shot.7 手招く影

「ふぅ…助かったぜ…。」

 ぎりぎりのところで間に合ったブレイヴは便座に腰を下ろしながら、安堵の一息を吐いていた。
 出すものも出して痛みも引き、腹部の辺りもすっきりした彼は、そろそろトイレを出ようかと思いはじめていた――その頃、個室のドアをトントンと二度叩く、ノック音が響いた。

「ちょっと待っててくれー。すぐ出るからよ。」

 彼はノック音に返事をしたが、間髪を入れずに、再度ドアを叩く音がした。自分と同じように切羽詰まった状態なのかもしれないとブレイヴは一瞬同情したが、更にドンドンドンドンと、急かすように強くドアを叩くので、さすがに彼も少し苛ついた。

「あーッ!すぐ出るって言ってンだろッ!」

 だが、ドアを叩く音は止まない。それどころか彼の苛立ちに比例して、益々叩く回数が増えている。

 あまりにもしつこく響くので、痺れを切らしたブレイヴは壊さんばかりの勢いでドアを蹴り開ける。


「…あ?」

 顔面に一撃、食らわせてやろうとファインティングポーズまでとっていたのだが、ドアの向こうには誰もおらず、強いていうならば洗面所の鏡に映った自分の姿があったぐらいだった。ドアを叩く音もぱったりと止んでしまった。


「なンだよ…DING DONG DASHってかァ~?」

 不思議に思いながらも、いないものはどうしたっていないのだから仕方がない。もう一度きょろきょろと周囲を見渡して誰もいないことを確認すると、拍子抜けした様子で構えを解いた。



 洗面所の蛇口を捻り、じゃばじゃばと水を弾きながら手を擦り合せる。鏡の中の自分の顔を見て、ブレイヴはニッと満足そうに笑んだ。


「今日も最高にCOOLだなァ!オレ様!」

 思わず鏡の前で親指を立てて、ポーズを決める。様になっていると自画自讃。いつもの調子を取り戻し、愉快になってきた彼は浮かれながら鏡の中にある自分の姿を覗き見る。

(…ん?)

 それは瞬きするぐらいの僅かな間。一瞬、何かが映ったた気がして、ブレイヴは目を擦る。…だが、やはり鏡には自分の姿以外ない。
 また、気のせいかと彼は長く気に留めることはせず、外に出ようと身を翻す。

 ――ブレイヴの鼻先が、その“干からびた皮膚の鼻先らしき部分”に触れた。あまりにも至近距離、そしてここにいるはずのない存在に彼は恐怖よりも先に、自身のおかれた状況をどこか他人事のように捉え、唖然とした。
 ケタケタと乾いた口を開閉させ、まるで驚愕する彼を嘲笑っているかのような土人形。土色に褪せた細い体の所々に変色した包帯が巻かれている。その様は古代の遺骸、ミイラの特徴に合致した。


「ギャヤアアアアアア!!!」


 夢か現か。判別するほどの冷静さもなく、ブレイヴは絶叫する。逃げ出そうとするも、激しい動揺に足が縺れ、トイレの床に倒れるように尻餅をつく。
 だが、ミイラは更に彼に迫る。まるでその魂を取り込もうとする勢いで――。
 恥など忘れて、ブレイヴは号泣しながら喚き散らし、恐怖の限界を超えた彼は、ぷつりと意識を失った。
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