚く声すらまともに出てこず、息の切れたような音を口の端から漏らしながら腰を抜かし、横転する。受け入れがたい現実に硬直している間に、ミイラは後ろからぞろぞろと数を増やし、辺りを取り囲む。

「こ、こら…ぎょうさん…みなさんお揃いで……。」
「まるで、PARTYだぜ…HAHA……。」

 軽口を叩くも、所詮虚勢でしかなく。今にも消えかけている灯火のように彼らの勢いは萎んでいく。


「ぎゃあああああーーーッ!!」


 乾いたミイラの顔が近づき、そして、骨のような手があちこちから伸ばされ、彼らの血肉を求める。ふたりの哀れな絶叫が古代の城に木霊した。
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