shot.7 手招く影
重い荷物を背負った後のような倦怠感。アンヌは目に見える程、ぐったりとしていた。この疲労感の原因はブレイヴの奔放な態度のせいもあるが、それよりも、グラの発言によるところが大きかった。だがアンヌ自身もどうして、グルートとの関係をからかわれるとこんなにも冷静さを失ってしまうのかと困惑していた。
(もう…グラさんったら…。)
それで、殆ど逃げ出すような形で外に出てきたというわけだ。あのままグラと話し続けていたらオクタン以上に真っ赤になってしまうところだっただろう。
惚れている。その言葉が頭の中で反芻する度、また彼女の中に眠る熱が脈打ち始める。口では違うと言ったが、違うと否定するほどに胸の疼きが酷くなるのだ。
「はぁ……。」
溜め息を呼吸するように吐き出し、あてもなくとぼとぼと歩く。整備された美しい4番道路の景色も今は目に入らなかった。
「あれ?…もしかして、アンヌちゃん?」
物思いに耽っていたアンヌは背後から不意打ち的に声をかけられ、少し驚きながら振り返る。考えていた内容のせいもあるのか、どきどきと鼓動が速くなった。
「ソフィア…。」
「やっぱり!アンヌちゃんだったんだね。」
ソフィアの表情がぱっと明るくなり、アンヌの元へと駆ける。
彼女は両手に一杯の缶コーヒを持っていた。作業中のヒウン建設の皆に差し入れを持っていく途中だったらしい。
「アンヌちゃんも作業場に行こうとしていたの?グルートさんもいるって聞いたけれど。」
「えっ?…わ、私は…。」
ソフィアの口から溢れた彼の名前にアンヌは胸が熱くなり、狼狽えた。――グルート。その名前だけで、アンヌはもどかしく、ため息が溢れるほど焦がれてしまう。
黙りこんでしまったアンヌにソフィアも何かを察したのか、眉を寄せ、彼女を案ずるような顔をした。
「私でよければお話ししてくれないかな。」
柔らかく温かな声色で寄り添ってくれる彼女にアンヌも頷き、戸惑いながらもゆっくりと口を開いた。
◇◆◇◆◇
噴水の水が沸き起こる。ふたりはベンチに腰掛けながらその音を聞いていた。水が流れ、跳ねる音。心地良い水音が、静寂を取り払い、緊張感を緩和してくれた。
グルートのことを想うと胸が熱くなり、鼓動が速くなる。彼との関係を軽くからかわれただけで、余裕がなくなって、冗談を笑い飛ばすことができず頭がぼうっとしてしまう。――アンヌは自分の身に起こっていることをありのままソフィアに話した。彼女は相槌を打ちながら、柔らかな雰囲気でアンヌの声に耳を傾ける。そのお陰か、纏まらないながらも、アンヌの口からは止め処なく言葉が溢れ出した。
「私、どこか、おかしくなってしまったのかしら。」
はぁ、と零れ落ちる溜め息さえも熱い。胸の辺りを絶えず行き交う荒波に苦しくなり、堪えるように胸を押さえる。何かの病にかかってしまったのだろうか、と疑わずにはいられない程、自身の感情をコントロールできなかった。
ソフィアは持っていた缶を脇に置いて、震えるアンヌの手を壊れものを抱くように優しく両手で包み込んだ。
「ううん。おかしくなんかないよ。」
「でも……。」
「温かくて、優しい色。それは素敵な気持ちだから。…だから、捨てようとしなくていいんだよ。ありのまま、こうやって、優しく受け止めてあげて。」
「受け…とめる。」
手のひらから伝わる彼女の温かさにアンヌは安堵した。この胸の蟠りは可笑しいことではない。否定しなくていい――。異常かもしれないと困惑し、不安に包まれていたアンヌには思いもよらぬ返答だった。
「焦らなくていいから。だから、その気持ちをゆっくりと大切に育ててね。」
鼓動は速く時を刻んでいるが、不思議とアンヌの心のざわめきは静まっていた。彼女の言葉のお陰だろうか。堂々巡りの焦燥感の中にいたアンヌの心にふっと風穴が開いたようだった。誰かに気持ちを伝えただけで、心が安らいでいる。
ソフィアの微笑につられて、アンヌも笑みを浮かべる。小さくも噛み締めるように固く頷いた。
「――そうだ。アンヌちゃん。」
アンヌの手を握ったまま、ソフィアが閃いたように立ち上がる。アンヌは大きな瞳を更に丸くさせ、首を傾げた。
「グルートさんに会いに行こうよ。君が来てくれたら彼も喜ぶよ。それに、会えばその“もやもや”も少し楽になるかも。」
「…え?…でも。」
「離れているからあれこれ考えちゃうんだよ。ほら!」
「わあっ!」
ソフィア腕を引いたと同時に、突風がアンヌの背中を後押しした。風圧で押し出されるように立ち上がる。…ソフィアが風を自在に操れる飛行タイプのポケモンだったことをすっかり忘れていた。彼女は悪戯っ子のようにぺろっと舌を出し、お茶目に笑った。
(もう…グラさんったら…。)
それで、殆ど逃げ出すような形で外に出てきたというわけだ。あのままグラと話し続けていたらオクタン以上に真っ赤になってしまうところだっただろう。
惚れている。その言葉が頭の中で反芻する度、また彼女の中に眠る熱が脈打ち始める。口では違うと言ったが、違うと否定するほどに胸の疼きが酷くなるのだ。
「はぁ……。」
溜め息を呼吸するように吐き出し、あてもなくとぼとぼと歩く。整備された美しい4番道路の景色も今は目に入らなかった。
「あれ?…もしかして、アンヌちゃん?」
物思いに耽っていたアンヌは背後から不意打ち的に声をかけられ、少し驚きながら振り返る。考えていた内容のせいもあるのか、どきどきと鼓動が速くなった。
「ソフィア…。」
「やっぱり!アンヌちゃんだったんだね。」
ソフィアの表情がぱっと明るくなり、アンヌの元へと駆ける。
彼女は両手に一杯の缶コーヒを持っていた。作業中のヒウン建設の皆に差し入れを持っていく途中だったらしい。
「アンヌちゃんも作業場に行こうとしていたの?グルートさんもいるって聞いたけれど。」
「えっ?…わ、私は…。」
ソフィアの口から溢れた彼の名前にアンヌは胸が熱くなり、狼狽えた。――グルート。その名前だけで、アンヌはもどかしく、ため息が溢れるほど焦がれてしまう。
黙りこんでしまったアンヌにソフィアも何かを察したのか、眉を寄せ、彼女を案ずるような顔をした。
「私でよければお話ししてくれないかな。」
柔らかく温かな声色で寄り添ってくれる彼女にアンヌも頷き、戸惑いながらもゆっくりと口を開いた。
噴水の水が沸き起こる。ふたりはベンチに腰掛けながらその音を聞いていた。水が流れ、跳ねる音。心地良い水音が、静寂を取り払い、緊張感を緩和してくれた。
グルートのことを想うと胸が熱くなり、鼓動が速くなる。彼との関係を軽くからかわれただけで、余裕がなくなって、冗談を笑い飛ばすことができず頭がぼうっとしてしまう。――アンヌは自分の身に起こっていることをありのままソフィアに話した。彼女は相槌を打ちながら、柔らかな雰囲気でアンヌの声に耳を傾ける。そのお陰か、纏まらないながらも、アンヌの口からは止め処なく言葉が溢れ出した。
「私、どこか、おかしくなってしまったのかしら。」
はぁ、と零れ落ちる溜め息さえも熱い。胸の辺りを絶えず行き交う荒波に苦しくなり、堪えるように胸を押さえる。何かの病にかかってしまったのだろうか、と疑わずにはいられない程、自身の感情をコントロールできなかった。
ソフィアは持っていた缶を脇に置いて、震えるアンヌの手を壊れものを抱くように優しく両手で包み込んだ。
「ううん。おかしくなんかないよ。」
「でも……。」
「温かくて、優しい色。それは素敵な気持ちだから。…だから、捨てようとしなくていいんだよ。ありのまま、こうやって、優しく受け止めてあげて。」
「受け…とめる。」
手のひらから伝わる彼女の温かさにアンヌは安堵した。この胸の蟠りは可笑しいことではない。否定しなくていい――。異常かもしれないと困惑し、不安に包まれていたアンヌには思いもよらぬ返答だった。
「焦らなくていいから。だから、その気持ちをゆっくりと大切に育ててね。」
鼓動は速く時を刻んでいるが、不思議とアンヌの心のざわめきは静まっていた。彼女の言葉のお陰だろうか。堂々巡りの焦燥感の中にいたアンヌの心にふっと風穴が開いたようだった。誰かに気持ちを伝えただけで、心が安らいでいる。
ソフィアの微笑につられて、アンヌも笑みを浮かべる。小さくも噛み締めるように固く頷いた。
「――そうだ。アンヌちゃん。」
アンヌの手を握ったまま、ソフィアが閃いたように立ち上がる。アンヌは大きな瞳を更に丸くさせ、首を傾げた。
「グルートさんに会いに行こうよ。君が来てくれたら彼も喜ぶよ。それに、会えばその“もやもや”も少し楽になるかも。」
「…え?…でも。」
「離れているからあれこれ考えちゃうんだよ。ほら!」
「わあっ!」
ソフィア腕を引いたと同時に、突風がアンヌの背中を後押しした。風圧で押し出されるように立ち上がる。…ソフィアが風を自在に操れる飛行タイプのポケモンだったことをすっかり忘れていた。彼女は悪戯っ子のようにぺろっと舌を出し、お茶目に笑った。