shot.6 死の香り

「うわあ、ちゃちな青春ドラマを見させられてるみたいだ。気持ち悪いなあ。」


 ――いつの間にか演奏を止めていた彼が信頼し合うアンヌ達の姿を見て、悪罵を浴びせた。だがその表情はやはりにこやかなままで、その温度差が不気味に見えた。
 ブレイヴがアンヌの前に出て、毒々しい微笑みを浮かべる彼に眼を飛ばす。けれどブレイヴの睨みに動じる素振りはない。

「へっ、ダセェ曲弾いて気取ってるボッチ野郎よりはましだぜ!」
「陳腐な言葉を並べることしか出来ない単細胞よりはましだよ。」
「ちんぷ?なんだそれ、意味わかんねーこと言ってンじゃねーぞ!下ネタか!?」
「うん、やっぱり君は馬鹿だね。使える部位が少なくて脳みそ腐ってそう。」
「ンだとォ!?」

 悪口を並べ立てられ、怒りに火が付いたブレイヴは彼の胸倉に掴みかかった。見た通りの華奢な体はブレイヴの僅かな力だけでぐっと持ち上がる。それでもやはり彼の表情に恐怖や危機感はなく、へらへらと笑っていた。それが余計に馬鹿にしているという効果を強め、ブレイヴを苛立たせた。
 ブレイヴは彼を掴んでいる右手とは反対の空いている左手に拳を作る。今にも殴りかかろうとしている雰囲気だった。

「ブレイヴ、抑えて!」

 レックスの時のようにお互いが好戦的な時は止めようがなかったが、戦う意志が見られない彼に向かって力を振るうのは良くないとアンヌは思った。

 ――丁度、そう注意を促した時だった。

 据わっていた目が突如見開かれ、彼は勢いよくブレイヴの体を突き放した。意表を突かれたブレイヴはよろめき、彼を掴んでいた手を咄嗟に離す。

「てめ、何しやが――!」

 反撃を予想し、ブレイヴは体勢を建て直してさっと戦闘の構えをとった。だが彼は攻撃をするどころかそのまま地面に崩れ落ちる。衝撃で手に持っていたギターがボン、と低い音を立てた。口許を押さえた彼は青ざめた顔をし、その場で弱々しく蹲る。
 それに違和感を覚えたブレイヴは溢しかけていた言葉を切り上げ、代わりに不審そうな視線を向けた。

 間もなく彼は嘔吐するような勢いで激しく咳き込んだ。ただむせただけにしては明らかに苦しそうで。居ても立っても居られなくなったアンヌは彼に駆け寄り、背中を摩ろうとした。けれどその手は彼本人によって振り払われる。まるで他者の助けを拒絶するように。
 ――よく見ると、口の端から血が滴り落ちており、口許を押さえていた彼の手も真っ赤に染まっていた。

「はやくポケモンセンターにかからないと…!」
「っ…げほっ……、やめてくれ。余計な……お世話だよ。」
「でも!」

 彼から危機感は伝わって来ず、むしろアンヌの方が動揺している風だった。その証拠にとても笑えるような状況ではないのに、彼は張り付けたようなその笑みを再びブレイヴに向けた。

「ほうら、そこの単細胞の君。今なら殴り放題だよ。僕への憂さをぶつけるがいいさ。あはは…っごほっ。」
「ンだと…。」
「……人間もポケモンも死には逆らえない。どうせ死ぬんだ。…なら生きていたって仕方がないじゃァないか。」

 誰に言うでもなく、譫言のように零れた彼の言葉にブレイヴは眉間に込める力を強めた。固く拳を握りしめたまま、彼の方へと一歩足を進める。血気盛んなブレイヴには珍しく無言で彼を見下ろしていた。

「命がある限り、オレ様はゼッテー諦めねェ。…てめェをぶん殴るのはてめェが元気になった後だぜ。」

 張りつめていた空気を破ったのは熱いブレイヴの言葉だった。ぐったりとした彼の体を持ち上げ、自身の服に血が付くのを気にも留めずに彼の体を負ぶった。ブレイヴの行動を予想していなかったのか、諦め切った笑みを浮かべていた彼の顔が驚きに変わった。

「何だいそれ。…正義のヒーローでも気取ってるつもりかい?…迷惑だよ。いいから、僕のことは放っておいて、」
「オレ様はショーシンショーメイ、正義のHEROだぜ。困ってるヤツを助けるのがHEROの役目だッ!」
「……うざいなあ。」

 ブレイヴらしい答えにアンヌは同意するようにうん、と頷いた。
 言っても無駄だと思ったのか、反論する力も残っていないのか、彼は溜息をついた後、観念した様子で口を噤んだ。


「ここからならシッポウに戻るより、さっさと森を突っ切ってヒウンに行った方が早いな。…急ぐぞ。」
「上等ォ!」

 近辺の道に詳しいグルートが先導し、彼を負ぶったままブレイヴは後続する。アンヌも流れに続こうとしたが、地面に転がったギターが目について足を止める。
 手早く、近くに置いてあったケースにギターを収納し、彼女は大事そうにそれを抱えた。小さなアンヌの手には少し重たかったが、彼女はぐっと堪えて、気力を振り絞り、彼らの後を追った。
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