shot.3 HEROの証

 洞窟の天井から氷柱状に垂れ下がった鍾乳石。その先端から、ぽつぽつと水滴が滴り落ちる。それは地下水が作り上げた水溜まりの表面を揺らし、円状に広がり、やがて消えた。
 夜ということもあって、地下水脈の穴の内部は一層暗く、視界が悪かった。しかし、元々ポケモンである彼らにとってそれはあまり問題ではなかった。個体差はあるが――人間より優れた感覚を持つ彼らには暗闇の中でも、岩肌のごつごつした質感まで見分けることが出来た。或いは自分の足音の反芻音やにおいの強さで物の位置を把握するものもいた。
 しかしそこにバッドがいる気配はない。とすると、彼がいるのは恐らく地下水脈の穴の最深部。最深部の地下一階にいくには、一行の前に立ちはだかる大きな水溜まりの上を通らなければならなかった。

「まさか、お前が波乗りできるなんて知らなかったぜ!キヨッ!」
「それほどでもないぞお。」

 勿論、ずーすけは知っていたようだが――ロイは仲間の意外な特技を初めて知り、はしゃいだ。そして仲間の存在を頼もしく思った。照れくさそうな顔をしながらきよべえは、先頭に立ち、水の上を歩く。ロイ、ずーすけ、グルートも同じように続いた。

「このまま一気にアニキとマリーのところに向かおうぜッ!んで、バッドの野郎をぶん殴るッ!」

 掌と拳を突き合わせ、ロイはこれからの戦いに向けて気合を入れる。

 しかし、対岸まであと少し、というところで何かの影が横切るのを感じて、一同は歩みを止める。

「伏せろッ!」

 グルートが皆に叫んだのはその直後だった。暗闇の中から漆黒の球体が湧き出て、水上の彼らに向かって放たれる。「シャドーボール」、ゴーストタイプの技だ。
 突然の攻撃に足場が揺らぐ。波乗りの舵を取るきよべえが水に落ちそうになるのをロイとグルートが支える。

「頑張れ!キヨ!あともう少しだぜッ!!」
「ああ、てめぇが頼みの綱だ、踏んばってくれよ?」
「んだあ、おら、みんなのためにがんばるぞお~!」

 二人の支えがあってきよべえはなんとか持ち直す。
 一方、ずーすけは周囲を見渡し、洞窟の中で素早く動き回る影の位置を探っていた。すると天井の方が一度、きらっと光ったのが見えた。それを見逃さず、彼は天井に向かって「撃ち落とす」を放つ。

「ギャア!」
(ビンゴ。)

 攻撃は見事的中。標的はそのまま真っ逆さまに、水溜まりの中へとどぼんと音を立てながら墜落した。

 ずーすけの援護のお陰で無事、敵の強襲を退け、水上を渡り切ることに成功する。対岸に降りて、一息つく。不慣れな波乗りを使用したことできよべえは少し疲れている様子だったが、仲間と力を合わせ、乗り切れたことに安堵していた。


「ちょ、…ちょっ…待てぇ!」
「あん?」
「あ、いや、待ってください!助けて!タヒぬッ!」

 というところで、たった今、撃ち落としたであろう相手が水溜まりの中心でもがき、助けを呼ぶ声を上げていた。

「やっぱり、アンタだったズルね。ガイル。」
「ハイ!…って、そんなこといいから早く助けてー!!!」
「無駄に返事だけは良いな。」

 強襲を仕掛けてきたのは、煙玉を放ってバッドの逃走を援護したヤミラミのガイルだった。彼はいわばパシリというやつで普段からバッドと行動を共にしている。
 もしかするとこちらを油断させる為の罠という可能性もある。それにブレイヴとマリーのことを思うと一刻も早く、先に進みたいところだった。

「仕方ないズルね……めんどくさいけど…。」

 大きなため息をついて、一歩踏み出したのは意外にもずーすけだった。いつもなら面倒臭がりを発動してこういうときは傍観していることが多いのが彼だ。ロイも首を傾げながら、彼の肩を両手で揺さぶった。

「おい、ズー!あいつのこと助ける気なのかよッ!あいつは敵だぜッ!?」
「まあ、手駒は多い方がいいし。」
「???」
「わかった。ここはお前に任せたぜ。」
「んだ、ずーすけ。無理すんなよお。」
「ズル。」
「え!ちょッ!何、俺だけハブにされてるッ!?」

 疑問符を浮かべたままのロイの首根っこをグルートが掴む。きよべえも持ち前の怪力を使ってロイの背中を押しそれを援護する。戸惑う彼の声はグルートの拳骨によって大人しくなる。そのまま、二人はロイを引きずるような形で地下への階段を下りていった。
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