shot.7 手招く影

 旧友たちとの久々の再会で盛り上がり、つい酒が進んでしまったグルートは照明が消えたリビングで仲間と共に酔い潰れていた。辺りには空になったビール缶や一升瓶が散乱している。浴びるほどの酒を呑み、眠りに落ちるのが一番の快眠法だと思っているグルートはアルコールの臭いに塗れながら心地よさの中にいた。
 だが珍しく、彼は瞼を開き、はっと目を覚ます。浮わついた意識に身を任せながら、暫くぼんやりと宙を眺めていた。窓の外はまだ暗い。周囲が明るくなっても起きられないこともよくあるのだが。珍しいこともあるものだと思っていると、グルートの胸に突如、不快感が通り抜けた。

(…呑み過ぎたか?)

 二日酔いの類いだろうか。――しかし、それにしては胸のざわつきが酷く、落ち着かない。焼けるような焦燥感。全身に流れる血が何かを知らせようとするように沸き立っている。

 そんな折、二階から走り抜けるような慌ただしい足音が聞こえた。ただの足音だが、それがいやに大きく響き、引っ掛かりを覚えたグルートは気だるい体を引き摺り音のする方へ足を向けた。

◇◆◇◆◇


 階段を使い二階へ上がると、程なく足音の主らしき人影を見つけた。何度も忙しなく扉を叩いて部屋に声を投げかけていたのはソフィアだった。その隣でレックスが戸惑い気味に彼女を見つめていた。

「こんな夜更けに、一体どうしたんだ。」
「兄貴!…それが、なんやソフィアが急に部屋飛び出して……。」

 さすがのレックスもソフィアの考えがわからないようで、グルートの問いに、寧ろこちらが聞きたいといったような感じで肩を竦めた。けれどソフィアに冗談めいた雰囲気はなく。――それどころか深刻そうな面持ちで。応答がない部屋の扉に添えられた彼女の手は小刻みに震えていた。


「飲み込んでしまう程の深い怨念を感じて、飛び起きたんだ。…そうしたら、アンヌちゃんの気配が無くなっていて…。」
「なに。…じゃあこの部屋は…。」
「グルートさん、私…なんだかすごく嫌な予感がするんだ…!」

 グルートはソフィアの言葉に驚きを露わにした。彼も感じた胸騒ぎを彼女も同じように感じていたのだ。偶然。そう一言で片付けるのは簡単だが――点で繋がった先がアンヌとなればそうはいかなかった。酔いも血の気と共にさあっと冷めていく。

「おいアンヌ。居るか、居るなら返事しろ!」

 だがやはり返事はない。ドアノブに手をかけるが、鍵がかかっていて開く気配はない。


「…仕方ねぇな。」

 もどかしそうに舌打ちをし、一歩後退する。すうっと息を吸い、呼吸を整えると踏み込むような構えを取る。

「も、もしかして…兄貴……。」

 その一連の動作にレックスはある予感を抱いた。後先を考えない破天荒な彼が開かない扉の前でやりそうなことなど一つしかない。彼にとっても今はなりふり構ってなどいられなかった。レックスが制止する隙も与えず、グルートは片足に力を籠め、そのまま力の限り扉を蹴破った。


「アンヌ!」

 あまりの豪快さに唖然とするレックスを置いて、グルートはアンヌの部屋の中へと飛び込んだ。

 ――だが、小さな部屋を見渡してもアンヌの姿はどこにも見当たらない。こんな真夜中に彼女がひとりで出掛けるとは考えにくい。まさか追手の仕業かと一番出入りが容易そうな窓際を確認したが、割れているような形跡はなく、そちらも入り口同様、中から鍵がかかっていた。


(!…これは……。)

 ベッドサイドランプだけが灯った薄暗い部屋の中で、グルートはベッドの下で赤く輝くものを見つけた。真ん中の珠を守るようにつけられた煌びやかな金色の金具。――彼がアンヌに託した、あのペンダントだった。

 グルートはペンダントを拾い上げ、握り締める。力を籠めた拳は彼の動揺を表すように震えていた。まるでアンヌとの繋がりが途絶えてしまったようで。自身を落ち着かせようとするも、胸がつっかえて、業火に炙られているような心苦しさが彼に襲い掛かり、邪魔をする。
 皺くちゃになり、シーツが散乱するベッドに触れると、まだ温かく、つい先程まで彼女がここにいたことを示していた。


 膝を崩し、彼女の名を呼んだきり黙ってしまったグルートの様子からソフィアも察したのだろう。誰よりもアンヌの傍にいた彼のことを思うと、いたたまれず、かける言葉が見当たらなかった。
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