shot.3 HEROの証

 岩と泥が堆積して出来た鈍色の地面には場違いに見える、鮮やかな赤。まるで赤色のインクが入ったバケツを逆様にしたような惨状だ。
 ブレイヴは凸凹の地面に這いつくばりながら、必死で呼吸をしようとする。パクパクと口を開閉するだけで、彼の口からは、止め処なく血が噴き出した。その間もバッドは容赦なく、彼の背中に力を籠めた金属バットを叩きつける。ブレイヴは咽び、激痛を噛み締めながら、冷たい地面を舐めることしか出来なかった。

「正義のヒーローが悪を前に手も足もでねェたァ、とんだお笑い草だなァ~?ブレイヴゥ?」

 バッドはブレイヴの髪を鷲掴みにし、乱暴に顔を上げさせる。血と泥に塗れ、絶え絶えの息をすることしかできないその様を見て、バッドは心底嬉しそうに、口角を吊り上げ、陰険な笑みを浮かべた。

 ――だが、バッドの愉快な気分が続くのはそう長くなかった。
 薄っすらと開いたブレイヴの黄金の眼。絶体絶命の状況に置いても、それは勝者の眼をしていた。
 バッドが忌み嫌うあの眼だった。
 不意に、バッドの頬に生温い液体がかかる。ブレイヴから手を離し、頬を触ると、手の平にべったりと赤い血が混じった唾が付着していた。
 バッドは目を見開き、ブレイヴを見た。最早立ち上がることさえ困難であるにもかかわらず、彼は確かに笑っていた。

「……ハッ……笑わせンなよ、モヒカン野郎…。」
「何……。」
「てめェの攻撃……ショボすぎて、あくびが出るぜ。」
「ッ!」

 金属バットを持つ、右手が震える。愉快な気持ちから一転し、ブレイヴの挑発によって彼の心に沸き上がったのは、心を掻き乱す憎悪と恐怖だった。
 追い詰められても一向に諦めようとせず、己の勝利を確信している。命乞いもしない。その自信は一体どこからくるのか、得体の知れないブレイヴという男がバッドは恐ろしかった。

「舐めんじゃねェッ!!!どう足掻いてもテメェは死ぬ運命なんだよォ!!!ブレイヴ!」

 恐怖を怒りで握り潰し、バッドはブレイヴの腹を蹴り飛ばす。無抵抗のブレイヴの体は角ばった岩石に打ち付けられる。尖った岩肌が傷口に食い込み、ブレイヴは悶え苦しんだ。
 ――だが、それでも彼の金色の瞳が曇ることは無かった。

「オレ様は……負けねェ……!」
「強がってんじゃねェぞ!ボロ雑巾みてェなツラしやがってよォ!!!」
「…てめェとは違って、オレ様には最高のダチがいるんだ。…だからゼッテー勝つ。」
「黙れッ!テメェが喋るとイラつくんだよォ!!!」


 ブレイヴの言葉に激昂したバッドは「ドラゴンクロー」を連発し、ブレイヴの体の肉を抉った。幾ら希望を信じても、度重なる暴力によって、ブレイヴの体には限界が来ていた。

(待ってろよ、マリー…。オレ様が必ず助ける…。)

 霞む視界に映ったのは、目の前で拘束され気を失っているマリーの姿。必死に手を伸ばしても、彼女は段々遠くなっていく。
 ――その内に何も見えなくなった。

◇◆◇◆◇


 ポケモンセンターに搬送されるアンヌとお爺さんの姿を見送って、グルート達は3番道路に集まっていた。
 バッドが根城として使っている地下水脈の穴は3番道路を真っ直ぐ進んだ、突き当りにある。普段から人やポケモンの気配は疎らで、情報も少なく、アジトにするには恰好の場所だった。
 しかし、こちらには切れ者がいる。ずーすけの頭の中には既に勝利の図式が描かれていた。
 そして、皆で力を合わせる――ずーすけ、きよべえ、ロイ、そして、グルートが円になって、頷き、話し合いが終わった頃だった。


「あのさ、」

 徐に、ロイがグルートに声をかけた。お決まりの睨むような鋭い眼で、グルートは声の主の方を向いた。その眼差しに少しどきまぎしながら、ロイは「あー」「そのー」と無造作に頭を掻く。

「…さっきは殴ってくれてありがとな。お陰で目が覚めたぜ。」

 笑顔を浮かべるロイを一瞥した後、グルートは「ふん」と鼻を鳴らし、身を翻す。

「礼なら、人質を救い出してからにしな。ボウズ。」

 ぶっきらぼうなグルートの返答にロイは一瞬きょとんとしたが、すぐに顔を引き締め「押忍ッ!」と力強く頷いた。

 ――熱くたぎる戦意を胸に、仲間を救うため、彼らは歩き始める。夜の風の冷たさも感じなかった。
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