shot.5 博物館へ行こう
「噂をすれば…お兄ちゃんの足音だ。」
ソフィアは外と休憩所を繋ぐ、自動ドアの方を指差した。アンヌとブレイヴもそれに合わせて同じ方向を注視する。だが、ソフィアの兄らしき人物はどこにもいない。アンヌは控えめにブレイヴに視線を向けてみるが、彼も首を横に振る。どうやら彼の耳には何も聴こえていないらしい。ソフィアの気の所為なのではないかと思ったが、その推測とは裏腹に彼女はすっと立ち上がった。
「待ってて、呼んでくるね。」
そして、そのまま自動ドアの方へと歩いていく。早く兄を紹介したくて気が逸っているのだろうか。
――その時、彼女の進行を遮るように横から二、三人の子供の群れが迫っていた。急に追いかけっこを始め、走ることに夢中になっている子供たちはソフィアの存在に気づいていない。その子供たちが勢いよく彼女にぶつかるのは必至だった。
「きゃ―――!」
「危ねェ!」
「ソフィアっ!」
逸早くブレイヴが飛び出して、よろめき、倒れそうになっている彼女の元へ行く。大理石の床に接するギリギリのところで彼が両腕で受け止める。
「おい、ガキ共!ちゃんと前見やがれ!」
走り去っていく子供たちの背をブレイヴは叱責した。けれど、ソフィアはブレイヴの頬に手を伸ばし、首を横に振った。彼はハッとして、彼女に向き直る。
「いいの、注意を怠っていた私も悪いから。」
「ダイジョーブか?どっか痛ェとことか……。」
「うん、大丈夫だよ。ありがとう、ブレイヴくんのお陰だね。」
「ソフィアちゃンン~~ッ!!」
彼女に触れられた頬を赤く染め、ブレイヴは瞳を上向きにして、気色悪く顔をニヤつかせた。ヒーローとは思えない下品な表情にアンヌは若干引いた。
(…でも、よかったわ。ソフィアが怪我をしなくて。)
ブレイヴの顔は目も当てられないほど残念なことになっているが、そのおかげでソフィアが大事に至らなかったのだから、彼のお調子者な部分もそう悪いことばかりではないのかもしれない……。そんなことを考えながら、アンヌもソフィアの元へ駆け寄ろうとした時、ピリピリと張り詰めるような緊迫感に気づいて、反射的に足を止める。
ブレイヴとソフィアのすぐ後ろに立ち、轟々と黒いオーラを纏った長身の男がその元凶のようだ。明らかに浮いている雰囲気に、アンヌは固まり、その場に立ち尽くす。ちらほらと状況を見守っている視線も感じる。しかし能天気なブレイヴはまるで気づいていない様子で、相変わらずソフィアにでれでれだった。
「へへッ!ソフィアちゃんの為なら、例え火の中水の中って!」
「ほォ、言うたな…兄ちゃん。」
「おうよ!漢に二言はねェ―――って、……あ?」
カッコいいセリフを決めてソフィアの心を掴もうとしていたブレイヴだったが、その腕の中から彼女がいなくなっていることに気づき、きょろきょろと視線を泳がせる。後ろを振り向きソフィアの姿を捕えた彼は、また頬を緩ませかける。が、ぐいっとの胸倉を掴まれ、ブレイヴの視界からソフィアは消え、代わりに厳つい男が彼の目の前に現れた。オールバックを刈り上げたような金髪がより一層男のおっかなさを際立てていた。ソフィアで頭がいっぱいになっていたブレイヴは突然の変化に驚き、目を丸くさせた。
「お望み通り、俺のカワイイ妹の為に、サザナミ湾に沈んでもらおうやないかァ!!!」
男の怒号が博物館に響き渡る。説得する言葉は通じなさそうだ。
……どうやら、また厄介なことに巻き込まれてしまったらしい。
◇◆◇◆◇
「ま、待って、お兄ちゃん!このひとは――。」
ソフィアも悪い予感を察知したのか、慌てて男を止めようとする。それでブレイヴも徐々に現状を認識し始め、自分が男に因縁をつけられているということに気が付いた。
男の言った「カワイイ妹」、ソフィアが「お兄ちゃん」と呼ぶ男……つまりそこから導き出される答えは、一つだった。
「あ、お兄サン?」
さすがに喧嘩慣れしているだけあって、少々怒号を浴びせられたぐらいでは怖気づかないブレイヴは軽い調子で男に尋ねた。その軽薄な態度が挑発と取られ、また男の感情を刺激することになるのだが。
「オドレに兄貴呼ばわりされる筋合いないわ!…俺のカワイイ妹に手ェ出した罪、キッチリ償ってもらうで!」
「ええと……。だからお兄ちゃん…。」
「うんうん、怖かったなァ、ソフィア?せやけど、お兄ちゃんが来たからにはもう大丈夫やで?お兄ちゃんがこのドアホを成敗したるからな?」
ブレイヴと対する時とは打って変わって、男はソフィアを憐れむような優しい声をかける。どうやら彼はブレイヴがソフィアに絡んでいたと思いこんでいるらしい。確かにあの顔では疚しいことを考えていると誤解されてもおかしくはなかった。――けれど、まるで自覚がないブレイヴは男の言葉に苛立ちながら首を傾げる。
「はァ?てめェ何言ってんだ。オレ様はソフィアちゃんを助けたHEROだぜ?」
「誰がヒーローや!しょーもない嘘つきよってからに!どっからどーみても田舎のヤンキーみたいなツラしとるがな!」
「誰が田舎のヤンキーだゴラァ!」
男からしてみればブレイヴがソフィアを抱き留めている場面しか見ていないので、幾らブレイヴが言葉を連ねようとも、彼が暴漢だという認識は揺らぎようがなかった。それに話の節々から、彼がソフィアをとても大事にしていることが伝わってくる。だから余計に頭に血が上ってしまっているのだろう。
こうして真っ向から対立したふたりは、罵り合いを始め、殺気立った眼差しで睨み合いを始めることになった。……どこかでみたことのある光景にアンヌは頭が痛くなる。
「テメェこそ、ダッセー、スカジャン着やがってよォ!オノノクスなんて、このオレ様、クリムガンのブレイヴ様の足元にも及ばねェ、ザコドラゴンだろ!!!」
「寝言は寝て言わんかいアホンダラ!この俺、オノノクスのレックス様がいっちゃんつよーてカッコエエに決まっとるやろが!!!」
レックスと名乗った彼は、背中を向け、自身の着ているスカジャンの後ろにあるオノノクスの刺繍を誇らしげに見せる。「STRONGEST」という文字も書いてあった。どちらもドラゴンタイプという共通点だけではなく、自己主張まで激しいらしい。
「だいたいな、クリムガンっちゅうポケモンは頭と体の色おかしいわ!なんやあれ、ギャグのつもりかいな!全然ッおもんないっちゅうねん!」
「スパイ○ーマンみてェでカッコイイだろ!HEROの色、赤と青!VERY COOL!このカッコよさが理解できねェヤツは時代遅れだぜ!」
両者一歩も譲らず、場の雰囲気は益々悪くなる。止めようにも、割って入ったところで自分達の世界に浸っている彼らには届かないように思われた。なるべくふたりを刺激しないように、アンヌとソフィアは状況を見守るしかなかった。
すると、レックスが何かを理解したように頷く。アンヌは彼が落ち着きを取り戻してくれたのだろうかという僅かな期待を抱いた。
「よーわかったわ。…話にならんっちゅうことがな。」
「HA!くだらねェ言い合いはここらで止めにしようぜ。」
「せやな。漢やったら、やることはただ一つ…。」
「てめェの拳でケリつける、だろ?」
――しかし、その期待はすぐに打ち砕かれることになった。向き合った彼らは一騎打ちのように静かに睨み合い相手の様子を窺っている。
「えっ!?ちょ、ちょっとふたりとも……。」
話がどんどん悪い方向へ進んでいる気がして、思わずアンヌが口を開くが、案の定彼らに彼女の声は届いていない。か細いアンヌの声をかき消すように、力の渦が辺りを包み込む。
「…行くで!ダサドラゴン!」
その声を合図にアンヌの嫌な予感―――つまり彼らの戦いの火蓋は切って落とされた。
レックスが闘志を燃やすように「龍の舞い」を繰り出す。それによって加速した彼はその勢いを保ったままブレイヴの懐に飛び込んでいく。その爪は鋭く尖り、「ドラゴンクロー」を発動しようとしているようだった。
「上等じゃねェか!ザコドラゴン!」
ニヤリと不敵な笑みを浮かべたブレイヴは、真正面からレックスの方へ走っていく。彼の右足に集約されている力の塊は「ドラゴンテール」だ。
高い攻撃力を持つ豪腕な彼らが衝突すれば、どうなるか。それは想像に難くなかった。
正面衝突した力は大きく爆発する。博物館の窓ガラスが音を立てて割れ、周囲の物や人々は吹き飛ばされる。アンヌとソフィアも手を取り合って、咄嗟にドラゴンの模型の後ろに隠れた。
ソフィアは外と休憩所を繋ぐ、自動ドアの方を指差した。アンヌとブレイヴもそれに合わせて同じ方向を注視する。だが、ソフィアの兄らしき人物はどこにもいない。アンヌは控えめにブレイヴに視線を向けてみるが、彼も首を横に振る。どうやら彼の耳には何も聴こえていないらしい。ソフィアの気の所為なのではないかと思ったが、その推測とは裏腹に彼女はすっと立ち上がった。
「待ってて、呼んでくるね。」
そして、そのまま自動ドアの方へと歩いていく。早く兄を紹介したくて気が逸っているのだろうか。
――その時、彼女の進行を遮るように横から二、三人の子供の群れが迫っていた。急に追いかけっこを始め、走ることに夢中になっている子供たちはソフィアの存在に気づいていない。その子供たちが勢いよく彼女にぶつかるのは必至だった。
「きゃ―――!」
「危ねェ!」
「ソフィアっ!」
逸早くブレイヴが飛び出して、よろめき、倒れそうになっている彼女の元へ行く。大理石の床に接するギリギリのところで彼が両腕で受け止める。
「おい、ガキ共!ちゃんと前見やがれ!」
走り去っていく子供たちの背をブレイヴは叱責した。けれど、ソフィアはブレイヴの頬に手を伸ばし、首を横に振った。彼はハッとして、彼女に向き直る。
「いいの、注意を怠っていた私も悪いから。」
「ダイジョーブか?どっか痛ェとことか……。」
「うん、大丈夫だよ。ありがとう、ブレイヴくんのお陰だね。」
「ソフィアちゃンン~~ッ!!」
彼女に触れられた頬を赤く染め、ブレイヴは瞳を上向きにして、気色悪く顔をニヤつかせた。ヒーローとは思えない下品な表情にアンヌは若干引いた。
(…でも、よかったわ。ソフィアが怪我をしなくて。)
ブレイヴの顔は目も当てられないほど残念なことになっているが、そのおかげでソフィアが大事に至らなかったのだから、彼のお調子者な部分もそう悪いことばかりではないのかもしれない……。そんなことを考えながら、アンヌもソフィアの元へ駆け寄ろうとした時、ピリピリと張り詰めるような緊迫感に気づいて、反射的に足を止める。
ブレイヴとソフィアのすぐ後ろに立ち、轟々と黒いオーラを纏った長身の男がその元凶のようだ。明らかに浮いている雰囲気に、アンヌは固まり、その場に立ち尽くす。ちらほらと状況を見守っている視線も感じる。しかし能天気なブレイヴはまるで気づいていない様子で、相変わらずソフィアにでれでれだった。
「へへッ!ソフィアちゃんの為なら、例え火の中水の中って!」
「ほォ、言うたな…兄ちゃん。」
「おうよ!漢に二言はねェ―――って、……あ?」
カッコいいセリフを決めてソフィアの心を掴もうとしていたブレイヴだったが、その腕の中から彼女がいなくなっていることに気づき、きょろきょろと視線を泳がせる。後ろを振り向きソフィアの姿を捕えた彼は、また頬を緩ませかける。が、ぐいっとの胸倉を掴まれ、ブレイヴの視界からソフィアは消え、代わりに厳つい男が彼の目の前に現れた。オールバックを刈り上げたような金髪がより一層男のおっかなさを際立てていた。ソフィアで頭がいっぱいになっていたブレイヴは突然の変化に驚き、目を丸くさせた。
「お望み通り、俺のカワイイ妹の為に、サザナミ湾に沈んでもらおうやないかァ!!!」
男の怒号が博物館に響き渡る。説得する言葉は通じなさそうだ。
……どうやら、また厄介なことに巻き込まれてしまったらしい。
「ま、待って、お兄ちゃん!このひとは――。」
ソフィアも悪い予感を察知したのか、慌てて男を止めようとする。それでブレイヴも徐々に現状を認識し始め、自分が男に因縁をつけられているということに気が付いた。
男の言った「カワイイ妹」、ソフィアが「お兄ちゃん」と呼ぶ男……つまりそこから導き出される答えは、一つだった。
「あ、お兄サン?」
さすがに喧嘩慣れしているだけあって、少々怒号を浴びせられたぐらいでは怖気づかないブレイヴは軽い調子で男に尋ねた。その軽薄な態度が挑発と取られ、また男の感情を刺激することになるのだが。
「オドレに兄貴呼ばわりされる筋合いないわ!…俺のカワイイ妹に手ェ出した罪、キッチリ償ってもらうで!」
「ええと……。だからお兄ちゃん…。」
「うんうん、怖かったなァ、ソフィア?せやけど、お兄ちゃんが来たからにはもう大丈夫やで?お兄ちゃんがこのドアホを成敗したるからな?」
ブレイヴと対する時とは打って変わって、男はソフィアを憐れむような優しい声をかける。どうやら彼はブレイヴがソフィアに絡んでいたと思いこんでいるらしい。確かにあの顔では疚しいことを考えていると誤解されてもおかしくはなかった。――けれど、まるで自覚がないブレイヴは男の言葉に苛立ちながら首を傾げる。
「はァ?てめェ何言ってんだ。オレ様はソフィアちゃんを助けたHEROだぜ?」
「誰がヒーローや!しょーもない嘘つきよってからに!どっからどーみても田舎のヤンキーみたいなツラしとるがな!」
「誰が田舎のヤンキーだゴラァ!」
男からしてみればブレイヴがソフィアを抱き留めている場面しか見ていないので、幾らブレイヴが言葉を連ねようとも、彼が暴漢だという認識は揺らぎようがなかった。それに話の節々から、彼がソフィアをとても大事にしていることが伝わってくる。だから余計に頭に血が上ってしまっているのだろう。
こうして真っ向から対立したふたりは、罵り合いを始め、殺気立った眼差しで睨み合いを始めることになった。……どこかでみたことのある光景にアンヌは頭が痛くなる。
「テメェこそ、ダッセー、スカジャン着やがってよォ!オノノクスなんて、このオレ様、クリムガンのブレイヴ様の足元にも及ばねェ、ザコドラゴンだろ!!!」
「寝言は寝て言わんかいアホンダラ!この俺、オノノクスのレックス様がいっちゃんつよーてカッコエエに決まっとるやろが!!!」
レックスと名乗った彼は、背中を向け、自身の着ているスカジャンの後ろにあるオノノクスの刺繍を誇らしげに見せる。「STRONGEST」という文字も書いてあった。どちらもドラゴンタイプという共通点だけではなく、自己主張まで激しいらしい。
「だいたいな、クリムガンっちゅうポケモンは頭と体の色おかしいわ!なんやあれ、ギャグのつもりかいな!全然ッおもんないっちゅうねん!」
「スパイ○ーマンみてェでカッコイイだろ!HEROの色、赤と青!VERY COOL!このカッコよさが理解できねェヤツは時代遅れだぜ!」
両者一歩も譲らず、場の雰囲気は益々悪くなる。止めようにも、割って入ったところで自分達の世界に浸っている彼らには届かないように思われた。なるべくふたりを刺激しないように、アンヌとソフィアは状況を見守るしかなかった。
すると、レックスが何かを理解したように頷く。アンヌは彼が落ち着きを取り戻してくれたのだろうかという僅かな期待を抱いた。
「よーわかったわ。…話にならんっちゅうことがな。」
「HA!くだらねェ言い合いはここらで止めにしようぜ。」
「せやな。漢やったら、やることはただ一つ…。」
「てめェの拳でケリつける、だろ?」
――しかし、その期待はすぐに打ち砕かれることになった。向き合った彼らは一騎打ちのように静かに睨み合い相手の様子を窺っている。
「えっ!?ちょ、ちょっとふたりとも……。」
話がどんどん悪い方向へ進んでいる気がして、思わずアンヌが口を開くが、案の定彼らに彼女の声は届いていない。か細いアンヌの声をかき消すように、力の渦が辺りを包み込む。
「…行くで!ダサドラゴン!」
その声を合図にアンヌの嫌な予感―――つまり彼らの戦いの火蓋は切って落とされた。
レックスが闘志を燃やすように「龍の舞い」を繰り出す。それによって加速した彼はその勢いを保ったままブレイヴの懐に飛び込んでいく。その爪は鋭く尖り、「ドラゴンクロー」を発動しようとしているようだった。
「上等じゃねェか!ザコドラゴン!」
ニヤリと不敵な笑みを浮かべたブレイヴは、真正面からレックスの方へ走っていく。彼の右足に集約されている力の塊は「ドラゴンテール」だ。
高い攻撃力を持つ豪腕な彼らが衝突すれば、どうなるか。それは想像に難くなかった。
正面衝突した力は大きく爆発する。博物館の窓ガラスが音を立てて割れ、周囲の物や人々は吹き飛ばされる。アンヌとソフィアも手を取り合って、咄嗟にドラゴンの模型の後ろに隠れた。