shot.5 博物館へ行こう
大変なことになった。バトルに夢中になっている二体のドラゴンは、周囲への迷惑も顧みず、ただ相手を倒すことだけに意識を向けている。けれど、意外にもその場に残っている人は多く、皆、トレーナーという性分からか、驚きながらも興味深そうにふたりの様子を見ていた。
「お客様!館内でのバトルはご遠慮くださいィイ~~!」
今にも泣き出しそうな声で震えながら博物館のスタッフはふたりに注意を呼びかける。が、闘争心に火が付いた彼らを止められるはずもない。
ふたりは同時にスタッフを睨みつけ、それだけで彼は悲鳴を上げながら腰を抜かす。強面の二人組に、しかもあんな桁外れなパワーを見せつけられた後なら、怖気づいてしまうのが普通の反応だろう。
「今エエとこなんや。……怪我したァなかったら邪魔しなや。」
「安心しろ。一秒で終わらせてやるよ!」
スタッフの勇気ある注意も虚しく、ふたりは再び向き直る。先制をとったブレイヴはレックスの肩を掴み、そのまま彼の顔面を目掛けて、自身の頭をぶつける。「アイアンヘッド」だ。硬い頭突きを直に食らい、レックスは痛みで一瞬怯む。その隙を逃さず、ブレイヴは更に「ドラゴンクロー」を彼の鳩尾に叩き込む。勢いで吹き飛ばされたレックスの体は、休憩所のソファーに墜落した。彼のクッションとなったソファーは、音を立ててへし折れ、無残にも中の綿と木材がはみ出していた。
「へへっ、オレ様の勝ちッ!」
手ごたえを感じたブレイヴは自信たっぷりに笑み、己の勝利を確信した。少しやりすぎてしまったかもしれないと、彼の心はすでに勝者の余韻に浸っていた。
「…寝言は寝て言え、言うたやろが!」
「なにッ!?」
――だが、レックスもまた、その程度で折れるような柔な男ではなかった。鼻からダラダラと鮮血を流し、背中を強打しているにもかかわらず、それらの痛みをものともせず、彼は立ち上がる。そして再び「龍の舞い」をすると、目にも止まらぬ速さでブレイヴの懐に入り込んだ。
(速ェッ!)
押し返そうするがブレイヴの手は虚しく空を切る。彼が捉えたレックスは既に残像だったのだ。
「龍の舞い」によって攻撃力と俊敏さを増した鋭利なドラゴンの爪が、ブレイヴの腹に食い込む。
「ぐあッ!」
「まだまだ行くでェ!ダブルチョップ!」
レックスは畳み掛けるように攻撃を繰り出す。ブレイヴになす術無く、頬を左右交互に殴られる。頭を揺さぶられ、意識まで朦朧としてくる。この状態ではまともに受け身を取ることもできない。その硬直を戦い慣れしたレックスが利用しないはずはなかった。
「これで終いや!ダサドラゴン!」
頭上に掲げられた、レックスの左足に力が籠められる。うねる蒼い光はブレイヴの顔も照らすほど大きく広がっていく。ブレイヴは目を見開き、その輝きが強くなっていくのを感じた。あの攻撃を食らったらまずい――それは彼にもわかったが、視界がぼやけて体が思うように動かない。
「ドラゴンテールッ!」
そのままブレイヴの脳天目掛けて、レックスは左足を蹴り落とした。強い衝撃を受けたブレイヴの体は、攻撃の軌道に合わせて地面に突き落とされる。ブレイヴの体は床に力なく横たわった。
アンヌは口を覆い、驚きを露わにする。あのタフで強靭なパワーを持つブレイヴがレックスを前にしてまるで子供のようだった。
(ブレイヴ以上のパワーの持ち主がいるなんて…!)
以前グルートはブレイヴのパワーを持ち前のテクニックによって利用し、勝利した。だが、レックスはそのようなトリッキーな動きはしていない。純粋にパワーとスピードだけで勝負し、ブレイヴを上回ったのだ。
世界はアンヌの思っている以上に広く、彼女は衝撃を受けた。上には上がいる、それを目の当たりにしたような現状だった。
「ブレイヴ!」
アンヌは横たわる彼の傍に寄り添う。だがやはり、ブレイヴの反応はない。
「俺の勝ちやな。」
ブレイヴの言葉を真似るように、レックスはニッと誇らしげに笑みを浮かべた。背中の「STRONGEST」の文字はハッタリでも自惚れでもなかったようだ。
「まァ、ダサドラゴンにしてはようやったんとちゃうか?」
鼻についた血を手で拭いながら、レックスはブレイヴを見て、そう言った。無論、頭に大きなダメージを食らったブレイヴにその言葉が届いているとは彼も思っていなかったが。
フッ、と小さく息を吐き捨てると、彼は身を翻し、ソフィアの元へと足を進めた。
「ほな、行こか。ソフィア。研究員さんも待っとるさかいに。」
「お兄ちゃん、ブレイヴくんは、彼はどうなったの?怪我をしているんじゃないの?」
ソフィアはレックスに詰め寄る。彼は少し罰が悪そうに目を泳がせる。暫く、「あ~」とか「う~ん」と言葉を伸ばしながら誤魔化していたが、やがて堪忍したように項垂れた。
「ま、チョ~ットばかし、やりすぎてしもうたかな~ってトコやけど……ホンマチョ~ットやし……1ミリぐらい?」
「お兄ちゃん!」
溺愛している妹から責められていることを感じて、レックスはぎこちなく口角を吊り上げる。普段激しい感情を見せることのないソフィアの怒りは少なからずレックスを動揺させた。
「……おい、勝手に…勝った気になってンじゃねェぞ……。」
誰もが勝負はついたと思っていた――が、呻くように発された声によって、その空気は一変する。レックスは振り返り、ソフィアも声に気づいた。そしてアンヌも。
ブレイヴは荒く息を溢し、床に這いつくばりながらレックスを睨みつける。弱弱しくも、その眼は真っ直ぐで、熱く燃えていた。
「へェ」と感心したようにレックスが声を溢す。
「ジブン、なかなか根性あるなァ。初めてやで、俺のドラゴンテール食らって意識あるヤツは。」
「HA…あんなだせェのドラゴンテールじゃねェっつーの。…オレ様がマジのドラゴンテールを…見せてやるぜ……!」
「ほォ、おもろいやないか。…せやけど、大口叩くんやったらまず動けるようになってもらわんとなァ?」
「ぐ……ッ!」
ブレイヴは地面を掴み、ぼろぼろの体で立ち上がろうとする。先の戦いのダメージもある、もう彼の体は限界なのだろう。その様にアンヌは震え、首を横に振った。
「駄目よ!これ以上戦ったら、ブレイヴの体が!」
「このぐらい…気合でなんとかしてやらァ!」
「そんな、無茶よ!」
「無茶でも無理でも、オレ様ならできる!」
「えっ…!」
動くのも困難なはずだった。だが、ブレイヴは歯を食い縛り、両手を使って徐々に上体を起こす。
「なんやて…!」
これにはレックスも驚きを隠せなかった。ブレイヴは気力だけで立ち上がろうとしている。ただ勝ちたいという一心で。
「このブレイヴ様を舐めンじゃねェぞォ!!!」
そして彼は叫びながら立ち上がり、固く拳を握りしめながら飛び出した。
予想外のブレイヴの動きに気を取られて呆然としていたレックスだったが、その表情は次第に嬉々としたものに変わっていく。
「ジブン、ホンマモンのアホやな。……せやけど、嫌いやないで!」
「…っ、待って!お兄ちゃん!」
向かってくるブレイヴに対し、レックスも走り出す。距離が近くなる程に、互いの拳に込められる力が増大していく。どちらも全身全霊の力を使い、対する気なのだろう。
しかし、この強大な二つの力がぶつかれば、ふたりは勿論、この博物館も無事では済まないことは容易に想像できた。
「お願いっ!ふたりとも止めてっ!」
アンヌは叫んだが、それで留まるようなふたりならとっくに戦いをやめているだろう。――血気盛んなドラゴン達は無邪気な子供のように駆けていた。
「オマエの力見せてみィ!ブレイヴッ!」
「驚きすぎてチビンじゃねェぞ!レックスッ!」
ふたりはほぼ同時に拳を振り上げる。彼らの背にある模型のオノノクスとクリムガンが放たれる力の光に照らされる。
アンヌは轟音と爆風を想像して、目を瞑り、自分の体を両腕で固く抱きしめた。
「お客様!館内でのバトルはご遠慮くださいィイ~~!」
今にも泣き出しそうな声で震えながら博物館のスタッフはふたりに注意を呼びかける。が、闘争心に火が付いた彼らを止められるはずもない。
ふたりは同時にスタッフを睨みつけ、それだけで彼は悲鳴を上げながら腰を抜かす。強面の二人組に、しかもあんな桁外れなパワーを見せつけられた後なら、怖気づいてしまうのが普通の反応だろう。
「今エエとこなんや。……怪我したァなかったら邪魔しなや。」
「安心しろ。一秒で終わらせてやるよ!」
スタッフの勇気ある注意も虚しく、ふたりは再び向き直る。先制をとったブレイヴはレックスの肩を掴み、そのまま彼の顔面を目掛けて、自身の頭をぶつける。「アイアンヘッド」だ。硬い頭突きを直に食らい、レックスは痛みで一瞬怯む。その隙を逃さず、ブレイヴは更に「ドラゴンクロー」を彼の鳩尾に叩き込む。勢いで吹き飛ばされたレックスの体は、休憩所のソファーに墜落した。彼のクッションとなったソファーは、音を立ててへし折れ、無残にも中の綿と木材がはみ出していた。
「へへっ、オレ様の勝ちッ!」
手ごたえを感じたブレイヴは自信たっぷりに笑み、己の勝利を確信した。少しやりすぎてしまったかもしれないと、彼の心はすでに勝者の余韻に浸っていた。
「…寝言は寝て言え、言うたやろが!」
「なにッ!?」
――だが、レックスもまた、その程度で折れるような柔な男ではなかった。鼻からダラダラと鮮血を流し、背中を強打しているにもかかわらず、それらの痛みをものともせず、彼は立ち上がる。そして再び「龍の舞い」をすると、目にも止まらぬ速さでブレイヴの懐に入り込んだ。
(速ェッ!)
押し返そうするがブレイヴの手は虚しく空を切る。彼が捉えたレックスは既に残像だったのだ。
「龍の舞い」によって攻撃力と俊敏さを増した鋭利なドラゴンの爪が、ブレイヴの腹に食い込む。
「ぐあッ!」
「まだまだ行くでェ!ダブルチョップ!」
レックスは畳み掛けるように攻撃を繰り出す。ブレイヴになす術無く、頬を左右交互に殴られる。頭を揺さぶられ、意識まで朦朧としてくる。この状態ではまともに受け身を取ることもできない。その硬直を戦い慣れしたレックスが利用しないはずはなかった。
「これで終いや!ダサドラゴン!」
頭上に掲げられた、レックスの左足に力が籠められる。うねる蒼い光はブレイヴの顔も照らすほど大きく広がっていく。ブレイヴは目を見開き、その輝きが強くなっていくのを感じた。あの攻撃を食らったらまずい――それは彼にもわかったが、視界がぼやけて体が思うように動かない。
「ドラゴンテールッ!」
そのままブレイヴの脳天目掛けて、レックスは左足を蹴り落とした。強い衝撃を受けたブレイヴの体は、攻撃の軌道に合わせて地面に突き落とされる。ブレイヴの体は床に力なく横たわった。
アンヌは口を覆い、驚きを露わにする。あのタフで強靭なパワーを持つブレイヴがレックスを前にしてまるで子供のようだった。
(ブレイヴ以上のパワーの持ち主がいるなんて…!)
以前グルートはブレイヴのパワーを持ち前のテクニックによって利用し、勝利した。だが、レックスはそのようなトリッキーな動きはしていない。純粋にパワーとスピードだけで勝負し、ブレイヴを上回ったのだ。
世界はアンヌの思っている以上に広く、彼女は衝撃を受けた。上には上がいる、それを目の当たりにしたような現状だった。
「ブレイヴ!」
アンヌは横たわる彼の傍に寄り添う。だがやはり、ブレイヴの反応はない。
「俺の勝ちやな。」
ブレイヴの言葉を真似るように、レックスはニッと誇らしげに笑みを浮かべた。背中の「STRONGEST」の文字はハッタリでも自惚れでもなかったようだ。
「まァ、ダサドラゴンにしてはようやったんとちゃうか?」
鼻についた血を手で拭いながら、レックスはブレイヴを見て、そう言った。無論、頭に大きなダメージを食らったブレイヴにその言葉が届いているとは彼も思っていなかったが。
フッ、と小さく息を吐き捨てると、彼は身を翻し、ソフィアの元へと足を進めた。
「ほな、行こか。ソフィア。研究員さんも待っとるさかいに。」
「お兄ちゃん、ブレイヴくんは、彼はどうなったの?怪我をしているんじゃないの?」
ソフィアはレックスに詰め寄る。彼は少し罰が悪そうに目を泳がせる。暫く、「あ~」とか「う~ん」と言葉を伸ばしながら誤魔化していたが、やがて堪忍したように項垂れた。
「ま、チョ~ットばかし、やりすぎてしもうたかな~ってトコやけど……ホンマチョ~ットやし……1ミリぐらい?」
「お兄ちゃん!」
溺愛している妹から責められていることを感じて、レックスはぎこちなく口角を吊り上げる。普段激しい感情を見せることのないソフィアの怒りは少なからずレックスを動揺させた。
「……おい、勝手に…勝った気になってンじゃねェぞ……。」
誰もが勝負はついたと思っていた――が、呻くように発された声によって、その空気は一変する。レックスは振り返り、ソフィアも声に気づいた。そしてアンヌも。
ブレイヴは荒く息を溢し、床に這いつくばりながらレックスを睨みつける。弱弱しくも、その眼は真っ直ぐで、熱く燃えていた。
「へェ」と感心したようにレックスが声を溢す。
「ジブン、なかなか根性あるなァ。初めてやで、俺のドラゴンテール食らって意識あるヤツは。」
「HA…あんなだせェのドラゴンテールじゃねェっつーの。…オレ様がマジのドラゴンテールを…見せてやるぜ……!」
「ほォ、おもろいやないか。…せやけど、大口叩くんやったらまず動けるようになってもらわんとなァ?」
「ぐ……ッ!」
ブレイヴは地面を掴み、ぼろぼろの体で立ち上がろうとする。先の戦いのダメージもある、もう彼の体は限界なのだろう。その様にアンヌは震え、首を横に振った。
「駄目よ!これ以上戦ったら、ブレイヴの体が!」
「このぐらい…気合でなんとかしてやらァ!」
「そんな、無茶よ!」
「無茶でも無理でも、オレ様ならできる!」
「えっ…!」
動くのも困難なはずだった。だが、ブレイヴは歯を食い縛り、両手を使って徐々に上体を起こす。
「なんやて…!」
これにはレックスも驚きを隠せなかった。ブレイヴは気力だけで立ち上がろうとしている。ただ勝ちたいという一心で。
「このブレイヴ様を舐めンじゃねェぞォ!!!」
そして彼は叫びながら立ち上がり、固く拳を握りしめながら飛び出した。
予想外のブレイヴの動きに気を取られて呆然としていたレックスだったが、その表情は次第に嬉々としたものに変わっていく。
「ジブン、ホンマモンのアホやな。……せやけど、嫌いやないで!」
「…っ、待って!お兄ちゃん!」
向かってくるブレイヴに対し、レックスも走り出す。距離が近くなる程に、互いの拳に込められる力が増大していく。どちらも全身全霊の力を使い、対する気なのだろう。
しかし、この強大な二つの力がぶつかれば、ふたりは勿論、この博物館も無事では済まないことは容易に想像できた。
「お願いっ!ふたりとも止めてっ!」
アンヌは叫んだが、それで留まるようなふたりならとっくに戦いをやめているだろう。――血気盛んなドラゴン達は無邪気な子供のように駆けていた。
「オマエの力見せてみィ!ブレイヴッ!」
「驚きすぎてチビンじゃねェぞ!レックスッ!」
ふたりはほぼ同時に拳を振り上げる。彼らの背にある模型のオノノクスとクリムガンが放たれる力の光に照らされる。
アンヌは轟音と爆風を想像して、目を瞑り、自分の体を両腕で固く抱きしめた。