shot.3 HEROの証
部屋を変え、布団に横たわりながらアンヌは怪我の治療を受ける。不幸中の幸いか、育て屋のお婆さんは昔ジョーイだった経験があり、必要最小限の処置はすることが出来た。
レスキュー隊の到着を待つまでの間にアンヌは意識を取り戻した。目を開くと、グルートと視線が合い、彼女は少し安堵したように顔を綻ばせる。
「ごめんなさい。……私が不甲斐ないばかりに……。」
しかし、グルートの説明で状況を把握した彼女は言葉を詰まらせ、悲痛そうに唇を噛んだ。
「阿呆。お前は無茶しすぎなんだよ。生身の人間がポケモン相手に敵うわけねぇだろ。」
グルートの言うことは尤もだった。ポケモンには人間にはない超自然的な力がある。寧ろ、あの狂暴なバッドを相手にして怪我で済んでよかったというべきだろう。
「だけど、…例え無力でも。見ているだけなんて嫌だったから。」
「相変わらずお人好しだな。」
若さゆえの無鉄砲さと彼女の本来持つ慈悲深さがそうさせるのか。そういえば、出会った時もそうだったとグルートは思い返す。素性のわからない自分を部屋に招き入れ、怪我を治療してくれた。
彼女の時折見せる思い切った行動は、良い意味でも悪い意味でもグルートを圧倒させた。
「後は俺に任せて、お前は休め。いいな?」
語気を強めて、諭すようにグルートが言うとアンヌは小さく頷いた。
しかしマリーとブレイヴのことが気懸りなのか、彼女の憂いを帯びた横顔は晴れないままで。
心身共に傷つけられ、彼女の笑顔が奪われたことにグルートはやるせなさと、怒りが燻るのを感じた。
◇◆◇◆◇
部屋を後にし、廊下に出ると、居間の方が騒がしいことにグルートは気がつく。襖の傍で耳を立てると、怒気を帯びた荒々しいロイの声が聞こえた。
「放せよッ、キヨ!俺はアニキとマリーを助けに行くんだッ!」
「だめだあ、危ないぞお。」
「何で止めるんだよ!バッドが地下水脈の穴を根城にしてんのはわかってんだろッ!?」
暴れるロイをきよべえが必死に押え込んでいるところだった。ブレイヴとマリーが人質に取られ、ロイはかなり動揺しているようだ。「アニキ」と呼び、慕っているブレイヴが一方的にバッドに嬲られる様はロイにとっても屈辱的だったに違いない。そしてその状況で何も出来なかったことが歯痒くて、悔しくて堪らないのだろう。
しかし冷静さ失い、単騎でバッドの元に向かおうとするロイの行動は現実的ではなかった。今の状況は通常のバトルとは違い、勝つことが目的ではなく、第一は人質を救い出すことにある。それには仲間との協力が必要不可欠だった。
「バカ。考えなしに行ったって、人質が増えて余計にめんどくさくなるだけズル。ここは一度作戦を立ててから――。」
「そんな時間はねぇ!俺らがこうしてるうちにアニキとマリーは酷い目にあってるかもしれないんだぜッ!?仲間なら今すぐに助けに行くべきだろッ!」
「ロイ!」
ロイの無鉄砲さはブレイヴ譲りなのかもしれない。ふたりの制止にも聞く耳を持たずロイはきよべえを突き飛ばし、彼がよろめいた隙に居間を飛び出す。
するとロイは部屋の前にいたグルートと鉢合わせる形になった。仲間を救いたいと焦る気持ちを抱えている彼の眼には、グルートの姿は映っていない。そのまま、体を逸らし、横を通り抜けようとする。
――だが、鋭い頬への痛みと共に、ロイの体は再び居間へと引き戻されていた。その先には固く拳を握り締めたグルートが立っていて。驚きを露わにしながら、ロイはずきずきと痛む頬を押える。
「あの赤頭以上の阿呆はいねぇと思ってたが…まさかこんな身近にいたとはな。類は友を呼ぶってヤツか。」
「な、なんだよ……。」
「ひとりで突っ走ってんじゃねぇよ。お前が人質のガキ共を心配するように、そいつらもお前のことを心配してんだ。」
「!」
「仲間ならそれぐらいのこと酌んでやれ。」
辺りを見ると自分を心配そうに見つめるずーすけときよべえの姿があった。ふたりはロイに寄り添い、彼を励ますように小さく笑みを浮かべる。――それで彼は漸く、仲間の姿を自らの瞳に映した。
「その通りじゃ。お主らは……全員でファイアーブレイズじゃろう?」
居間の奥にある部屋の襖が開く。そこにはバッドの攻撃によって怪我を負い、立っていることもままならないはずのお爺さんの姿が在った。お爺さんは苦しげに荒い息を溢し、柱に縋りながら、なんとか二足で立っているというような状態だった。
「爺ちゃん、休んでなきゃだめじゃん!」
「聞け、ロイ。」
慌ててお爺さんに手を貸そうとしていた皆の動きが一様に止まる。身を焼く様な痛みを感じているはずなのに、お爺さんの表情はとても安らかで優しいものだった。
「儂はお主らを卵の時から面倒を見ておる。……お主らもブレイヴも、かような卑怯者に負けるような軟な育て方はしておらん。」
「爺ちゃん…。」
「皆の力を合わせるのじゃ。さすれば、道は…開かれる。」
「!、爺ちゃんッ!」
お爺さんの体から力が抜け、そのまま床に崩れ落ちる。周囲に駆け寄り、呼びかける声が響き渡る。意識はあるが、お爺さんの体は怪我によってかなり衰弱していた。
丁度、待っていたレスキュー隊が居間に入ってくる。処置をしている間も、ファイアーブレイズの皆はお爺さんの名前を必死に呼んでいた。
「……若いの。」
担架で運び出されようというときに、お爺さんはグルートに声をかける。一斉に視線がグルートに集まる。
「関係ないお主らを巻き込んだ上、無理な願いとは承知しておる。……じゃが、どうか、こやつらに力を貸してやってくれ。」
「ちと早いが、あんたらには一宿一飯の恩義もある。義理は通すぜ。」
「……ありがとう。」
グルートの言葉を聞き、お爺さんは安堵したように笑みを浮かべる。自分が苦しい思いをしているこんな時でさえ、子供達のことを案ずる彼の気持ちを裏切るようなことはグルートには出来なかった。
「俺も野郎には倍じゃ足りねぇぐらい、借りがあるんでな。」
不意に握り締めた拳に一瞬、強い光を持った火が点った。
レスキュー隊の到着を待つまでの間にアンヌは意識を取り戻した。目を開くと、グルートと視線が合い、彼女は少し安堵したように顔を綻ばせる。
「ごめんなさい。……私が不甲斐ないばかりに……。」
しかし、グルートの説明で状況を把握した彼女は言葉を詰まらせ、悲痛そうに唇を噛んだ。
「阿呆。お前は無茶しすぎなんだよ。生身の人間がポケモン相手に敵うわけねぇだろ。」
グルートの言うことは尤もだった。ポケモンには人間にはない超自然的な力がある。寧ろ、あの狂暴なバッドを相手にして怪我で済んでよかったというべきだろう。
「だけど、…例え無力でも。見ているだけなんて嫌だったから。」
「相変わらずお人好しだな。」
若さゆえの無鉄砲さと彼女の本来持つ慈悲深さがそうさせるのか。そういえば、出会った時もそうだったとグルートは思い返す。素性のわからない自分を部屋に招き入れ、怪我を治療してくれた。
彼女の時折見せる思い切った行動は、良い意味でも悪い意味でもグルートを圧倒させた。
「後は俺に任せて、お前は休め。いいな?」
語気を強めて、諭すようにグルートが言うとアンヌは小さく頷いた。
しかしマリーとブレイヴのことが気懸りなのか、彼女の憂いを帯びた横顔は晴れないままで。
心身共に傷つけられ、彼女の笑顔が奪われたことにグルートはやるせなさと、怒りが燻るのを感じた。
部屋を後にし、廊下に出ると、居間の方が騒がしいことにグルートは気がつく。襖の傍で耳を立てると、怒気を帯びた荒々しいロイの声が聞こえた。
「放せよッ、キヨ!俺はアニキとマリーを助けに行くんだッ!」
「だめだあ、危ないぞお。」
「何で止めるんだよ!バッドが地下水脈の穴を根城にしてんのはわかってんだろッ!?」
暴れるロイをきよべえが必死に押え込んでいるところだった。ブレイヴとマリーが人質に取られ、ロイはかなり動揺しているようだ。「アニキ」と呼び、慕っているブレイヴが一方的にバッドに嬲られる様はロイにとっても屈辱的だったに違いない。そしてその状況で何も出来なかったことが歯痒くて、悔しくて堪らないのだろう。
しかし冷静さ失い、単騎でバッドの元に向かおうとするロイの行動は現実的ではなかった。今の状況は通常のバトルとは違い、勝つことが目的ではなく、第一は人質を救い出すことにある。それには仲間との協力が必要不可欠だった。
「バカ。考えなしに行ったって、人質が増えて余計にめんどくさくなるだけズル。ここは一度作戦を立ててから――。」
「そんな時間はねぇ!俺らがこうしてるうちにアニキとマリーは酷い目にあってるかもしれないんだぜッ!?仲間なら今すぐに助けに行くべきだろッ!」
「ロイ!」
ロイの無鉄砲さはブレイヴ譲りなのかもしれない。ふたりの制止にも聞く耳を持たずロイはきよべえを突き飛ばし、彼がよろめいた隙に居間を飛び出す。
するとロイは部屋の前にいたグルートと鉢合わせる形になった。仲間を救いたいと焦る気持ちを抱えている彼の眼には、グルートの姿は映っていない。そのまま、体を逸らし、横を通り抜けようとする。
――だが、鋭い頬への痛みと共に、ロイの体は再び居間へと引き戻されていた。その先には固く拳を握り締めたグルートが立っていて。驚きを露わにしながら、ロイはずきずきと痛む頬を押える。
「あの赤頭以上の阿呆はいねぇと思ってたが…まさかこんな身近にいたとはな。類は友を呼ぶってヤツか。」
「な、なんだよ……。」
「ひとりで突っ走ってんじゃねぇよ。お前が人質のガキ共を心配するように、そいつらもお前のことを心配してんだ。」
「!」
「仲間ならそれぐらいのこと酌んでやれ。」
辺りを見ると自分を心配そうに見つめるずーすけときよべえの姿があった。ふたりはロイに寄り添い、彼を励ますように小さく笑みを浮かべる。――それで彼は漸く、仲間の姿を自らの瞳に映した。
「その通りじゃ。お主らは……全員でファイアーブレイズじゃろう?」
居間の奥にある部屋の襖が開く。そこにはバッドの攻撃によって怪我を負い、立っていることもままならないはずのお爺さんの姿が在った。お爺さんは苦しげに荒い息を溢し、柱に縋りながら、なんとか二足で立っているというような状態だった。
「爺ちゃん、休んでなきゃだめじゃん!」
「聞け、ロイ。」
慌ててお爺さんに手を貸そうとしていた皆の動きが一様に止まる。身を焼く様な痛みを感じているはずなのに、お爺さんの表情はとても安らかで優しいものだった。
「儂はお主らを卵の時から面倒を見ておる。……お主らもブレイヴも、かような卑怯者に負けるような軟な育て方はしておらん。」
「爺ちゃん…。」
「皆の力を合わせるのじゃ。さすれば、道は…開かれる。」
「!、爺ちゃんッ!」
お爺さんの体から力が抜け、そのまま床に崩れ落ちる。周囲に駆け寄り、呼びかける声が響き渡る。意識はあるが、お爺さんの体は怪我によってかなり衰弱していた。
丁度、待っていたレスキュー隊が居間に入ってくる。処置をしている間も、ファイアーブレイズの皆はお爺さんの名前を必死に呼んでいた。
「……若いの。」
担架で運び出されようというときに、お爺さんはグルートに声をかける。一斉に視線がグルートに集まる。
「関係ないお主らを巻き込んだ上、無理な願いとは承知しておる。……じゃが、どうか、こやつらに力を貸してやってくれ。」
「ちと早いが、あんたらには一宿一飯の恩義もある。義理は通すぜ。」
「……ありがとう。」
グルートの言葉を聞き、お爺さんは安堵したように笑みを浮かべる。自分が苦しい思いをしているこんな時でさえ、子供達のことを案ずる彼の気持ちを裏切るようなことはグルートには出来なかった。
「俺も野郎には倍じゃ足りねぇぐらい、借りがあるんでな。」
不意に握り締めた拳に一瞬、強い光を持った火が点った。