shot.7 手招く影
混雑しているメインストリートを抜け、一行は中央広場のベンチで一休みしていた。
ブレイヴは両手一杯にヒウンアイスを引っ提げ、アンヌも約束通りグルートに一つ、同じものを買って貰った。目を幼い子供のように爛々と輝かせるふたりを横目で見た後、グルートは難しげな顔で空を仰ぎ、煙草を吹かしていた。
「うめー!これならあと100個はいけるなッ!」
ブレイヴは三、四個のヒウンアイスを同時に食べるという彼らしい荒業を見せていた。
「そんなに沢山食べたらお腹を壊してしまいそうだけれど…。」
「何ケチくせーこと言ってンだ!せっかくヒウンまできたんだからよ、食えるだけ食っとかねーと損だろ!」
あまりに豪快な食べ振りにアンヌは少し心配したが、彼は気にも留めず、大きく口を広げ、忙しなくアイスに食らいついていた。
暫くブレイヴに唖然としていたアンヌだったが、美味しそうにアイスを頬張る彼の表情を見て、自身の手の内にもあるそれのことを思い出した。溶けない内に食べようと遠慮がちに舌で掬いとる。するとバニラの上品な香りと共に甘い味が口の中で広がった。
「おいしいっ!とっても甘いわっ!」
気がつけば一口、二口と進む度、ペースが速くなっていく。これではブレイヴのことはいえないが、確かにこれなら沢山食べたくなるのも仕方がないと納得もした。
「私ので良ければ、グルートも食べてみる?」
「……。」
「グルート?」
彼ひとりだけこの味を知らないのは勿体無いと思い、アンヌは自分の持っていたアイスを勧めてみたのだが。グルートは考えに耽っていたようで、少し遅れて彼女の声に気づいた風に目を丸くさせた。
「…いや、俺はいい。」
「そう?」
どちらかというと俊敏なイメージのグルートがひとの声に気づかず、ぼんやりするのは珍しいとは思いながらも、アイスの誘惑には敵わず、アンヌの意識は再びそれに戻っていた。
グルートの気がかりはやはり、アンヌがぶつかったという例の“金髪の紳士”にあった。アンヌがひとりでいるときに偶然会ったというが、彼にはその“偶然”を疑わずにはいられなかった。自分とちょうど入れ違いで別れたのもタイミングが良すぎるように思う。――何より、あの香水に混じった血の臭い。それはスカイアローブリッジで戦った黒スーツの連中を想起させた。
(屋敷の連中以外にもこいつを狙ってるヤツがいるのは、間違いねぇみてぇだな。)
朗らかに頬を緩ませながら、嬉しげにアイスを食べる姿は年相応の無垢な少女だ。だが、その彼女の傍には欲望を持った邪悪な影が迫っている。この笑顔を冒そうとするものが、確かに。
ブレイヴのようにヒーローを気取るつもりはない。――だが、それだけは許せなかった。
◇◆◇◆◇
ヒウンアイスを食べてすっかりご機嫌になったアンヌとブレイヴは広場を抜け、グルートの案内で4番道路に来ていた。砂漠の中でその辺り一帯だけ集落ができており、人が住んでいる形跡もあった。どの家も壁の塗装が綺麗で建ってからさほど時間は経過しておらず、比較的新しいもののように見えた。
「あっちだ。」
その集落から少し離れた場所に建っていたプレハブをグルートは指差した。プレハブの壁には“ヒ・ウ・ン・建・設”と正方形のアルミ板に一字一枚ずつ書かれた大きな看板が掲げられていた。周辺にもいかにも建設業らしく、大きな鉄板の山や工事中に出たであろう土砂が積まれている。黄色のヘルメットを被った、ツナギ姿の男達はおそらくここの従業員だろう。軽々と鉄パイプの束を片手で持ち上げる彼らはグルート以上に屈強で強面だった。ひとを見かけで判断してはいけないことはアンヌもわかっていたが、反射的に背筋が伸びてしまうのは避けられなかった。
「おい、そこのお前。クソ親父を呼んでくれ。」
「ちょ、ちょっとグルート!いきなりそんな言い方…!」
が、グルートは少しも動じることなく、すぐそこにいた作業員に声をかけた。しかもよりによって2mはあろうかという大柄の男で、いかにも“その道”を生きて来たような厳つい雰囲気を纏ったひとにだ。当然、不遜なグルートの態度にいい顔はせず、大男は苛立ったように眉間に皺を寄せ、ガンを飛ばしてきた。その迫力にアンヌの伸びた背筋は凍り付いた。
「ああ?てめぇ、若けぇからって調子に乗ってると―――。」
早く謝った方がいいと直感的に思い、アンヌはグルートの腕を引っ張り、何度も謝罪を促すが、それでも彼は平然としており、小さく彼女を制しただけだった。いつものように拳で乗り切る気なのかと冷や冷やしながら、様子を窺う。
…すると、グルートの顔をその目に映した瞬間、何故か大男の鋭い眼光がみるみるうちに輝きを失っていく。心なしか顔も青ざめているように見える。
「あ、あ…あなたさまは…ま、まさかグルートの兄貴ッ…!」
「ご名答。」
「し、失礼しましたァア!」
そして、目の前の大男はグルートに向かって何度も頭を下げ、平謝りし始める。他人から見ても目に見えてわかる程焦りを露わにし、額から滝のように汗を溢している。
「野郎ども!集合だ!グルートの兄貴がお帰りなすったぜ!」
大男が一つ声を上げると、作業中の彼らはぎょっとして手に持っていた資材を投げ捨てんばかりの勢いで、ぞろぞろとグルートの前に集まり、整列した。
「お勤めご苦労様です!グルートの兄貴ィ!」
一斉に野太い掛け声が彼ひとりに向かって注がれる。筋骨隆々で強面な男達が一様にグルートにひれ伏す様は色んな意味で迫力があった。
「止めろって言ってんだけどな。俺が帰ってくるといつもこうなんだよ。」
唖然とするふたりを見て、グルートは呆れたような口ぶりで苦い顔をした。…一体どんな悪さをすればこれ程までに彼らを委縮させることが出来るのだろうか。しかし、それを聞く勇気は誰にもなかった。
ブレイヴは両手一杯にヒウンアイスを引っ提げ、アンヌも約束通りグルートに一つ、同じものを買って貰った。目を幼い子供のように爛々と輝かせるふたりを横目で見た後、グルートは難しげな顔で空を仰ぎ、煙草を吹かしていた。
「うめー!これならあと100個はいけるなッ!」
ブレイヴは三、四個のヒウンアイスを同時に食べるという彼らしい荒業を見せていた。
「そんなに沢山食べたらお腹を壊してしまいそうだけれど…。」
「何ケチくせーこと言ってンだ!せっかくヒウンまできたんだからよ、食えるだけ食っとかねーと損だろ!」
あまりに豪快な食べ振りにアンヌは少し心配したが、彼は気にも留めず、大きく口を広げ、忙しなくアイスに食らいついていた。
暫くブレイヴに唖然としていたアンヌだったが、美味しそうにアイスを頬張る彼の表情を見て、自身の手の内にもあるそれのことを思い出した。溶けない内に食べようと遠慮がちに舌で掬いとる。するとバニラの上品な香りと共に甘い味が口の中で広がった。
「おいしいっ!とっても甘いわっ!」
気がつけば一口、二口と進む度、ペースが速くなっていく。これではブレイヴのことはいえないが、確かにこれなら沢山食べたくなるのも仕方がないと納得もした。
「私ので良ければ、グルートも食べてみる?」
「……。」
「グルート?」
彼ひとりだけこの味を知らないのは勿体無いと思い、アンヌは自分の持っていたアイスを勧めてみたのだが。グルートは考えに耽っていたようで、少し遅れて彼女の声に気づいた風に目を丸くさせた。
「…いや、俺はいい。」
「そう?」
どちらかというと俊敏なイメージのグルートがひとの声に気づかず、ぼんやりするのは珍しいとは思いながらも、アイスの誘惑には敵わず、アンヌの意識は再びそれに戻っていた。
グルートの気がかりはやはり、アンヌがぶつかったという例の“金髪の紳士”にあった。アンヌがひとりでいるときに偶然会ったというが、彼にはその“偶然”を疑わずにはいられなかった。自分とちょうど入れ違いで別れたのもタイミングが良すぎるように思う。――何より、あの香水に混じった血の臭い。それはスカイアローブリッジで戦った黒スーツの連中を想起させた。
(屋敷の連中以外にもこいつを狙ってるヤツがいるのは、間違いねぇみてぇだな。)
朗らかに頬を緩ませながら、嬉しげにアイスを食べる姿は年相応の無垢な少女だ。だが、その彼女の傍には欲望を持った邪悪な影が迫っている。この笑顔を冒そうとするものが、確かに。
ブレイヴのようにヒーローを気取るつもりはない。――だが、それだけは許せなかった。
ヒウンアイスを食べてすっかりご機嫌になったアンヌとブレイヴは広場を抜け、グルートの案内で4番道路に来ていた。砂漠の中でその辺り一帯だけ集落ができており、人が住んでいる形跡もあった。どの家も壁の塗装が綺麗で建ってからさほど時間は経過しておらず、比較的新しいもののように見えた。
「あっちだ。」
その集落から少し離れた場所に建っていたプレハブをグルートは指差した。プレハブの壁には“ヒ・ウ・ン・建・設”と正方形のアルミ板に一字一枚ずつ書かれた大きな看板が掲げられていた。周辺にもいかにも建設業らしく、大きな鉄板の山や工事中に出たであろう土砂が積まれている。黄色のヘルメットを被った、ツナギ姿の男達はおそらくここの従業員だろう。軽々と鉄パイプの束を片手で持ち上げる彼らはグルート以上に屈強で強面だった。ひとを見かけで判断してはいけないことはアンヌもわかっていたが、反射的に背筋が伸びてしまうのは避けられなかった。
「おい、そこのお前。クソ親父を呼んでくれ。」
「ちょ、ちょっとグルート!いきなりそんな言い方…!」
が、グルートは少しも動じることなく、すぐそこにいた作業員に声をかけた。しかもよりによって2mはあろうかという大柄の男で、いかにも“その道”を生きて来たような厳つい雰囲気を纏ったひとにだ。当然、不遜なグルートの態度にいい顔はせず、大男は苛立ったように眉間に皺を寄せ、ガンを飛ばしてきた。その迫力にアンヌの伸びた背筋は凍り付いた。
「ああ?てめぇ、若けぇからって調子に乗ってると―――。」
早く謝った方がいいと直感的に思い、アンヌはグルートの腕を引っ張り、何度も謝罪を促すが、それでも彼は平然としており、小さく彼女を制しただけだった。いつものように拳で乗り切る気なのかと冷や冷やしながら、様子を窺う。
…すると、グルートの顔をその目に映した瞬間、何故か大男の鋭い眼光がみるみるうちに輝きを失っていく。心なしか顔も青ざめているように見える。
「あ、あ…あなたさまは…ま、まさかグルートの兄貴ッ…!」
「ご名答。」
「し、失礼しましたァア!」
そして、目の前の大男はグルートに向かって何度も頭を下げ、平謝りし始める。他人から見ても目に見えてわかる程焦りを露わにし、額から滝のように汗を溢している。
「野郎ども!集合だ!グルートの兄貴がお帰りなすったぜ!」
大男が一つ声を上げると、作業中の彼らはぎょっとして手に持っていた資材を投げ捨てんばかりの勢いで、ぞろぞろとグルートの前に集まり、整列した。
「お勤めご苦労様です!グルートの兄貴ィ!」
一斉に野太い掛け声が彼ひとりに向かって注がれる。筋骨隆々で強面な男達が一様にグルートにひれ伏す様は色んな意味で迫力があった。
「止めろって言ってんだけどな。俺が帰ってくるといつもこうなんだよ。」
唖然とするふたりを見て、グルートは呆れたような口ぶりで苦い顔をした。…一体どんな悪さをすればこれ程までに彼らを委縮させることが出来るのだろうか。しかし、それを聞く勇気は誰にもなかった。