shot.4 ゴー・アウェイ

 グルートのアドバイスを聞いてから、アンヌはマップよりもまず、実際の道に意識を傾けるようになった。イッシュ地方の有名な博物館だけあって、来館者も多いのだろう、注意して見ると町の中にはヒントが沢山、散りばめられていた。

「カフェソーコの隣……ここだわ!」

 暫くしてアンヌはシッポウ博物館の前までたどり着くことができた。落ち込んでいたのが嘘のように彼女はぱあっと明るくなり、思わずグルートの手を握って喜んだ。大袈裟だと笑う彼だったが、心底嬉しそうに笑み、達成感に浸っているアンヌを見ていると少し羨ましい気もしていた。

「まあ、世間知らずのお嬢様にしてはよくやったんじゃねぇか?」
「もうっ!またそういうことを……。」

 グルートの軽口にアンヌが抗議の声を上げようとするよりも先に、彼女の腹の辺りからグルルルと低い地響きが辺りに広がった。目を丸くさせたアンヌがみるみるうちに顔を赤くしていく。咄嗟に地面に視線を向けて、腹を押えるようにしてしゃがんだ。道に迷って散々町を歩いたのだ。おまけにすぐ側にあるカフェソーコからは肉汁が迸るような香ばしい匂いがしているのだから、腹が減るのも無理はなかった。

「ガハハハッ!!!なんだその音!カビゴンかよ!!!」
「わ、笑わないで!グルート!」
「俺じゃねぇよ。」
「えっ?」

 笑い声が聞こえて、てっきりグルートに笑われているのだと思っていたアンヌは不可解そうに顔を上げて、辺りに視線を向ける。するとカフェソーコのテラス席で彼女に向かって手を大きく振る人物がいた。
 視線が合い、アンヌはあっと声を漏らす。あの特徴的な赤い攻撃的な髪と、青、赤、黄という派手な色合いの服装は見間違えようがなかった。

「ぶ、ブレイヴッ!?」
「ほい!」

 挨拶より先にブレイヴはアンヌに向かって何かを投げる。反射的に受け取ると、それは包みに入った温かいハンバーガーだった。

「この店のハンバーガー、結構イケるぜ。」

 何食わぬ顔でむしゃむしゃとハンバーガーを頬張るブレイヴのテーブルには、彼が大量に注文したことによってできたハンバーガーの山があった。

◇◆◇◆◇


「ポケモンセンターから抜け出してきたって……本当なの!?」

 二人もカフェソーコに入店し、ブレイヴの座っていた席に椅子をつける。どうして彼がここに居るのか、その一部始終は彼の破天荒さを再認識することになった。アンヌはブレイヴから受け取ったハンバーガーをその手に持ったまま、唖然とする。

「だってよォ~、メシの味は薄いし、暇だし、あのままじっとしてたら頭がどうにかなっちまいそうでよ。かといって、育て屋に戻ったらクソジジィがオレ様をポケセンに送り返すに決まってンだろ?」
「それで、ここに居るのね……。」
「YES!」

 親指をグッと立てて、ブレイヴはにかっと眩しい笑みを浮かべた。今頃ポケモンセンターと育て屋は大変なことになっているだろうと思うと、アンヌは気が遠くなった。傍に座るグルートも呆れたように重いため息をついている。

(私もひとのことは言えないけれど……。)

「…でも、怪我は大丈夫なの?暫く安静にしていなければいけないって……酷かったのでしょう?」
「あんなかすり傷、寝て起きたら治っちまうよ!なんたってオレ様はHEROだからな!」
「さ、さすがね……。」

 確かに、ブレイヴは所々包帯やガーゼをしているが、ポケモンセンターを脱走する体力と山のようなハンバーガーを平らげてしまうほどの食欲もあり、元気なように見えた。アンヌは困惑気味に苦笑したが、同時に明るい彼を見てほっとしているところもあった。元気が魅力のブレイヴから元気がなくなってしまったら、きっと心細くなってしまうだろう。

(ブレイヴらしいわね。)

 サイコソーダを一気飲みして、豪快に息を吐き出すブレイヴを見ていると、可笑しいはずなのにそれでもいいのかもしれないと妙に納得させられてしまった。


「そォーだ!いいこと思い付いたぜ!」
「な、なあに?」

 コップに入ったサイコソーダを空にしたブレイヴが突然何かを思い立ったように席を立つ。アンヌは彼の勢いに少し驚きながら、恐る恐る問い返す。大体、こういう時のいいことというのはよくないことだと相場が決まっているのだが。

「オレ様もおめェの旅について行ってやるよ!アンヌ!」
「そう、旅に……え、ええっ!?」

 あまりに気軽すぎてアンヌはそのまま流してしまいそうになったが、一足遅く内容を理解して危うく、テーブルの上にあるコップの水を溢すところだった。

「前からオレ様も冒険してみてェって思ってたしよォ!く~ッ!オレ様って天才じゃね!?」
「要らねえ、クソガキじゃ足手纏いだ。」
「…ああン!?てめェには聞いてねェよ、クソ犬!」
「ま、まあまあ…ふたりとも。喧嘩は良くないわ。」

 逸早くグルートはブレイヴの同行を拒否し、それは自身のひらめきを自画自賛していたブレイヴにとってカンに障る態度だった。睨み合う二人の間にはバチバチと火花が飛び散り、アンヌはそれを宥めるのに苦心した。

「……とにかく一度育て屋さんに連絡しましょう?ブレイヴのトレーナーはお爺さんだから、私が勝手に決めることはできないわ。あなたがいなくなって心配しておられるだろうし…。」
「ジジィが?ありえねーな!バッカモーンって口うるさく怒鳴り散らしてくるだけだぜ。」
「ロイが泣いているわ。」
「それは……あるかも。」
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