shot.1 令嬢誘拐

「インファイトっ!」

 タオフェが繰り出した拳の連打は強力なパワーとスピードにより風を生み、周囲の草花さえも揺らす。
 食らえば致命的なダメージは免れない。拳は既に目と鼻の先。男がその攻撃を躱すには時間が足りなかった。――しかし、彼は慌てる様子を微塵も見せず、呑気に煙草を吹かしたままでその場から動こうともしない。そのままタオフェの拳は男の顔面を抉り、体ごと花壇に吹き飛ばした。


「いっちょあがりっ!でありますっ!」

 男は花壇に突っ伏し、ぴたりと動かなくなった。タオフェはマッセルに主張するように、誇らしげなガッツポーズをする。
 一方、彼女の満面の笑みとは対照的にマッセルの呆れ顔は変わらなかった。

「タオフェ。我々の目的は戦闘ではなく、そいつを捕縛することだ。インファイトのような強力な攻撃を使用するのは不適切だろう。……明らかに私情が入っていたしな。」
「ええっ!だってぱっとみでアイツ強そうだったしぃ~!動きは止めたんだから大目に見て欲しいでありますぅ!」
「……反省文の提出期限は明日までだ。」
「鬼ぃ~!」

 駄々をこねる彼女を尻目にマッセルは険しい顔をしながら、伸びている男に近付く。頭を土に埋めている男の首根っこを掴み、やや乱雑に顔を起こした。

「……やはりな。」

 男の顔を覗き込むなり、合点がいったように呟く。振り返りタオフェの方を見、側に来るよう促す。疑問符を浮かべながら言われるままにマッセルの側に来た彼女も、何かに気がついたようで目を丸くさせた。

「う、嘘…。これって……!」

 タオフェが青い顔をするのも無理はなかった。
 ……倒したと思っていた標的の顔は人の形をした、布と綿で出来た作りものだったのだ。

「……身代りだ。」

 マッセルがそう呟くとその姿は、ぼんっと音を立てて消えてしまった。

(我々の隙を逃さず、悪の波動を仕掛けてきたあの男のスピードなら、避けきることは出来ずとも直撃は免れたはず。……通りで、違和感があったわけだ。)


「だから言ったろ。“素直にはいそうですか、って言うツラに見えるか?”ってよ。」
「!」

 声は最初にマッセル達がいた屋根の上から聞こえた。閉口する二人を見下ろしながら、にやりと笑う男は相変わらずどこか得意気だった。

「全く、ここの連中は忙しない奴ばかりだな。ひとの話を聞こうともしねぇ。」
「罪人らしく、我々に従えば聞いてやってもいい。」
「……罪人、ねぇ。」

 男は鼻で笑い、手にしていた煙草をぐしゃりと握り締め、火を起こす。手の中にあった吸い殻は灰となり夜風に流れて、消えた。

「じゃあよ、ひとから物を盗むのは罪じゃねーのか?」
「……何?」
「俺ぁよ、てめぇらに盗られたモンを取り返しにきただけだぜ。」

 何かを秘めたような、物憂げな表情を見せたあと、男は鋭い眼光で二人を睨みつける。そこに今までの軽薄さはなく、辺りには強者が持つ威圧感が広がる。

「ここにメガストーンがあるのはわかってんだ。……俺のヘルガナイトがな。」

 気圧されそうになるのを堪え、マッセルは歯を食い縛った。
 高貴なるシャルロワ財閥が個人――しかも一般のポケモンから物を盗むなど考えられない話だ。それに男が盗まれたと主張した物の名前はマッセルにも聞き覚えのないものだった。

(虚偽の発言でシャルロワ家の名まで汚す気か。)

 眉間に皺を寄せ、三角の目で男を見上げながら、マッセルは掌に波動のエネルギーを集約させる。シャルロワ家の名誉の為にも、ラインハルトの為にも男を逃がすわけにはいかないという思いが、マッセルの中で一層強くなった。
 
「波動弾っ!」

 マッセルの手から放たれた波動の塊は男を目掛けて、一直線に飛んでいく。

「タオフェ、援護しろ!」
「はっ……――りょ、了解でありますっ!」

 呆気に取られていたタオフェも、マッセルの呼び掛けで、攻撃体勢に入る。続いて波動弾を放ち、マッセルの波動弾を追いかける形になった。連続での攻撃をすれば、例え身代わりを使ったとしても二発目は確実に攻撃を食らわせることができる。この連携攻撃は、標的を確実に仕留めるという覚悟の表れだった。

 ――だが、男の元に攻撃が届くより先に二人の放った波動弾は空中で爆発した。同じように、男もまた悪の波動を放ち、攻撃を相殺したのだ。
 
 エネルギーの爆発によって、舞い上がった粉塵の先で、堂々と立つ男の姿に二人は驚きとともに、僅かに恐怖心を抱いた。月を背景に漆黒の炎を身に纏う彼の姿は、まるで悪魔のようだったのだ。


「俺は喧嘩をしに来たわけじゃねぇが。……邪魔するってんなら容赦はしねぇぜ。」

 その言葉を最後に、辺りは不気味な静寂に包まれる。額から滴り落ちる汗の音すら聞こえてきそうだった。
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