shot.1 令嬢誘拐
「リヒト様は急用で来られなくなってしまった為、私が代理で参りました。」
「…そう。」
リヒトの代理で来たという家政婦から伝えられた言葉に、アンヌは残念そうに目を伏せた。けれど手渡されたマグカップは温かく、その温もりがリヒトのようで少しだけほっとした。
「それともう一つ。リヒト様から伝言が御座います。」
「?、何かしら。」
「リヒト様の許可が下りるまでお部屋を出られないように、とのことです。」
「どうして?」
「……お嬢様がお気になさるようなことではございませんので。」
侵入者の件はアンヌには伏せておいて欲しいというリヒトの希望から、家政婦は彼女の質問に対し、口を噤んだ。
アンヌに余計な心労を増やしたくないというリヒトの気遣いからくるものだったのだが、かえってアンヌは疎外感を覚え、しゅんと肩を落としてしまった。やはり屋敷の人々は自分の気持ちには耳を傾けてくれないのだと感じてしまう。
だが、先ほどリヒトを困らせてしまったばかりだったので、アンヌも無理に家政婦を追及するのは避けた。
(――あまり、我が儘を言ってはいけないものね。)
「…わかったわ。教えてくれてありがとう。」
一礼し、部屋を出ていく家政婦の後ろ姿を見送ってから、アンヌは温かいミルクを口に含んだ。
甘く、優しい味。体の芯から温もりが広がっていくようで、それは傷付いた心にも深く染み渡った。
◇◆◇◆◇
元来、ルカリオというポケモンには物質が纏っている波動を探知する能力がある。
ラインハルト隊員、マッセルは砂漠に落ちた髪の毛一本すら見逃さないほど優秀な波動探知能力を持っていた。
「…そこか。」
特徴的なドレッドへアーを夜風に靡かせ、屋根の上から庭園を見渡していたマッセルはある一本の針葉樹に注目した。身に付けているゴーグルが月の光に反射する。鋭い目は侵入者の位置を的確に捉えていた。
「えっ、どこでありますか!ゼンッゼン、わかんないんですけど!」
「…右から三番目の木の裏だ。」
「うむむ……。わかんないでありますぅ~……。」
「……お前はもう少し、探知能力を磨くべきだ。タオフェ。」
緊迫した空気に似合わない、能天気な言動の女は同じくラインハルト隊員の、タオフェ。緊張感の欠片もない彼女は、滅多に表情を変えることのないポーカーフェイスなマッセルにすら、呆れたため息を吐き出させる。
「まーまっ!居場所がわかったんなら、早く侵入者ぶったおしましょーよ!緊急召集かかったせいで、あたしまだ、ご飯三杯しかおかわりしてないんですから!もう、ペコペコで……。」
「……。」
「あれれ~、ついにシカトでありますかっ!マッセル隊員っ!」
「――いや、来るぞ。」
「へ?来る、って?」
何が、と問う前に猛烈なスピードで黒い波動の塊が飛んでくるのが見えて、タオフェは慌てて、見切りを繰り出す。間一髪のところで避けられた攻撃に、さすがのタオフェも冷や汗をかいた。
「そのまま、仲良く漫才してくれてりゃ良かったのによ。」
木の上に立ちながら、呑気に煙草を吹かす男。今の今まで、木の後ろに隠れていたはずだった。いつの間に移動をしていたのだろうか。
(この男、一筋縄ではいかないな。)
マッセルは己の経験からそう思った。男の纏っている波動は固い意志を持ち、強い光を放っている。闇より深い色をした、漆黒の炎だ。
マッセルは構えた。いつ攻撃が来てもいいように、意識を集中させる。
――隊長が来るまで、なんとしても耐えなければ。
珍しく弱気になっている自分を奮い立たせるように、マッセルは敵を睨んだ。
「……お前が例の侵入者だな。今すぐ戦闘体勢を解き、大人しく我々に従え。」
「素直にはいそうですか、って言うツラに見えるか?俺が。」
「……。」
おちょくるような言動に思わずマッセルの拳に力が籠る。他人の邸宅に上がり込むどころか、土足で踏み躙るような非常識な輩だ。わかりきっていたことだが、言葉での説得はできそうになかった。
となれば、戦いは必至。敵の動きをよく観察し、攻撃のタイミングを窺うことが必要になってくる。そして一瞬の隙に攻撃を叩き込み、捕縛する。焦りは禁物、安い挑発に乗るなどもっての他。
こういうときこそ、心を落ち着かせ、慎重に対処しなくてはならない、――のだが。
「ちょっとぉ!いきなり攻撃するなんて卑怯であります!お返しですぞっ!」
「っ、止せ!タオフェ!」
空腹でいきり立っているのも相まって、マッセルの制止も聞かず、タオフェは自慢のツインテールも逆立つ勢いで敵に向かう。
(あの、単細胞が……。)
己に課せられた任務のことなどすっかり忘れてしまっているのだろう。一度火が点くと消すのが困難なタオフェの勢いに、マッセルは項垂れる他になかった。
「…そう。」
リヒトの代理で来たという家政婦から伝えられた言葉に、アンヌは残念そうに目を伏せた。けれど手渡されたマグカップは温かく、その温もりがリヒトのようで少しだけほっとした。
「それともう一つ。リヒト様から伝言が御座います。」
「?、何かしら。」
「リヒト様の許可が下りるまでお部屋を出られないように、とのことです。」
「どうして?」
「……お嬢様がお気になさるようなことではございませんので。」
侵入者の件はアンヌには伏せておいて欲しいというリヒトの希望から、家政婦は彼女の質問に対し、口を噤んだ。
アンヌに余計な心労を増やしたくないというリヒトの気遣いからくるものだったのだが、かえってアンヌは疎外感を覚え、しゅんと肩を落としてしまった。やはり屋敷の人々は自分の気持ちには耳を傾けてくれないのだと感じてしまう。
だが、先ほどリヒトを困らせてしまったばかりだったので、アンヌも無理に家政婦を追及するのは避けた。
(――あまり、我が儘を言ってはいけないものね。)
「…わかったわ。教えてくれてありがとう。」
一礼し、部屋を出ていく家政婦の後ろ姿を見送ってから、アンヌは温かいミルクを口に含んだ。
甘く、優しい味。体の芯から温もりが広がっていくようで、それは傷付いた心にも深く染み渡った。
元来、ルカリオというポケモンには物質が纏っている波動を探知する能力がある。
ラインハルト隊員、マッセルは砂漠に落ちた髪の毛一本すら見逃さないほど優秀な波動探知能力を持っていた。
「…そこか。」
特徴的なドレッドへアーを夜風に靡かせ、屋根の上から庭園を見渡していたマッセルはある一本の針葉樹に注目した。身に付けているゴーグルが月の光に反射する。鋭い目は侵入者の位置を的確に捉えていた。
「えっ、どこでありますか!ゼンッゼン、わかんないんですけど!」
「…右から三番目の木の裏だ。」
「うむむ……。わかんないでありますぅ~……。」
「……お前はもう少し、探知能力を磨くべきだ。タオフェ。」
緊迫した空気に似合わない、能天気な言動の女は同じくラインハルト隊員の、タオフェ。緊張感の欠片もない彼女は、滅多に表情を変えることのないポーカーフェイスなマッセルにすら、呆れたため息を吐き出させる。
「まーまっ!居場所がわかったんなら、早く侵入者ぶったおしましょーよ!緊急召集かかったせいで、あたしまだ、ご飯三杯しかおかわりしてないんですから!もう、ペコペコで……。」
「……。」
「あれれ~、ついにシカトでありますかっ!マッセル隊員っ!」
「――いや、来るぞ。」
「へ?来る、って?」
何が、と問う前に猛烈なスピードで黒い波動の塊が飛んでくるのが見えて、タオフェは慌てて、見切りを繰り出す。間一髪のところで避けられた攻撃に、さすがのタオフェも冷や汗をかいた。
「そのまま、仲良く漫才してくれてりゃ良かったのによ。」
木の上に立ちながら、呑気に煙草を吹かす男。今の今まで、木の後ろに隠れていたはずだった。いつの間に移動をしていたのだろうか。
(この男、一筋縄ではいかないな。)
マッセルは己の経験からそう思った。男の纏っている波動は固い意志を持ち、強い光を放っている。闇より深い色をした、漆黒の炎だ。
マッセルは構えた。いつ攻撃が来てもいいように、意識を集中させる。
――隊長が来るまで、なんとしても耐えなければ。
珍しく弱気になっている自分を奮い立たせるように、マッセルは敵を睨んだ。
「……お前が例の侵入者だな。今すぐ戦闘体勢を解き、大人しく我々に従え。」
「素直にはいそうですか、って言うツラに見えるか?俺が。」
「……。」
おちょくるような言動に思わずマッセルの拳に力が籠る。他人の邸宅に上がり込むどころか、土足で踏み躙るような非常識な輩だ。わかりきっていたことだが、言葉での説得はできそうになかった。
となれば、戦いは必至。敵の動きをよく観察し、攻撃のタイミングを窺うことが必要になってくる。そして一瞬の隙に攻撃を叩き込み、捕縛する。焦りは禁物、安い挑発に乗るなどもっての他。
こういうときこそ、心を落ち着かせ、慎重に対処しなくてはならない、――のだが。
「ちょっとぉ!いきなり攻撃するなんて卑怯であります!お返しですぞっ!」
「っ、止せ!タオフェ!」
空腹でいきり立っているのも相まって、マッセルの制止も聞かず、タオフェは自慢のツインテールも逆立つ勢いで敵に向かう。
(あの、単細胞が……。)
己に課せられた任務のことなどすっかり忘れてしまっているのだろう。一度火が点くと消すのが困難なタオフェの勢いに、マッセルは項垂れる他になかった。