shot.5 博物館へ行こう
殺気立った二人に挟まれながら、アンヌはシッポウ博物館のロビーに足を運んでいた。何度も仲良くするように促してみたが全く効果がないので、彼女もこういうものだと諦観し始めていた。
「懐かしいなー。ガキの頃ジジィに連れて来られたっけ。」
「そうなの?」
「化石から復元したポケモンを引き取りにきたことがあってよ。」
ブレイヴが入場口のカウンターに視線を向ける。すると受付の女性に岩石のようなものを手渡しているトレーナーの姿があった。彼の話から察するにあれがポケモンの化石なのだろう。
「時間を超えて巡り合えるなんて、なんだかロマンチックね。」
復元されたポケモンを受け取るトレーナーはとても興奮した様子で。嬉しそうにポケモンを抱きしめていた。古代のポケモンが現代に蘇るということにアンヌは感服し、微笑ましい気持ちになりながら展示コーナーへと足を進めた。
展示コーナーにはポケモンの骨格標本、古代人が祭りの時に使用していた魔除けの仮面、まだ誰にも解読されていない古代文字で書かれた石板…など世界中から寄せ集められた珍しい物が沢山、並んでいた。
その中でも、引寄せられるようにしてアンヌの目についたのは、シンオウ地方のコーナーだった。シンオウ地方といえば心の空洞と繋がっているといわれており、イッシュ地方に縁のある地方だ。故にシッポウ博物館でもシンオウ地方の歴史に関連する石器や神話を纏めた書物を展示していた。書物はシッポウ博物館の奥にある図書館に収蔵されているもので、誰でも自由に閲覧することができ、アンヌは手に取って、食い入るように視線を向けていた。
「太古から、ポケモンと人間は力を合わせて暮らしていたのね。」
古代シンオウ地方では、人間、自然、道具、全ての物事には魂が宿っていると考えられていた。中でもポケモンは火・水・雷などを操る強大な力を持ち、時には肉を与えてくれる存在であり、人々は彼らを敬いながら暮らしていた。
人間は命を与えてくれたポケモンに感謝をし、彼らに供物をささげる。するとポケモンはまた骨に肉をつけて、人間の前に姿を現す。互いに支え合い、どちらも欠けてはいけない、なくてはならない存在だったことが窺える。
トレーナーとポケモン。形は変わってしまったが、その精神は現代でも変わらないことのように思われた。
手持ち無沙汰なブレイヴが魔除けの仮面のレプリカをつけて、遊んでいることにも気づかないほど、アンヌはシンオウ地方の昔話に熱中していた。
ポケモンはポケモンたちの世界にいる時、人間と同じ姿で同じような暮らしをしていると考えられていた。人間達の前に姿を現す時は、皮を纏い、人間が知っているポケモンの姿になる。ポケモンと人間、器の形は違ってもその魂は同一だと考えられていたのだ。だから、当たり前のように――ポケモンに恋をし、或いは人間に恋をして、“結婚”する者もいたという。
「結婚……。」
その一文にアンヌはどきどきと鼓動が高鳴る。……自身の縁談のことを思い出した所為、なのだろうか。
胸が重苦しい感じがして、羅列された文字がぼんやりと霞む。さっきまで熟読していたのに、今は形だけ本の方を見ていて、内容は頭の中に入って来なかった。
アンヌは以前、父から、人間の知人男性とポケモンの女性の結婚式の話を聞かされたことがある。数は少ないが、今でも人間とポケモンが結婚する事例はあるらしい。
ふと、彼女はグルートの横顔を盗み見ていた。人の顔をまじまじと見るなんて失礼だと頭では思いながら、彼女は視線を逸らせなかった。
(もし私の婚約者が…グルートだったら――。)
心奪われたようにアンヌは、ぼうっとする。
グルートは、アンヌが自分の方を向いて茫然としていることに、気づき、眉を顰める。視線がぶつかり、彼女はあっと声を漏らしそうになるのを抑えて、慌てて本に向き直った。
(私ったら、おかしいわ。……以前も「彼が王子様だったら」なんて考えてしまったのに……。)
胸に重苦しさが戻ってくる。懲りずにグルートに置き換えて考えてしまうのは何故なのだろうか。彼といると楽で話しやすいから…思い浮かぶのはそれぐらいの理由なのに、気が付けばのぼせたように顔が赤く、熱くなっていた。
「で、何だ?」
「ひ、ひゃあっ!」
誤魔化せたと高を括っていたが、わかりやすいアンヌの反応をグルートが見逃すはずもなく、彼は至近距離で彼女の顔を覗き込んでいた。
「疚しいことでも書いてあったのか?」
「ち、違うわ!」
「どれどれ。」
「あっ…!」
例のページで開かれたままの本をグルートに奪われる。反射的にアンヌは奪い返そうとするが身長差が邪魔をして、彼女はその場でコイキングのように跳ねることしか出来なかった。案の定、グルートはアンヌの抵抗をものともせず、腕を上げ、彼女の妨害の外で本を持つ。彼の視線が、文字をなぞっている。
きっと鼻で笑われてしまうに違いないと羞恥しながらも、彼女は彼の反応に興味があった。それが何故なのかは分からなかったが。…奪い返すのは無理だと観念したアンヌはこっそりと彼の表情に注目していた。
「……くだらねぇ。」
しかし、グルートは本を奪った割にはあっさりとアンヌに突き返した。余程、期待外れだったのだろうか。グルートがやけに冷たい眼をしているような気がして、アンヌは胸がちくりと痛んだ。
「もう…いいの?」
必死で本を取り返そうとしていたアンヌすら思わず、聞き返す。彼にしてはからかいの一つもないのが不思議でならなかったのだ。
アンヌの言葉に返答はなく、ふう、と小さくため息を吐いた彼はポケットに両手を入れ、そのまま身を翻す。
「外で煙草吸ってくる。」
「え?あ…あの。」
アンヌが止める暇もなく、グルートはあれよあれよという間に来た道を戻っていく。戸惑いを隠せない様子でアンヌが立ち尽くしていると、ブレイヴが近寄ってきて、彼女の肩に手を置いた。グルートの姿が遠くなっていくのを、訝しげな顔で目を細めながら見ている。
「お?何だ喧嘩か?」
「さあ、わからないわ……。」
「まァいいじゃねェか!クソ犬が居ねェ方がやりやすいしよ!」
「もう、ブレイヴったら。」
とんとん、と肩を二回叩かれ、アンヌも気を取り直す。目の前にはもうグルートの姿はなかった。
ブレイヴは順路通り、先に進んで行く。彼女も本を元の場所に戻して、ブレイヴの後を追った。
「懐かしいなー。ガキの頃ジジィに連れて来られたっけ。」
「そうなの?」
「化石から復元したポケモンを引き取りにきたことがあってよ。」
ブレイヴが入場口のカウンターに視線を向ける。すると受付の女性に岩石のようなものを手渡しているトレーナーの姿があった。彼の話から察するにあれがポケモンの化石なのだろう。
「時間を超えて巡り合えるなんて、なんだかロマンチックね。」
復元されたポケモンを受け取るトレーナーはとても興奮した様子で。嬉しそうにポケモンを抱きしめていた。古代のポケモンが現代に蘇るということにアンヌは感服し、微笑ましい気持ちになりながら展示コーナーへと足を進めた。
展示コーナーにはポケモンの骨格標本、古代人が祭りの時に使用していた魔除けの仮面、まだ誰にも解読されていない古代文字で書かれた石板…など世界中から寄せ集められた珍しい物が沢山、並んでいた。
その中でも、引寄せられるようにしてアンヌの目についたのは、シンオウ地方のコーナーだった。シンオウ地方といえば心の空洞と繋がっているといわれており、イッシュ地方に縁のある地方だ。故にシッポウ博物館でもシンオウ地方の歴史に関連する石器や神話を纏めた書物を展示していた。書物はシッポウ博物館の奥にある図書館に収蔵されているもので、誰でも自由に閲覧することができ、アンヌは手に取って、食い入るように視線を向けていた。
「太古から、ポケモンと人間は力を合わせて暮らしていたのね。」
古代シンオウ地方では、人間、自然、道具、全ての物事には魂が宿っていると考えられていた。中でもポケモンは火・水・雷などを操る強大な力を持ち、時には肉を与えてくれる存在であり、人々は彼らを敬いながら暮らしていた。
人間は命を与えてくれたポケモンに感謝をし、彼らに供物をささげる。するとポケモンはまた骨に肉をつけて、人間の前に姿を現す。互いに支え合い、どちらも欠けてはいけない、なくてはならない存在だったことが窺える。
トレーナーとポケモン。形は変わってしまったが、その精神は現代でも変わらないことのように思われた。
手持ち無沙汰なブレイヴが魔除けの仮面のレプリカをつけて、遊んでいることにも気づかないほど、アンヌはシンオウ地方の昔話に熱中していた。
ポケモンはポケモンたちの世界にいる時、人間と同じ姿で同じような暮らしをしていると考えられていた。人間達の前に姿を現す時は、皮を纏い、人間が知っているポケモンの姿になる。ポケモンと人間、器の形は違ってもその魂は同一だと考えられていたのだ。だから、当たり前のように――ポケモンに恋をし、或いは人間に恋をして、“結婚”する者もいたという。
「結婚……。」
その一文にアンヌはどきどきと鼓動が高鳴る。……自身の縁談のことを思い出した所為、なのだろうか。
胸が重苦しい感じがして、羅列された文字がぼんやりと霞む。さっきまで熟読していたのに、今は形だけ本の方を見ていて、内容は頭の中に入って来なかった。
アンヌは以前、父から、人間の知人男性とポケモンの女性の結婚式の話を聞かされたことがある。数は少ないが、今でも人間とポケモンが結婚する事例はあるらしい。
ふと、彼女はグルートの横顔を盗み見ていた。人の顔をまじまじと見るなんて失礼だと頭では思いながら、彼女は視線を逸らせなかった。
(もし私の婚約者が…グルートだったら――。)
心奪われたようにアンヌは、ぼうっとする。
グルートは、アンヌが自分の方を向いて茫然としていることに、気づき、眉を顰める。視線がぶつかり、彼女はあっと声を漏らしそうになるのを抑えて、慌てて本に向き直った。
(私ったら、おかしいわ。……以前も「彼が王子様だったら」なんて考えてしまったのに……。)
胸に重苦しさが戻ってくる。懲りずにグルートに置き換えて考えてしまうのは何故なのだろうか。彼といると楽で話しやすいから…思い浮かぶのはそれぐらいの理由なのに、気が付けばのぼせたように顔が赤く、熱くなっていた。
「で、何だ?」
「ひ、ひゃあっ!」
誤魔化せたと高を括っていたが、わかりやすいアンヌの反応をグルートが見逃すはずもなく、彼は至近距離で彼女の顔を覗き込んでいた。
「疚しいことでも書いてあったのか?」
「ち、違うわ!」
「どれどれ。」
「あっ…!」
例のページで開かれたままの本をグルートに奪われる。反射的にアンヌは奪い返そうとするが身長差が邪魔をして、彼女はその場でコイキングのように跳ねることしか出来なかった。案の定、グルートはアンヌの抵抗をものともせず、腕を上げ、彼女の妨害の外で本を持つ。彼の視線が、文字をなぞっている。
きっと鼻で笑われてしまうに違いないと羞恥しながらも、彼女は彼の反応に興味があった。それが何故なのかは分からなかったが。…奪い返すのは無理だと観念したアンヌはこっそりと彼の表情に注目していた。
「……くだらねぇ。」
しかし、グルートは本を奪った割にはあっさりとアンヌに突き返した。余程、期待外れだったのだろうか。グルートがやけに冷たい眼をしているような気がして、アンヌは胸がちくりと痛んだ。
「もう…いいの?」
必死で本を取り返そうとしていたアンヌすら思わず、聞き返す。彼にしてはからかいの一つもないのが不思議でならなかったのだ。
アンヌの言葉に返答はなく、ふう、と小さくため息を吐いた彼はポケットに両手を入れ、そのまま身を翻す。
「外で煙草吸ってくる。」
「え?あ…あの。」
アンヌが止める暇もなく、グルートはあれよあれよという間に来た道を戻っていく。戸惑いを隠せない様子でアンヌが立ち尽くしていると、ブレイヴが近寄ってきて、彼女の肩に手を置いた。グルートの姿が遠くなっていくのを、訝しげな顔で目を細めながら見ている。
「お?何だ喧嘩か?」
「さあ、わからないわ……。」
「まァいいじゃねェか!クソ犬が居ねェ方がやりやすいしよ!」
「もう、ブレイヴったら。」
とんとん、と肩を二回叩かれ、アンヌも気を取り直す。目の前にはもうグルートの姿はなかった。
ブレイヴは順路通り、先に進んで行く。彼女も本を元の場所に戻して、ブレイヴの後を追った。