shot.5 博物館へ行こう

「すげェー!」

 少年のように目を輝かせるブレイヴの前には、イッシュ地方に生息しているドラゴンタイプのポケモンの巨大な模型がずらりと並んでいた。伝説のポケモン・レシラムとゼクロムをはじめ、サザンドラ、オノノクス、クリムガン…、それらは精巧に作られ、今にも動きだしそうな迫力があった。
 模型の前にある柵に手をかけ、興奮する気持ちを抑え切れないブレイヴの横で、アンヌも感心しながらその作りに見入っていた。

「イッシュ地方だけでもドラゴンタイプのポケモンってこんなに沢山いるのね。」
「やっぱ一番カッコイイのは、どう見てもクリムガンだよな!」
「う、うーん……。」
「あン?何だその微妙な反応。そこは力強く『YES!』だろッ?」

 ブレイヴは模型のクリムガンと自分自身を交互に指差す。それでも困惑気味に笑うアンヌに対して、彼は不服そうに口を尖らせた。…視線が“YES”と言えと彼女に訴えかけている。
 また不機嫌になられても厄介なので、アンヌは渋々、頷いた。するとブレイヴはニッと笑い、途端に上機嫌になる。

「おう!アンヌ、わかってンじゃねーか!」

 背中を景気よく、ばんばんとブレイヴに叩かれる。彼が軽い挨拶のつもりでも、元々のパワーが大きい為、華奢なアンヌの体にはその二撃が重くのしかかった。

「い、痛いわ、ブレイヴ……。」
「何が?」
「ブレイヴは力が強いのだから、もう少し緩めてくれないと…。」
「はあ?今の1パーもでてねぇぞ?おめェ、鍛えてなさ過ぎなンじゃねェの。」
「……。」

 そして彼はあっけらかんとした顔をしている。何をするにしてもブレイヴは加減というものを知らないようだ。そういうひとだったとアンヌは言い聞かせ、少しだけむっとしてしまった自分を戒めた。


「ふふっ。」

 柔らかく、優しい笑い声。それはアンヌのものでもブレイヴのものでもない。すぐ近くの、ソファが設置してある休憩場所から発せられたものだった。

「おい、てめェ何笑って――。」

 人間より耳のいいブレイヴはアンヌより先に、その笑い声と場所を特定した。誰彼構わず、喧嘩腰でひとに話しかけるのは彼の癖のようなものだ。
 だが、ソファで休憩しているその人物を瞳に映した瞬間、彼の勢いは弱まり、そのまま言葉を失った。

「ごめんね。ふたりがとっても面白くて…温かい気持ちになっちゃったんだ。」
「――!」

 そう微笑んだ彼女は、透き通るような白い肌をしていた。年齢は16、17歳ぐらいだろうか。ショートパンツから伸びる、細く、長い脚。ホワイトのタイツが彼女の清楚さをより際立てていた。綿菓子のように膨らんだ羽毛が特徴的な可愛らしいポンチョを身に纏っている。ライトブルーの綺麗な髪を後ろでお団子型に束ねており、前髪は両サイドにふわっとウエーブをかけていた。
 この美少女を前にブレイヴはわかりやすく、固まった。そしてみるみるうちに目がハートに変わっていく。

「激マブ!!!」
「え?」
「いやいや、おれさ…じゃなくて、ボクはブレイヴっていうんだ、…です!よろしくっす!」

 一目散に美少女の元へ駆け付け、ぎこちない敬語で彼女にアピールをするブレイヴの変貌ぶりにアンヌは唖然とする。…そして自分と接する時との態度の差に僅かにショックを受けた。

「ブレイヴくん。かっこよくて、凛々しい響きだね。」
「そ、そっすかあ~!いやあ、知ってたけど、キミみたいなカワイイ子に言われちゃうと照れるなァ~~~!アッハハハ~~!」
「………。」

 鼻の下を伸ばし、完全に調子に乗っているブレイヴを、アンヌは冷ややかな眼差しで見ていた。
 ブレイヴを制するようにわざとらしく咳払いをし、アンヌも彼女の方を見て、軽くお辞儀をした。

「お騒がせしてすみません。私は彼のお友達で…アンヌといいます。」
「アンヌちゃん、優しい響き。心が安らぐような、温もりを感じる音……。」

 アンヌの名前から何かを感じ取ったのか、彼女は噛み締めるようにうんうんと何度も頷いている。それは脳内でイメージを展開させているようにも見えた。
 不思議に思ったアンヌが遠慮がちに声をかけると、美少女は口を丸くさせ、少し驚いたような顔をした。

「あっ、ごめんね。つい癖で。…私はチルットのソフィア、よろしくね。アンヌちゃん、ブレイヴくん。」
「はい、よろしくおねがいしま―――。」
「ソフィアちゃん!!!くーっ!カワイイ子は名前までカワイインだなッ!!!」
「…ちょ、ちょっとブレイヴ!」

 ソフィアとアンヌが挨拶の握手を交わそうとしていたところ、ブレイヴがアンヌを突き飛ばすように割り込み、ソフィアの手を握った。それは壊れ物を抱くような、妙に優しい手つきで。
 アンヌだけではなくソフィアもぽかんとしていた。不躾なブレイヴの態度にアンヌもさすがに声を上げそうになったが、彼女は大らかに笑っていた。

◇◆◇◆◇


「あなたも見学に?」
「ううん。今日は届け物があって。」
「お届け物?」
「そう、私のお兄ちゃんが働いているところで、古代の物が見つかったんだ。それを博物館に鑑定してもらおうと思って来たの。」
「まあ!そんなこともあるのね。」

 ソフィアの兄は土木関係の仕事をしており、時々、工事中に出土品が見つかることがあるらしい。それで彼女は兄の付き添いでヒウンシティからわざわざシッポウ博物館までやってきたらしい。

「今は鑑定結果を待っているところなんだ。」
「もしかすると、歴史的な発見になるかもしれないわね?」
「ね?だから少し、楽しみなんだ。」

 アンヌは興味津々な様子でソフィアの話に耳を傾ける。こうしてソフィアと出会ったのも何かの縁かもしれない。ひっくり返されるような驚きを期待してしまう。

「もう少しでお兄ちゃんが戻ってくるから、結果もわかると思うんだけど……。」
「マジ!?お兄サンにも挨拶しなきゃなァ~~~!そのまま家族になっちゃったりしてェ~!!!」
「……ブレイヴ…。」
「ふふっ、ブレイヴくんって面白いね。」

 ソフィアの兄、と聞いた瞬間、ブレイヴは背筋をピンと伸ばして、普段の彼のキャラとは縁遠い程、胡散臭く爽やかな笑顔を浮かべていた。メロメロ状態の彼はすっかりソフィアの恋人気分で、歴史や出土品の話題については少しも耳に入っていないようだった。
 ソフィアが冗談の通じる、優しいひとでよかったとアンヌは心底思いながら、大きくため息を吐いた。
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