shot.4 ゴー・アウェイ
カフェソーコで電話を借りて育て屋に連絡を入れたが、煩わしそうに受話器を耳から遠ざけて、顔を顰めるブレイヴをみれば、電話先の様子はおおよそ見当がついた。
『お主は世界一馬鹿なポケットモンスター、略して“バカモン”じゃ!!!』
「けッ!効きもしねぇ高い育毛剤を通販で大量に買ってるてめェの方こそバカだろ!!!ハーゲ!」
内容が聞き取れなくともお互いに電話口で罵り合っているということだけは、アンヌとグルートにもわかった。店内の客や店員が何事かと驚いた様子でこちらを見ている視線が痛い。アンヌは素早くブレイヴの肩を叩いて、落ち着くように促してみるが、口論で昂っている彼には全く気付いてもらえなかった。
『……もういい、お主のような恩師らずなバカモンは何処へでも行ってしまえ!二度と戻ってこんでいい!!!』
「ああ、言われなくてもそうさせてもらうぜ!せいぜいハゲ散らかしてな!クソッたれ!」
ブレイヴは電話機を破壊するような勢いで、受話器をフックに叩き捨てた。急上昇した血圧を落ち着かせるようにフーッと息を吐き出した後、彼はアンヌに向き直り、ニッと歯を見せて笑った。
「OKだってよ。ジィさんのヤツ、オレ様がいなくなって超寂しいって駄々こねやがるから、ちィと時間がかかっちまった。」
「……そうは見えなかったのだけれど……。」
訝しげな眼差しをブレイヴに向けるアンヌだったが、当の本人は気にも留めていない様子で能天気に笑っていた。
「ま、これでオレ様も旅ができるってことだ!オレ様がいれば百人力、いや、一億万力だぜ!」
「え、ええ……。」
「アンヌ。こういう時は素直に言っていいんだぜ、迷惑だって。」
「ちょ、ちょっと…グルート!」
ブレイヴの怒りを煽るような、グルートの皮肉交じりの嫌味をアンヌは慌てて遮る。ふたりが喧嘩をして一番、被害を受けるのは、ポケモンを監督する立場にあるトレーナーのアンヌだった。店内で喧嘩などされてしまっては周囲の人々に迷惑がかかってしまう。案の定、ブレイヴは眉を寄せて、突き刺さりそうな鋭い眼光でグルートを睨みつける。グルートもまた大人げなく、赤い目をぎらつかせながら、彼を見下していた。
険悪な雰囲気に飲み込まれまいと、アンヌは二人の間に入って、当たり障りなくブレイヴに握手を求めるように手を伸ばした。
「あ、改めて、よろしくね!ブレイヴがいると、とっても頼もしいわ!」
「ン?…おう!期待してくれていいぜ!」
アンヌの望み通り、ブレイヴの注意は彼女に向いて、彼は気を取り直した様子で固く手を握り返した。このときばかりはブレイヴが細かいことを気にしない、おおざっぱな性格で良かったとアンヌは思った。(その性格のせいでこのような状況になっているとも言えるのだが。)
「ロイの様子はどうだった?」
「―――あ、ヤベッ。忘れてた!」
「ぶ、ブレイヴ……。」
「まァ、なんとかなるだろッ!なんたって、このオレ様の兄弟分だしな!」
ブレイヴは自信たっぷりに自身を親指で指し示し、大きな笑い声を店内に響かせた。
……旅立つ前から既に雲行きが怪しい。彼のマイペースさに波乱の予感がして、アンヌは先が思いやられ、がっくりと肩を落とした。
◇◆◇◆◇
その頃、育て屋ではどんよりとした重い苦しい空気が流れていた。お爺さんは例の如く、ブレイヴとの会話の後でいきり立っており、彼の名も聞きたくないと言った感じで。……否、それ以上に深刻なのは、ロイの方だろう。あの腕白で騒がしい彼が、まるで石にでもなったように何も言わず、不気味に、呆然としているのだ。
「……。」
「いつまでそうしてるつもりなの!…たしかにブレイヴはバカすぎてはなしになんないけど。おちこんだっていっちゃったものはしょうがないでしょ!」
揺さぶってみたり、スリッパで頭を叩いても効果がない。歯痒さが募り、マリーは半ば八つ当たりを含んだ苛立ちを、石化状態の彼にぶつける。
するとマリーの言葉の何かが彼の意識にかすったのか、ロイは一度ピクリと肩を動かし、反応を示した。
屋根の上の鳥ポケモンが羽を開き飛び立った後、今の今まで動きを止めていた彼は突如として、両手を畳の上に叩きつける。マリーはぎょっと目を見開いた。
「……オレも連れていってくれよぉ、アニキぃいぃーーー!!!」
そして、彼は赤ん坊のように畳の上をのた打ち回りながら号泣していた。「オレも行くぅ!」と連呼し、大層悔しがっていた。
てっきりブレイヴのことを心配しているのかと思っていたが、ロイはただブレイヴと同じように冒険の旅に出たかっただけらしい。もし、ブレイヴに誘われていたら、彼も躊躇せずに同行していたことだろう。
多少はロイに同情していたマリーだったが、気持ちのすれ違いを感じて、一気に冷めた様子で駄々をこねる彼を睨んでいた。
「バッカみたい……。」
時間の無駄だと判断したマリーは大きなため息を吐き出し、部屋を出て、襖をぴしゃりと閉めてしまった。絶叫する彼の鳴き声は襖越しでも痛いほど耳に響く。一方、居間の方からはガシャンと皿が割れるような音と共にお爺さんの怒号が聞こえる。
「……そだてやは、しばらくおやすみね。」
縁側に座りながら、マリーは空を眺めた。――今頃、アンヌもブレイヴに振り回されて、ぐったりしているのだろうと思うと、マリーは柄にもなく彼女を応援したくなった。
『お主は世界一馬鹿なポケットモンスター、略して“バカモン”じゃ!!!』
「けッ!効きもしねぇ高い育毛剤を通販で大量に買ってるてめェの方こそバカだろ!!!ハーゲ!」
内容が聞き取れなくともお互いに電話口で罵り合っているということだけは、アンヌとグルートにもわかった。店内の客や店員が何事かと驚いた様子でこちらを見ている視線が痛い。アンヌは素早くブレイヴの肩を叩いて、落ち着くように促してみるが、口論で昂っている彼には全く気付いてもらえなかった。
『……もういい、お主のような恩師らずなバカモンは何処へでも行ってしまえ!二度と戻ってこんでいい!!!』
「ああ、言われなくてもそうさせてもらうぜ!せいぜいハゲ散らかしてな!クソッたれ!」
ブレイヴは電話機を破壊するような勢いで、受話器をフックに叩き捨てた。急上昇した血圧を落ち着かせるようにフーッと息を吐き出した後、彼はアンヌに向き直り、ニッと歯を見せて笑った。
「OKだってよ。ジィさんのヤツ、オレ様がいなくなって超寂しいって駄々こねやがるから、ちィと時間がかかっちまった。」
「……そうは見えなかったのだけれど……。」
訝しげな眼差しをブレイヴに向けるアンヌだったが、当の本人は気にも留めていない様子で能天気に笑っていた。
「ま、これでオレ様も旅ができるってことだ!オレ様がいれば百人力、いや、一億万力だぜ!」
「え、ええ……。」
「アンヌ。こういう時は素直に言っていいんだぜ、迷惑だって。」
「ちょ、ちょっと…グルート!」
ブレイヴの怒りを煽るような、グルートの皮肉交じりの嫌味をアンヌは慌てて遮る。ふたりが喧嘩をして一番、被害を受けるのは、ポケモンを監督する立場にあるトレーナーのアンヌだった。店内で喧嘩などされてしまっては周囲の人々に迷惑がかかってしまう。案の定、ブレイヴは眉を寄せて、突き刺さりそうな鋭い眼光でグルートを睨みつける。グルートもまた大人げなく、赤い目をぎらつかせながら、彼を見下していた。
険悪な雰囲気に飲み込まれまいと、アンヌは二人の間に入って、当たり障りなくブレイヴに握手を求めるように手を伸ばした。
「あ、改めて、よろしくね!ブレイヴがいると、とっても頼もしいわ!」
「ン?…おう!期待してくれていいぜ!」
アンヌの望み通り、ブレイヴの注意は彼女に向いて、彼は気を取り直した様子で固く手を握り返した。このときばかりはブレイヴが細かいことを気にしない、おおざっぱな性格で良かったとアンヌは思った。(その性格のせいでこのような状況になっているとも言えるのだが。)
「ロイの様子はどうだった?」
「―――あ、ヤベッ。忘れてた!」
「ぶ、ブレイヴ……。」
「まァ、なんとかなるだろッ!なんたって、このオレ様の兄弟分だしな!」
ブレイヴは自信たっぷりに自身を親指で指し示し、大きな笑い声を店内に響かせた。
……旅立つ前から既に雲行きが怪しい。彼のマイペースさに波乱の予感がして、アンヌは先が思いやられ、がっくりと肩を落とした。
その頃、育て屋ではどんよりとした重い苦しい空気が流れていた。お爺さんは例の如く、ブレイヴとの会話の後でいきり立っており、彼の名も聞きたくないと言った感じで。……否、それ以上に深刻なのは、ロイの方だろう。あの腕白で騒がしい彼が、まるで石にでもなったように何も言わず、不気味に、呆然としているのだ。
「……。」
「いつまでそうしてるつもりなの!…たしかにブレイヴはバカすぎてはなしになんないけど。おちこんだっていっちゃったものはしょうがないでしょ!」
揺さぶってみたり、スリッパで頭を叩いても効果がない。歯痒さが募り、マリーは半ば八つ当たりを含んだ苛立ちを、石化状態の彼にぶつける。
するとマリーの言葉の何かが彼の意識にかすったのか、ロイは一度ピクリと肩を動かし、反応を示した。
屋根の上の鳥ポケモンが羽を開き飛び立った後、今の今まで動きを止めていた彼は突如として、両手を畳の上に叩きつける。マリーはぎょっと目を見開いた。
「……オレも連れていってくれよぉ、アニキぃいぃーーー!!!」
そして、彼は赤ん坊のように畳の上をのた打ち回りながら号泣していた。「オレも行くぅ!」と連呼し、大層悔しがっていた。
てっきりブレイヴのことを心配しているのかと思っていたが、ロイはただブレイヴと同じように冒険の旅に出たかっただけらしい。もし、ブレイヴに誘われていたら、彼も躊躇せずに同行していたことだろう。
多少はロイに同情していたマリーだったが、気持ちのすれ違いを感じて、一気に冷めた様子で駄々をこねる彼を睨んでいた。
「バッカみたい……。」
時間の無駄だと判断したマリーは大きなため息を吐き出し、部屋を出て、襖をぴしゃりと閉めてしまった。絶叫する彼の鳴き声は襖越しでも痛いほど耳に響く。一方、居間の方からはガシャンと皿が割れるような音と共にお爺さんの怒号が聞こえる。
「……そだてやは、しばらくおやすみね。」
縁側に座りながら、マリーは空を眺めた。――今頃、アンヌもブレイヴに振り回されて、ぐったりしているのだろうと思うと、マリーは柄にもなく彼女を応援したくなった。