shot.8 なくしたもの

 ごうごうと籠った風の音と共に辺りは砂の色、一色に染まっていた。ターバンやマントなどの布で顔を覆わなければ、舞い上がる砂漠の砂を食むことになるのは想像に難くない。この、先の見えない砂嵐が一年中続くリゾートデザートではポケモンである彼らもやはりターバンを顔に巻き付け、マントを身に纏い、吹き付ける砂から身を守っていた。

 アンヌのエネルギーの残滓を探るソフィアを先頭に、彼女に寄り添うようにレックスが並ぶ。その後ろをブレイヴ、グルートが続いた。
 激しい砂嵐の中は視界も悪く、自分達の通ってきた足跡さえも即座に掻き消えてしまう。纏わりつく砂に足をすくわれないよう、彼女の進む道をただ信じるしかなかった。どうかその先にアンヌの姿があって欲しい。明確な根拠はなく、殆ど願望のようなもので、藁にも縋る思いだった。


 ソフィアが不意に立ち止まる。それに倣って三人も足を止めた。
 彼女が足を止めた眼前には、地下へ向かう階段があった。彼女は改めて瞑想に入り、神経を研ぎ澄ませる。――暫くしてから呼吸を整えるように、ふうと小さく息を吐いた。

「…うん。この先から、アンヌちゃんの気配を感じるよ。」
「やっぱし、ソフィアが感じとったんはここで間違いないみたいやな。……せやけど、何でこないなところにアンヌが…?」
「そこまでは…。私にもわからないよ。」
「どこでもいい。手掛かりがねぇんだ、行くしかねぇだろ。」

 この階段を下れば、その先は古代イッシュ時代に造られた王の居城、古代の城があった。…確かに何故そんなところからアンヌの気配を感じるのか、不可解ではあった。
 本当に呪いにかかり、ミイラにでも連れ去られてしまったのだろうか。――覗き込めば吸い込まれるような深い闇。胸の辺りを締め付ける気味の悪さを感じながら、ブレイヴは古代の城を前に息を呑んだ。




 砂に埋もれた石の階段を一歩進む度、コツコツと乾いた音が響く。横幅は成人男性がひとり通れる程度。侵入者の立ち入りを防ぐための工夫だろうか。窮屈な階段を下ると、目の前にはうって変わって、エントランスのような開けた空間が現れた。僅かに残る壁に刻まれた精緻な壁画から、かつては絢爛な姿があったことを窺わせる。しかし、それも過去の栄光。今は見渡す限りの床が、リゾートデザートのように柔らかな砂に埋もれてしまっていた。

「リゾートデザートに開発の話があって。その為の調査をした時やったかな。俺らが今通った古代の城の入り口と、例の棺桶が見つかったっちゅう話やで。」
「ひっ…!」

 レックスの言葉にブレイヴの顔があからさまに強張った。やはり意を決しても怖いものは怖いらしい。それを感じ取ったソフィアは首を傾げ、心配そうに眉を下げた。

「大丈夫?ブレイヴくん…。」
「な…なっ、何言ってンだよ!オレ様ちっとも怖くねーっての!ミイラが現れても一撃でブッ飛ばしてやるぜ!」

 彼が霊的なものを恐れているのは周知の事実なのだが、彼の性格上、脊髄反射的に強がりを見せてしまうらしかった。震えた笑い声を響かせながら、いやに大きく手足を振り上げぎこちない動きで前進する。すると、ブレイヴのポケットからするりと紙切れのようなものが数枚落ち、彼の後ろに道を作った。

「?、なんやこれ……。」

 紙をレックスが何気なく拾い上げる。その声にブレイヴは機敏に反応し、素早く振り返った。けれど彼があっと声を漏らした時にはすでに遅く、レックスはそれがなんなのか既に理解してしまっていた。

「清めのお札やないか、コレ。」
「!」

 霊的なものに対して効果があるのかどうかは定かではなかったが、恐らく彼がそれをお守りのような感覚で持っていたのだということは容易に想像できた。
 罰が悪そうにブレイヴは視線を泳がせ、わざとらしく口元を吊り上げ、張り付けたような笑みを浮かべた。

「い、いや、これはな?マンガイチ!っつーか……ほら!ソフィアちゃんになンかあったらヤバいじゃン!?オレ様ってシンチョーで頭いいからさァ~ッ!気がきくよなァ~HAHAHA……。」

 この期に及んで虚勢を張るブレイヴの笑い声が虚しく木霊する。呆れを通り越し、哀れみにも似た空気が辺りに漂う。


「お前……。」
「あ…Ah!?なンだよ!文句あっかッ!」

 羞恥から半ば自棄になり、グルートが少し口を開いただけでブレイヴは食ってかかる。彼の中でグルートとはこういう時、真っ先に鼻で笑ってくるというイメージがあったからだ。ならば余計な口を開く前にこちらから封じてやろうと拳を作ったのだが――。

「沈んでるぞ。」
「え」

 その拳は放たれることなく、ブレイヴは拍子抜けしたようによろめいた。いや、よろめいた原因はそれだけではなかったのだ。よく見るとグルートの視線はブレイヴではなく、彼の足元に向けられていた。それを辿り、彼は漸くグルートの言葉の意味を理解した。

「ギャアァアアアア!???」

 ブレイヴの足首辺りが砂に埋もれ、穴の開いた地面に吸い込まれていた。怪奇現象だと思い込み、彼がパニックに陥っている間もじわじわと砂に流されていく。

「アカン、無暗に動くんやないで!」

 レックスが警告するが、その声も耳に入らない様子でなんとか抜け出そうとブレイヴは無我夢中で手足をばたつかせる。だが警告の通り、彼が抵抗すればするほど体は砂に飲み込まれ、あっという間に半身を引きずられてしまった。
 咄嗟にレックスがブレイヴに手を伸ばす。差し出された手を必死に手繰り寄せ、掴んだブレイヴだったが、彼の体を飲み込もうとする砂の勢いに逆らうのは、屈強なパワーを持ったレックスでも困難だった。

「おい!ゼッテー離すンじゃねェぞッ!?」
「俺かて必死にやっとるわ!せやけど……!」

 言葉とは裏腹に踏ん張っていたレックスの足元も覚束なくなり、徐々にブレイヴの方へと引き寄せられていく。このままではブレイヴはおろかレックスまで蟻地獄に飲み込まれてしまいそうだ。


「ちっ…!」

 グルートも手助けしようとふたりに近づく。だが、入り口の階段の方から強い風――恐らくリゾートデザートから吹き込んできた風が城内に堆積した砂を巻き上げる。不意打ち的に巻き上がった粉塵はグルートの行く手を阻んだ。


「ちょ…まっ…!」

 砂はブレイヴの首元まで迫っており、救いの手を差し伸べていたレックスの膝から下も飲み込んでいた。そして追い打ちをかけるように背後から強風が体を押す。風に煽られ踏ん張り切れなくなったレックスの体から力が抜け、ストッパーを失ったふたりに残された道は、最早砂に飲まれる他になかった。

「うおおおおおおおーーッ!?」
「んなアホなァアアア!!」

 縋る物もなく、ふたりは流れる砂の勢いに飲まれる。城内に響くふたりの叫び声が耳に入った頃に、漸く風が止み、視界が晴れたが、ふたりを助けるには手遅れだった。

 ふたりのいた場所にはぽっかり穴が開き、穴の中心に向かって地面の砂が流れるように崩れ落ちていた。


「お兄ちゃん!ブレイヴくん!」

 遠ざかっていくふたりの気配。ソフィアはしゃがみ込みふたりが落下していった穴に向かって名前を呼ぶが、その声が返ってくることはなかった。


「……仕方ねぇ。俺達だけで先に進むしかねぇな。」
「……。」
「あいつらなら心配ねぇさ。…必ずまた会える。」


 グルートの言葉にソフィアは小さくもはっきりと頷いた。
 不安は募る。陽気で勇気に溢れるふたりが姿を消してしまったことは心細さをより強くさせる。けれど、ここで恐怖に溺れ、尻尾を巻いて逃げるわけにはいかなかった。ブレイヴとレックス、そしてアンヌに再び会うために。ソフィアは立ち上がり、もう一度強く頷いた。

「私もそう思う。――行こう、グルートさん。」
「ああ。」
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