shot.8 なくしたもの
「いってて……。」
背中に響く痛み。勢いよく体を地面に叩きつけられた為、腰を強く打ってしまったらしい。少し砂を口に含んでしまったようで、ブレイヴはざらつく口内の気持ち悪さを感じながら噎せ、持っていた[おいしい水]で口を濯いだ。
天上を見上げると大きく空いた穴。幸いにも落下した場所は柔らかい砂が堆積しており、それがクッションになって落下の衝撃を弱めてくれたようだ。
(そういや…レックスのヤツはどこ行ったンだ?)
頬を膨らませ、忙しなく口内の水を移動させながらこびり付いた砂を取る。その傍ら、共に落下したはずのレックスを探し、周囲を見回す。すると程なくして、地面に伏す人影を見つけた。ブレイヴは内心、ほっと安堵しながらそれに近づいていく。どうやら落ちたところが悪かったのか、体の半分以上が砂に埋もれていた。半分見えている部分を引き上げようと足に力を入れたが、踏ん張るまでもなく、彼の体は拍子抜けするほど軽く、ブレイヴの片手だけで容易く持ち上がった。
「なンだよおめェ、偉そうな口叩く割にはひょろひょろじゃねェか!そンなンじゃ、オレ様の鋼のBODYには勝て―――。」
ブレイヴの眼前に彼の顔が現れる。乾いた皮膚。空洞の目。やせ細り、血の気のない土色の人形。ブレイヴは一瞬頭が真っ白になり、口に含んでいた水を砂ごと、ごくりと飲んでしまった。
「み…ミイラァアアアアッ!?!?!?」
それがなんなのかを一足遅れて理解したブレイヴは掴んでいたミイラを投げ飛ばし、一目散に逃げだした。けれど、柔らかな砂に足を取られて、投げ飛ばしたミイラから大した距離も取れず転んだ。しかしそれでも彼はミイラから少しでも離れたい一心で、立ち上がることも忘れ、震える手で砂を掴みながら前進しようとする。一歩、二歩、三歩…と進んだ辺りで、指の先に固いものが触れた。恐る恐る視線を向ければ、茶色く色あせた骨が、砂の中から顔を出していた。
再びブレイヴの絶叫が響き渡る。
「騒がしいやっちゃなァ。そない驚くことやないやろ。」
「ヒィィィィ!?今度はなンだってンだよォオ~~~!!」
「アホ。俺や。レックスや。」
「……え。」
暗がりの中から呼びかける仲間の声にさえも、ブレイヴは戦慄した。両手で顔を覆い、庇うような仕草をする彼を見、レックスは呆れたように溜息を吐いた。
「お…おめ…。どこ行ってたんだよォ!ま、紛らわしいことしてンじゃねェぞゴラァッ!!!」
彼がレックスであると気づいたブレイヴはきょとんと目を丸くさせ、気まずそうに視線を泳がせた。そしてこの恥ずかしさを打ち消そうと彼に八つ当たりするように話題を逸らす。
「あんさんより早う気がついたモンでな。この辺りを調べとったんや。…ま、見つかったんは砂に埋もれたミイラと骨だけやったけどな。見てみぃ、そこらに仰山あるわ。」
レックスは適当に付近の砂を探り、その中から骨を取り出した。それもブレイヴが先ほど触れた骨と同じように茶色くなり、古びているものだった。しかも一本や二本ではなく、レックスの言う通り、よく見ると、辺り一帯の砂の中からその一部が頭を覗かせていた。
「上に戻れるような道は見当たらんかったし、先に進むしかないみたいやな。」
「ま…マジかよ……。」
「俺かて泣きたいわ。…兄貴がおるいうても、ソフィアがこけたり、悲しんだりしてへんか……あーッ!心配やーーッ!」
「………。」
ブレイヴとはまた違った理由で、レックスは絶望的な気持ちになっていた。ミイラより、骨より、彼は愛しの妹を脅かす存在の方が恐ろしいらしかった。眉を寄せ、口をへの字にしながら情けない顔で項垂れている。……今度はブレイヴの方が冷めた目をして呆れる番だった。
「とにかく、チンラタしとる暇はあれへん!はよ行くで!」
「お、おいッ!待てよ!置いてくんじゃねェ~~ッ!」
ソフィアのことしか頭にないレックスはブレイヴのことなど眼中にない様子で、せかせかと足を進める。乗り気ではなかったが、ここでひとりになるよりはましだと判断し、ブレイヴはよろめきながら彼の後に続いた。
◇◆◇◆◇
ブロック状に石が積み上げられた門をくぐり、部屋の外に出る。長い通路が伸びていることはわかったが、辺りが暗くよく見えない。そこでレックスは[焼き尽くす]を使い、自身を取り囲むように明かりを灯した。
石の壁と砂が堆積した床。変わり映えのない殺風景な道を歩く。それに合わせて明かりも付いて動いた。
「…あんなァ、男にくっ付いて歩かれても全然ッ、嬉しゅうないんやけど。」
ブレイヴはレックスの肩を掴み、ぴったりと引っ付きながら、へっぴり腰で歩いていた。見るからに挙動不審な彼の反応にレックスはいい加減飽きたと言わんばかりだ。
「オレ様だって嬉しくねェよ!でも……しゃァねェだろッ!?」
「ソフィアやったらいざ知らず……とんだ貧乏くじ引いてもうたなァ……はぁ~。」
「なにォ!?オレ様は大当たりの男だっつーのッ!」
言われっぱなしのままではいられなかったのだろう。隠す素振りもなく、堂々と小言を漏らすレックスにブレイヴは思わず壁に拳を打ち付け、強い口調で反論した。
その時、壁に当たった手がズッっと沈んでいくような感覚があった。違和感を覚えたブレイヴが視線を向けると、彼の手が乗っている石壁の一部分だけがくっきりと凹んでいた。
ブレイヴはその手を退かすこともできず、強張った笑みを浮かべながらレックスを見た。視線を向けられた彼もまた硬直し、頬を引き攣らせながら辛うじて笑みと呼べるような表情を浮かべる。これから先、冒険もののアクション映画でありがちな展開を予測して、彼らは乾いた笑い声を響かせた。
ゴゴゴ、という地響きのような音が聞こえる。それは徐々に大きくなっていき―――ふたりが後ろを振り返ると、通路の幅に収まるぐらいの大きな球体状の岩が眼前に迫っていた。
「なんじゃこらァアアアアアッ!!!?」
ふたりは絶叫を繰り出しながら、わけもわからず無我夢中で走り出した。しかし、通路は一本道。他に抜けられそうな場所はなく、彼らは転がってくる岩に追われる形で逃げ惑うしかない。
「またいらんことしよってからにぃッ!やっぱし、貧乏くじやったやないか~~ッッ!!!」
「悪いな!オレ様ってばいい男だから色ンなモノを引き寄せちまうンだよッ!」
「せやったら、この状況もどうにかしてもらえまへんやろか!色男サンッ!?」
「そ、それはー……。」
「何もあれへんのかいッ!」
迫りくる岩の前でも調子のいいやり取りをする彼らだったが、危機的状況は変わりなく、寧ろ岩は益々彼らとの距離を縮めていた。
「よう考えてみぃ!俺らはポケモンや!ふたりでやればあんぐらいの岩、簡単に吹っ飛ばせるはずや!」
「…おめェ頭いいな。ま、まァ、オレ様もとっくに思いついてたけど?」
「どの口が抜かしとんねん!」
ふたりは走りながら両手に力を籠め、視線を合わせ頷く。似た者同士、使おうとしている技が何なのかは言葉にせずともわかった。
集約していく蒼い力の波動。それぞれが力を蓄えて、足を止めた後、ターンし、迫りくる岩へ向き直る。
「行くで、ブレイヴ!」
「おうッ!」
エネルギーの充填が最大になったところで二人はほぼ同時に[龍の波動]を放った。衝撃で床に堆積した砂が粉塵となって舞い上がり、辺りを黄土色に染めた。
確かな手ごたえを感じて、ふたりはハイタッチしようとした……のだが。
「……アラ?」
粉塵を突き破り、その速度を変えることなく、現れた岩。割れ目すらなく、粉砕されている様子は全くない。それどころか攻撃によって速度を増している様子から、ふたりの[龍の波動]のエネルギーを取り込んだようにも見えた。ただの岩ではないのか。信じられないとリアクションを取る間もなく、ふたりは反射的に走り出していた。
「どの口が抜かしてンだよッ!!ゼンゼンッ、ダメじゃねェかッ!!!」
「オドレも乗り気やったやないか!大体、そっちの[龍の波動]がショボすぎたんやッ!」
「ンだとコラァ!!そりゃてめェの方だろうがッ!!オレ様の技は完璧だったっつーの!!」
「なんやとォ!?」
「やンのかァ~~!?」
器用にもふたりは走りながら顔を突き合わせ、睨み合う。互いに冷静さを失い、責任を擦り付け合う醜い争いを繰り広げる。…けれど、いつまでもそうしていられる余裕はふたりにはなかったのだ。
忘れた頃にはっと前方を見た時、その先に道はなく“行き止まりの壁”がふたりの前に冷徹に立ち塞がっていたのである。
背中に響く痛み。勢いよく体を地面に叩きつけられた為、腰を強く打ってしまったらしい。少し砂を口に含んでしまったようで、ブレイヴはざらつく口内の気持ち悪さを感じながら噎せ、持っていた[おいしい水]で口を濯いだ。
天上を見上げると大きく空いた穴。幸いにも落下した場所は柔らかい砂が堆積しており、それがクッションになって落下の衝撃を弱めてくれたようだ。
(そういや…レックスのヤツはどこ行ったンだ?)
頬を膨らませ、忙しなく口内の水を移動させながらこびり付いた砂を取る。その傍ら、共に落下したはずのレックスを探し、周囲を見回す。すると程なくして、地面に伏す人影を見つけた。ブレイヴは内心、ほっと安堵しながらそれに近づいていく。どうやら落ちたところが悪かったのか、体の半分以上が砂に埋もれていた。半分見えている部分を引き上げようと足に力を入れたが、踏ん張るまでもなく、彼の体は拍子抜けするほど軽く、ブレイヴの片手だけで容易く持ち上がった。
「なンだよおめェ、偉そうな口叩く割にはひょろひょろじゃねェか!そンなンじゃ、オレ様の鋼のBODYには勝て―――。」
ブレイヴの眼前に彼の顔が現れる。乾いた皮膚。空洞の目。やせ細り、血の気のない土色の人形。ブレイヴは一瞬頭が真っ白になり、口に含んでいた水を砂ごと、ごくりと飲んでしまった。
「み…ミイラァアアアアッ!?!?!?」
それがなんなのかを一足遅れて理解したブレイヴは掴んでいたミイラを投げ飛ばし、一目散に逃げだした。けれど、柔らかな砂に足を取られて、投げ飛ばしたミイラから大した距離も取れず転んだ。しかしそれでも彼はミイラから少しでも離れたい一心で、立ち上がることも忘れ、震える手で砂を掴みながら前進しようとする。一歩、二歩、三歩…と進んだ辺りで、指の先に固いものが触れた。恐る恐る視線を向ければ、茶色く色あせた骨が、砂の中から顔を出していた。
再びブレイヴの絶叫が響き渡る。
「騒がしいやっちゃなァ。そない驚くことやないやろ。」
「ヒィィィィ!?今度はなンだってンだよォオ~~~!!」
「アホ。俺や。レックスや。」
「……え。」
暗がりの中から呼びかける仲間の声にさえも、ブレイヴは戦慄した。両手で顔を覆い、庇うような仕草をする彼を見、レックスは呆れたように溜息を吐いた。
「お…おめ…。どこ行ってたんだよォ!ま、紛らわしいことしてンじゃねェぞゴラァッ!!!」
彼がレックスであると気づいたブレイヴはきょとんと目を丸くさせ、気まずそうに視線を泳がせた。そしてこの恥ずかしさを打ち消そうと彼に八つ当たりするように話題を逸らす。
「あんさんより早う気がついたモンでな。この辺りを調べとったんや。…ま、見つかったんは砂に埋もれたミイラと骨だけやったけどな。見てみぃ、そこらに仰山あるわ。」
レックスは適当に付近の砂を探り、その中から骨を取り出した。それもブレイヴが先ほど触れた骨と同じように茶色くなり、古びているものだった。しかも一本や二本ではなく、レックスの言う通り、よく見ると、辺り一帯の砂の中からその一部が頭を覗かせていた。
「上に戻れるような道は見当たらんかったし、先に進むしかないみたいやな。」
「ま…マジかよ……。」
「俺かて泣きたいわ。…兄貴がおるいうても、ソフィアがこけたり、悲しんだりしてへんか……あーッ!心配やーーッ!」
「………。」
ブレイヴとはまた違った理由で、レックスは絶望的な気持ちになっていた。ミイラより、骨より、彼は愛しの妹を脅かす存在の方が恐ろしいらしかった。眉を寄せ、口をへの字にしながら情けない顔で項垂れている。……今度はブレイヴの方が冷めた目をして呆れる番だった。
「とにかく、チンラタしとる暇はあれへん!はよ行くで!」
「お、おいッ!待てよ!置いてくんじゃねェ~~ッ!」
ソフィアのことしか頭にないレックスはブレイヴのことなど眼中にない様子で、せかせかと足を進める。乗り気ではなかったが、ここでひとりになるよりはましだと判断し、ブレイヴはよろめきながら彼の後に続いた。
ブロック状に石が積み上げられた門をくぐり、部屋の外に出る。長い通路が伸びていることはわかったが、辺りが暗くよく見えない。そこでレックスは[焼き尽くす]を使い、自身を取り囲むように明かりを灯した。
石の壁と砂が堆積した床。変わり映えのない殺風景な道を歩く。それに合わせて明かりも付いて動いた。
「…あんなァ、男にくっ付いて歩かれても全然ッ、嬉しゅうないんやけど。」
ブレイヴはレックスの肩を掴み、ぴったりと引っ付きながら、へっぴり腰で歩いていた。見るからに挙動不審な彼の反応にレックスはいい加減飽きたと言わんばかりだ。
「オレ様だって嬉しくねェよ!でも……しゃァねェだろッ!?」
「ソフィアやったらいざ知らず……とんだ貧乏くじ引いてもうたなァ……はぁ~。」
「なにォ!?オレ様は大当たりの男だっつーのッ!」
言われっぱなしのままではいられなかったのだろう。隠す素振りもなく、堂々と小言を漏らすレックスにブレイヴは思わず壁に拳を打ち付け、強い口調で反論した。
その時、壁に当たった手がズッっと沈んでいくような感覚があった。違和感を覚えたブレイヴが視線を向けると、彼の手が乗っている石壁の一部分だけがくっきりと凹んでいた。
ブレイヴはその手を退かすこともできず、強張った笑みを浮かべながらレックスを見た。視線を向けられた彼もまた硬直し、頬を引き攣らせながら辛うじて笑みと呼べるような表情を浮かべる。これから先、冒険もののアクション映画でありがちな展開を予測して、彼らは乾いた笑い声を響かせた。
ゴゴゴ、という地響きのような音が聞こえる。それは徐々に大きくなっていき―――ふたりが後ろを振り返ると、通路の幅に収まるぐらいの大きな球体状の岩が眼前に迫っていた。
「なんじゃこらァアアアアアッ!!!?」
ふたりは絶叫を繰り出しながら、わけもわからず無我夢中で走り出した。しかし、通路は一本道。他に抜けられそうな場所はなく、彼らは転がってくる岩に追われる形で逃げ惑うしかない。
「またいらんことしよってからにぃッ!やっぱし、貧乏くじやったやないか~~ッッ!!!」
「悪いな!オレ様ってばいい男だから色ンなモノを引き寄せちまうンだよッ!」
「せやったら、この状況もどうにかしてもらえまへんやろか!色男サンッ!?」
「そ、それはー……。」
「何もあれへんのかいッ!」
迫りくる岩の前でも調子のいいやり取りをする彼らだったが、危機的状況は変わりなく、寧ろ岩は益々彼らとの距離を縮めていた。
「よう考えてみぃ!俺らはポケモンや!ふたりでやればあんぐらいの岩、簡単に吹っ飛ばせるはずや!」
「…おめェ頭いいな。ま、まァ、オレ様もとっくに思いついてたけど?」
「どの口が抜かしとんねん!」
ふたりは走りながら両手に力を籠め、視線を合わせ頷く。似た者同士、使おうとしている技が何なのかは言葉にせずともわかった。
集約していく蒼い力の波動。それぞれが力を蓄えて、足を止めた後、ターンし、迫りくる岩へ向き直る。
「行くで、ブレイヴ!」
「おうッ!」
エネルギーの充填が最大になったところで二人はほぼ同時に[龍の波動]を放った。衝撃で床に堆積した砂が粉塵となって舞い上がり、辺りを黄土色に染めた。
確かな手ごたえを感じて、ふたりはハイタッチしようとした……のだが。
「……アラ?」
粉塵を突き破り、その速度を変えることなく、現れた岩。割れ目すらなく、粉砕されている様子は全くない。それどころか攻撃によって速度を増している様子から、ふたりの[龍の波動]のエネルギーを取り込んだようにも見えた。ただの岩ではないのか。信じられないとリアクションを取る間もなく、ふたりは反射的に走り出していた。
「どの口が抜かしてンだよッ!!ゼンゼンッ、ダメじゃねェかッ!!!」
「オドレも乗り気やったやないか!大体、そっちの[龍の波動]がショボすぎたんやッ!」
「ンだとコラァ!!そりゃてめェの方だろうがッ!!オレ様の技は完璧だったっつーの!!」
「なんやとォ!?」
「やンのかァ~~!?」
器用にもふたりは走りながら顔を突き合わせ、睨み合う。互いに冷静さを失い、責任を擦り付け合う醜い争いを繰り広げる。…けれど、いつまでもそうしていられる余裕はふたりにはなかったのだ。
忘れた頃にはっと前方を見た時、その先に道はなく“行き止まりの壁”がふたりの前に冷徹に立ち塞がっていたのである。