shot.1 令嬢誘拐

 ブルンゲルに別れを告げ、18番道路に上陸した彼は目をぎょっとさせた。
 雄大な海と緑が広がる景色の中心に、取って付けたような豪邸の姿。イッシュには生まれてからずっと住んでいるが、18番道路にこんな場所があったことを彼は今日、初めて知った。

(よくこんな辺鄙なとこに家を建てようと思ったな。金持ちの考えってのはわかんねぇぜ。)

 本土から遠く離れた孤島にたった一つの建物。バカンス気分を味わいたい金持ちの道楽だろうか。彼の目からすると、異様とも取れる地に建つ屋敷は、罪人を閉じ込める監獄にすらみえた。
 しかし、彼の探し求めている力の源は間違いなくあの屋敷にある。ただ、これだけ立派な外壁だ。警備も厳重に違いない。――骨が折れそうだ、と彼は呟く。…だが言葉とは裏腹に、口許はどこか楽しむように弧を描いていた。

◇◆◇◆◇


(さてと、)

 ――つい先程まで獣のような体躯をしていた彼が、あっという間に人間の姿に変わる。
 本人は、別段驚いた様子もなく、慣れた手つきでズボンのポケットを乱雑に探った。くしゃくしゃになった煙草の箱を取り出し、一本、口でくわえる。煙草の先端に彼が手を被せるとふっ、と火がついた。深く息を吐き出すと、白煙と共に心の靄が体から出ていくような気がした。
 彼には思考するときや気を落ち着かせるときに人の姿になり、煙草を吸う癖があるのだ。


「おい、そこで何をしている!」
「…あ?」

 悠々と煙草を吹かし、屋敷に忍び込む算段を立てていた彼だったが、威嚇するような耳障りな声が聞こえて、やや苛立たしげに視線を向ける。シワ一つない、潔癖そうな青色の制服を着た警備員が、彼を指差していた。

「見りゃわかるだろ。煙草吸ってんだよ。」
「ここはシャルロワ家の私有地だぞ。関係者以外立ち入り禁止だ!」
「ケチケチすんなよ。土地ってのは元々、誰のモンでもねぇだろうが。」
「減らず口を叩くな!すぐにこの土地から出ていけ!さもなくば…!」

 警備員が細長い棒状のものを構える。警棒か、と思ったが、よくみるとそれは、骨のような形状をしており――。

「…成る程、てめぇもポケモンってわけか。」
「!」
「今の、ボーンラッシュって技だろ。」

 攻撃を察知した彼は鳩尾に一打を叩き込み、既に相手の動きを封じていた。目にも留まらぬ一瞬のスピードに、警備員は何が起こったのかわからないと言いたげだった。

「あぶねぇ、あぶねぇ。地面タイプは俺の弱点だからな。」
「っが…!」
「……悪いな。あんたに恨みはねぇが、ちぃと眠っててくれや。」

 だが、それは形になることなく、彼が手を離した瞬間、警備員は力なく地面に崩れ、気を失った。


「…やれやれ。こりゃあんまり、ゆっくりできそうにねぇな。」

 攻撃は防げたが、増援が来るのも時間の問題だろう。それまでになんとしても目的を果たさなければならない。
 目の前に立ちはだかる堅牢な屋敷を睨み付け、煙草を吹かしながら彼は歩き始めた。
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