shot.5 博物館へ行こう
博物館の外へ出て、建物の裏側へと回る。搬入口のシャッターの横に職員用の入口があり、ここから研究室に入ることができるようだった。
「おまっとおさん!」
「ああ、レックスさん。お待ちしていましたよ。」
「すんません。チョット色々あったモンで……。」
景気のいい声を響かせながらレックスが勢いよく研究室の扉を開けると、それに気が付いた研究員のひとがほっとしたような声を溢した。まさか博物館で喧嘩をしていたとも知らず、なかなか来ないレックスを心配していたのだろう。彼は傍で呆れるグルートの視線を気にしながら控えめに苦笑した。
次いでアンヌ達のことを紹介すると研究員は快く見学を許可してくれた。
「…で、どないやったんです?出土品の方は。」
気を取り直してレックスは研究員に本題を切り出した。すると研究員に奥の部屋へと案内される。そこには数多くの書物や考古資料らしき土製品が棚一面にびっしりと並んでいた。
膨大な資料をアンヌが興味深そうに見渡していると、その中でも一際目を引く大きな棺のようなものが床に敷かれたシートの上にあった。長い年月が経っているにも拘わらず、棺の金色はそれを感じさせない輝きを放っていた。
棺を取り囲むようにして更に二、三人の研究員たちがいる。彼らは熱心に見入っており、暫く、レックスたちが部屋に入ってきたことにすら気づいていなかった。どうやらこれが工事中に見つけたという例の出土品らしい。
研究員が資料を片手にレックスの傍にやってくる。ごほんと一度咳払いをすると、やや緊張したような調子で彼は続けた。
「詳細な調査が必要ですが…現段階では古代イッシュの王の墓ではないかと思われます。」
「それってつまり…世紀の大発見っちゅうやつやないか!?」
研究員が頷くと、レックスは興奮気味に瞳を輝かせた。彼は別段考古学に興味があるわけではなかったが、古代の王の墓という希少性は彼の心を湧かせた。それはアンヌも同じで新発見の可能性に感動していた。
しかしあくまでも研究員は冷静で、王の墓であるという根拠を淡々と示し始めた。まず棺の蓋に掘られた図を指差す。絵のように見えるがこれは古の時代に使われていた文字なのだという。
「古代文字で『永遠。彼は再び我らの王となる。』と書かれています。まるで蘇生を示唆するような書き方です。そして“我らの王となる”という言葉通り、古代イッシュで復活を許されたのは権力者である王だけだったとされています。」
古代イッシュでは“死した肉体に魂が戻ってくる”という復活思想があった。死んだ王の遺体をミイラにして棺に入れ大切に保管していたのだ。そしてこの権力を象徴するような豪華な金色の棺。それらのことからこの棺は位の高い、即ち、王のものだという結論に至ったようだ。
「ただ一つ、問題というか…困ったことがありまして。」
「何かあったのですか?」
研究者なら尚更、素晴らしい発見と舞い上がってしまいそうなところだが、研究員はどこか浮かない顔をしており、アンヌは不思議そうに問いかけた。
「ええ、棺の中にはミイラとなった王の遺骸が収められているはずなのですが…確認しようにも棺の蓋が開かないのです。」
彼が落ち着いていたのはそういうわけもあったのかもしれない。ミイラを調べられればさらに詳しいことがわかるのに――研究者にとっては餌が目の前にあるのに寸止めを食らっているという感じだろう。
「せやったら俺に任せとき。パワーには自信あるで!」
するとレックスが声を上げた。何をし始めるのかと問う間もなく彼は、腕を捲り意気揚々と棺の蓋に手をかける。深く息を吸い、力を集中させる。研究員の人たちが心配そうに見つめていたが、彼は躊躇することなく一気に溜めた力を放出した。…しかし、蓋はびくともしなかった。諦めず力を籠めても、力んだレックスの顔が赤くなっていくばかりだった。
「アカンわ。どないなっとんねんこれ。」
「お兄ちゃん、あんまり無理しない方が…。」
「俺は大丈夫や。けど、なんや負けた気ィしてけったクソ悪いわァ。――おい、ブレイヴ、チョット手ェ貸せや!」
ひとりでは無理だと判断したのか、レックスは自分と同じように強いパワーを持ったブレイヴに協力を促した。…けれど、妙なことにブレイヴは部屋の扉に手をかけ今まさに部屋から出ようとしている風で。彼の性格なら率先して飛び出してきそうなところだが、今の彼はやけに逃げ腰だった。
「どうしたの、ブレイヴ?なんだか顔色が悪いわ。」
「えッ!?…い、いや、べ、別に?なななんもねェよ?ミイラとか全然ッ、怖くねェしな!?」
強がりを吐いているものの、ブレイヴは真っ青な顔をしており額に汗を滲ませている。分かり易すぎるその反応が、彼の奇妙な動きの答えを表していた。理解したレックスはにまにまと意地悪そうに顔をニヤつかせた。
「なんやジブン、ビビっとるんかァ?」
「はァ!?寝ぼけたこと言ってンじゃねェぞ!この正義のHEROブレイヴ様に、こ、ここ怖いものなンざねェ!」
「せやったら、早う手伝ってや。…怖ないんやろォ~~?」
「うッ…。」
そう、ブレイヴはミイラやお化けといったような霊的なものが大の苦手だった。小さい頃に育て屋のお婆さんに聞かされた怪談話が未だにトラウマなのだ。しかし、カッコつけたがりのブレイヴは皆にその弱みを知られたくなかった。煽ってくるレックスに言い返したいのは山々だが、言い返せばミイラの入っている棺に触れなければいけなくなってしまう――もどかしさと苛立ちで彼は歯を食いしばることしかできなかった。
「ブレイヴくん、お兄ちゃんの言うことは気にしなくていいからね。誰にだって苦手なものはあるんだから。」
「そうよ、ブレイヴ。恥ずかしいことじゃないわ。」
ソフィアとアンヌがブレイヴをフォローするように言葉をかけるが、かえってそれはブレイヴの逃げ場を塞ぐことになった。女の子にここまで言われて何もしないのはHEROの名が泣くというもの。恐怖の奥から目立ちたい、女の子にいいところを見せたいという彼の自己顕示欲がめらめらと湧き上がってくる。
「じょ、上等だ!やってやろうじゃねェか!」
あっ、と気づいた時にはもう遅く、ブレイヴは自分から喧嘩を買いに行くような言葉を溢してしまっていた。後先考えずに勢いだけで飛び出してしまう性分。堂々と皆の前で宣言してしまった手前、ブレイヴに後戻りはできなかった。恐る恐る、クラブのような横歩きのぎこちない動きで棺の方に近づいていく。
(怖くねェ、怖くねェ……オレ様は最強だし、もしミイラが出てきたりしても余裕で倒せるっつーの。)
ごくりと息を呑みながらブレイヴは棺の前に立つ。オレ様の勇気を見てろと言わんばかりに周囲に落ち着きなく視線を巡らせた後、震えながらそろそろと棺の蓋に手を伸ばす。
「オマエを呪ってやる……。」
「ギャアァアアアア!!!」
――が、陥れるようなおどろおどろしい声が聞こえて、ブレイヴは絶叫し、一目散に扉の前まで逃げ出す。両手で頭を隠してガタガタと怯えながら地面に蹲っていた。
「ハハハッ!ええリアクションやったで!」
「…へっ?」
「安心し、今のは俺の声やから。」
腹を抱えながら笑うレックスに、ブレイヴは一瞬ポカンと間抜けな顔をする。そして彼の笑い声の理由を徐々に理解し始め、フッと頭に血が上っていく。
「レックスてめェえええええ!!!」
半泣きの状態で、ブレイヴはレックスの胸倉に掴みかかる。しかし彼がムキになればなるほどレックスは笑いのツボを突かれ、顔を弛ませていた。その堪えたような笑いが一層ブレイヴの癇に障ることになるのだが。
「だから喧嘩は外でやれつってんだろ、バカ。」
「知るか!今すぐこいつをぶん殴らなきゃ気が済まねェ~~~!」
宥める言葉は耳に入らないようで再び喧嘩を始めそうなブレイヴが、グルートに一蹴されることになったのは言うまでもなかった。
落ち着くことを知らない賑やかさにアンヌもいい加減慣れ始めて、もう注意する気も起きず、小さく苦笑した。
ホラー嫌いのブレイヴの代わりにグルートがレックスと共に棺の蓋を開けようとしたが結局、力づくでは開かず、後のことは研究室に任せることになった。
見学会はお開きになり、一同はぞろぞろと部屋を出ていく。アンヌもそれに続こうと一歩進んだが――突然、背筋が凍りつくような悪寒を感じて立ち止まる。誰かがじっとこちらを見ているような重い視線を感じた。
『ボク……ヲ…ヒトリニ…シナイデ……。』
(――!)
背後から声が聞こえてアンヌは反射的に振り返る。しかしそこには誰も居らず、静かな棺があるだけだった。部屋中を見渡してみても、研究員のひととアンヌ達以外は誰もいない。またレックスのイタズラかとも思ったが、彼はソフィアに叱られているところでイタズラを仕掛けたような素振りはなかった。
ぼんやりとアンヌはその場に立ち尽くす。背中がじわりと汗ばんでいた。
「どうした、行くぞ。」
「あ――はい。」
グルートに声を掛けられたアンヌは目が覚めたようにはっとする。首を横に振り、ただの空耳だったのだと自分を納得させて、そのまま振り返ることなく彼の傍に駆けていった。
「おまっとおさん!」
「ああ、レックスさん。お待ちしていましたよ。」
「すんません。チョット色々あったモンで……。」
景気のいい声を響かせながらレックスが勢いよく研究室の扉を開けると、それに気が付いた研究員のひとがほっとしたような声を溢した。まさか博物館で喧嘩をしていたとも知らず、なかなか来ないレックスを心配していたのだろう。彼は傍で呆れるグルートの視線を気にしながら控えめに苦笑した。
次いでアンヌ達のことを紹介すると研究員は快く見学を許可してくれた。
「…で、どないやったんです?出土品の方は。」
気を取り直してレックスは研究員に本題を切り出した。すると研究員に奥の部屋へと案内される。そこには数多くの書物や考古資料らしき土製品が棚一面にびっしりと並んでいた。
膨大な資料をアンヌが興味深そうに見渡していると、その中でも一際目を引く大きな棺のようなものが床に敷かれたシートの上にあった。長い年月が経っているにも拘わらず、棺の金色はそれを感じさせない輝きを放っていた。
棺を取り囲むようにして更に二、三人の研究員たちがいる。彼らは熱心に見入っており、暫く、レックスたちが部屋に入ってきたことにすら気づいていなかった。どうやらこれが工事中に見つけたという例の出土品らしい。
研究員が資料を片手にレックスの傍にやってくる。ごほんと一度咳払いをすると、やや緊張したような調子で彼は続けた。
「詳細な調査が必要ですが…現段階では古代イッシュの王の墓ではないかと思われます。」
「それってつまり…世紀の大発見っちゅうやつやないか!?」
研究員が頷くと、レックスは興奮気味に瞳を輝かせた。彼は別段考古学に興味があるわけではなかったが、古代の王の墓という希少性は彼の心を湧かせた。それはアンヌも同じで新発見の可能性に感動していた。
しかしあくまでも研究員は冷静で、王の墓であるという根拠を淡々と示し始めた。まず棺の蓋に掘られた図を指差す。絵のように見えるがこれは古の時代に使われていた文字なのだという。
「古代文字で『永遠。彼は再び我らの王となる。』と書かれています。まるで蘇生を示唆するような書き方です。そして“我らの王となる”という言葉通り、古代イッシュで復活を許されたのは権力者である王だけだったとされています。」
古代イッシュでは“死した肉体に魂が戻ってくる”という復活思想があった。死んだ王の遺体をミイラにして棺に入れ大切に保管していたのだ。そしてこの権力を象徴するような豪華な金色の棺。それらのことからこの棺は位の高い、即ち、王のものだという結論に至ったようだ。
「ただ一つ、問題というか…困ったことがありまして。」
「何かあったのですか?」
研究者なら尚更、素晴らしい発見と舞い上がってしまいそうなところだが、研究員はどこか浮かない顔をしており、アンヌは不思議そうに問いかけた。
「ええ、棺の中にはミイラとなった王の遺骸が収められているはずなのですが…確認しようにも棺の蓋が開かないのです。」
彼が落ち着いていたのはそういうわけもあったのかもしれない。ミイラを調べられればさらに詳しいことがわかるのに――研究者にとっては餌が目の前にあるのに寸止めを食らっているという感じだろう。
「せやったら俺に任せとき。パワーには自信あるで!」
するとレックスが声を上げた。何をし始めるのかと問う間もなく彼は、腕を捲り意気揚々と棺の蓋に手をかける。深く息を吸い、力を集中させる。研究員の人たちが心配そうに見つめていたが、彼は躊躇することなく一気に溜めた力を放出した。…しかし、蓋はびくともしなかった。諦めず力を籠めても、力んだレックスの顔が赤くなっていくばかりだった。
「アカンわ。どないなっとんねんこれ。」
「お兄ちゃん、あんまり無理しない方が…。」
「俺は大丈夫や。けど、なんや負けた気ィしてけったクソ悪いわァ。――おい、ブレイヴ、チョット手ェ貸せや!」
ひとりでは無理だと判断したのか、レックスは自分と同じように強いパワーを持ったブレイヴに協力を促した。…けれど、妙なことにブレイヴは部屋の扉に手をかけ今まさに部屋から出ようとしている風で。彼の性格なら率先して飛び出してきそうなところだが、今の彼はやけに逃げ腰だった。
「どうしたの、ブレイヴ?なんだか顔色が悪いわ。」
「えッ!?…い、いや、べ、別に?なななんもねェよ?ミイラとか全然ッ、怖くねェしな!?」
強がりを吐いているものの、ブレイヴは真っ青な顔をしており額に汗を滲ませている。分かり易すぎるその反応が、彼の奇妙な動きの答えを表していた。理解したレックスはにまにまと意地悪そうに顔をニヤつかせた。
「なんやジブン、ビビっとるんかァ?」
「はァ!?寝ぼけたこと言ってンじゃねェぞ!この正義のHEROブレイヴ様に、こ、ここ怖いものなンざねェ!」
「せやったら、早う手伝ってや。…怖ないんやろォ~~?」
「うッ…。」
そう、ブレイヴはミイラやお化けといったような霊的なものが大の苦手だった。小さい頃に育て屋のお婆さんに聞かされた怪談話が未だにトラウマなのだ。しかし、カッコつけたがりのブレイヴは皆にその弱みを知られたくなかった。煽ってくるレックスに言い返したいのは山々だが、言い返せばミイラの入っている棺に触れなければいけなくなってしまう――もどかしさと苛立ちで彼は歯を食いしばることしかできなかった。
「ブレイヴくん、お兄ちゃんの言うことは気にしなくていいからね。誰にだって苦手なものはあるんだから。」
「そうよ、ブレイヴ。恥ずかしいことじゃないわ。」
ソフィアとアンヌがブレイヴをフォローするように言葉をかけるが、かえってそれはブレイヴの逃げ場を塞ぐことになった。女の子にここまで言われて何もしないのはHEROの名が泣くというもの。恐怖の奥から目立ちたい、女の子にいいところを見せたいという彼の自己顕示欲がめらめらと湧き上がってくる。
「じょ、上等だ!やってやろうじゃねェか!」
あっ、と気づいた時にはもう遅く、ブレイヴは自分から喧嘩を買いに行くような言葉を溢してしまっていた。後先考えずに勢いだけで飛び出してしまう性分。堂々と皆の前で宣言してしまった手前、ブレイヴに後戻りはできなかった。恐る恐る、クラブのような横歩きのぎこちない動きで棺の方に近づいていく。
(怖くねェ、怖くねェ……オレ様は最強だし、もしミイラが出てきたりしても余裕で倒せるっつーの。)
ごくりと息を呑みながらブレイヴは棺の前に立つ。オレ様の勇気を見てろと言わんばかりに周囲に落ち着きなく視線を巡らせた後、震えながらそろそろと棺の蓋に手を伸ばす。
「オマエを呪ってやる……。」
「ギャアァアアアア!!!」
――が、陥れるようなおどろおどろしい声が聞こえて、ブレイヴは絶叫し、一目散に扉の前まで逃げ出す。両手で頭を隠してガタガタと怯えながら地面に蹲っていた。
「ハハハッ!ええリアクションやったで!」
「…へっ?」
「安心し、今のは俺の声やから。」
腹を抱えながら笑うレックスに、ブレイヴは一瞬ポカンと間抜けな顔をする。そして彼の笑い声の理由を徐々に理解し始め、フッと頭に血が上っていく。
「レックスてめェえええええ!!!」
半泣きの状態で、ブレイヴはレックスの胸倉に掴みかかる。しかし彼がムキになればなるほどレックスは笑いのツボを突かれ、顔を弛ませていた。その堪えたような笑いが一層ブレイヴの癇に障ることになるのだが。
「だから喧嘩は外でやれつってんだろ、バカ。」
「知るか!今すぐこいつをぶん殴らなきゃ気が済まねェ~~~!」
宥める言葉は耳に入らないようで再び喧嘩を始めそうなブレイヴが、グルートに一蹴されることになったのは言うまでもなかった。
落ち着くことを知らない賑やかさにアンヌもいい加減慣れ始めて、もう注意する気も起きず、小さく苦笑した。
ホラー嫌いのブレイヴの代わりにグルートがレックスと共に棺の蓋を開けようとしたが結局、力づくでは開かず、後のことは研究室に任せることになった。
見学会はお開きになり、一同はぞろぞろと部屋を出ていく。アンヌもそれに続こうと一歩進んだが――突然、背筋が凍りつくような悪寒を感じて立ち止まる。誰かがじっとこちらを見ているような重い視線を感じた。
『ボク……ヲ…ヒトリニ…シナイデ……。』
(――!)
背後から声が聞こえてアンヌは反射的に振り返る。しかしそこには誰も居らず、静かな棺があるだけだった。部屋中を見渡してみても、研究員のひととアンヌ達以外は誰もいない。またレックスのイタズラかとも思ったが、彼はソフィアに叱られているところでイタズラを仕掛けたような素振りはなかった。
ぼんやりとアンヌはその場に立ち尽くす。背中がじわりと汗ばんでいた。
「どうした、行くぞ。」
「あ――はい。」
グルートに声を掛けられたアンヌは目が覚めたようにはっとする。首を横に振り、ただの空耳だったのだと自分を納得させて、そのまま振り返ることなく彼の傍に駆けていった。