shot.2 I am The HERO!
「ふぅ……。」
夜空を眺めながらグルートはひとり、屋根の上で煙草を吹かしていた。こうしてひとりで静かに一服するのも随分久しぶりのことのような気がする。
(ちと、はしゃぎすぎたな。)
悪い癖だ。昔からどんなに些細なことでも勝負ごとになると熱くなってしまうのは変わっていない。先ほどのブレイヴとの肉争奪戦を思い出し、頭が痛くなる。全く男というものは何歳たっても心は子供のままらしい。……もう少し酒を飲んでおくべきだったと今更のようにグルートは後悔した。
「――だから、いっしょにねてあげてもいいわよっていってるのよ!」
(……ん?)
近くから騒々しいマリーの声がして、グルートは屋根の下に視線を向ける。縁側で風呂上がりのマリーとアンヌが話をしているのが見えた。細かい内容は聞き取れなかったが、始めに聞こえた一声と嬉しそうなアンヌの表情でなんとなくグルートにも察しはついた。高圧的な態度だが、要するにマリーはアンヌと一緒の部屋で寝たいのだろう。素直なのか素直じゃないのかよくわからない子供だ。
――勿論、アンヌが断るわけもなく、マリーの言葉に笑顔で何度も頷いていた。
(あいつも良い顔するようになったじゃねぇか。)
泣き腫らした顔で自分の気持ちを押し殺していた時があったとは思えない。楽しそうにマリーにじゃれるアンヌには天真爛漫という言葉がよく似合っていた。思わずフッ、と笑みが溢れる。
また面倒事を拾ってしまったと呆れていたのに、行動を共にするうちに彼女に振り回されるのもそう悪くないとグルートは思い始めていた。
――それはまるで童心に帰って、失った過去を取り戻すような感覚だった。
「……マリア。」
無意識の内にぽつりと零してしまったその名にグルートははっとする。そして次に舌打ちが響いた。
(こうもガキのままだと、嫌になるぜ。)
忘れたくとも決して忘れることのできない深い傷痕。時が経っても自分はまだ「彼女」のことを引きずっているのだ。アンヌと「彼女」が違うということはわかっているのに。脳裏にチラつく「あの日」の残骸がいつまでも心の奥で疼いている。――時が解決してくれるという言葉を聞くが、あれは嘘だ。むしろそいつは時が経てば経つ程に自身の心を蝕むように疼き出す。
「グルート~~!」
屋根の上にいるグルートの存在に気がついたアンヌが手を振っている。だがグルートの目にはその姿が非現実的な存在に映る。彼女の胸元で輝く赤い石が余計にそうさせるのかもしれない。
彼は何も言わず小さく笑んだが、その眼差しは悲しげだった。
◇◆◇◆◇
「それじゃあ、二人はこの部屋を使ってね。」
お婆さんに案内されたのは育て屋の一番奥にある6畳ぐらいの部屋だった。小柄な二人には充分すぎる大きさだ。アンヌはお婆さんにお礼をして、マリーと共に部屋に入った。
部屋には既に布団が敷かれており、二人はその上に腰を下ろす。…未だにマリーはむすっとした顔をしており、アンヌは苦笑した。下手に声をかけてもかえってよくないと思い、アンヌが黙っていると、マリーは自分の鞄を漁り始める。
「どうしたの?」
「ねるじゅんびにきまってるじゃない。」
強い口調でマリーが鞄から取り出したのはエモンガのぬいぐるみだった。マリーの身長よりも少し小さいぐらいだろうか。彼女は取り出したぬいぐるみをまるで赤ん坊を扱うよう、丁寧に寝かせる。
「かわいいぬいぐるみね。」
「とうぜんでしょ、マリーのパパとママがくれたんだから。」
ぬいぐるみを見つめるマリーの眼差しは優しかった。彼女は両親のことがとても大好きなのだろう。自信たっぷりに両親のことを話しながら、綻んでいる頬が何よりの証拠だった。
「ふたりともしごとがいそがしいから、なかなかあえないけど。」
「まあ、そうなの……。」
「で、でも、さみしくなんてないんだから!マリーはおとなだもん!」
強がりを口にしていたが、言葉の端に滲む、寂しげな子供の姿は隠し切れない。しゅんと肩を落とすマリーの姿にアンヌは過去の自分を見ているような気持ちになる。
(――そういえば私も。お父様に構ってもらえなくて、いつも寂しかったわ。)
財閥の最高責任者でもあった父は多忙で子供と遊ぶ暇などなかった。マリーのように強気に振る舞うことも出来ず、リヒトに当たって彼を困らせていたことを思い出す。
育った環境は違えど、マリーの寂しい気持ちはアンヌにもよくわかった。――思わず、マリーを包み込むようにして、ぎゅっと抱きしめてしまう。突然のアンヌの行動にマリーは驚いたが、抵抗することなくそっと体をその身に預けた。
「私の家にもチラーミィのぬいぐるみがあってね、旅を始める前までその子と毎日一緒に寝ていたのよ。」
「いいとしして、ぬいぐるみとねてたの?ばっかじゃない。」
「ふふ、そうかもね。」
厳しいマリーの口調は変わらず、しかし、それがアンヌには温かく感じられた。それはマリーも同じなのかもしれない。どちらが言いだしたわけでもないのに、エモンガのぬいぐるみを挟んでふたりは一緒の布団に入った。
「おやすみ、マリー。」
「おやすみ。……アンヌ。」
少し照れ臭そうに呼ばれたその名にアンヌは嬉しい気持ちになりながら、マリーに引っ付いた。マリーは何も言わなかったが、その口元には安らかな笑みが浮かんでいた。
夜空を眺めながらグルートはひとり、屋根の上で煙草を吹かしていた。こうしてひとりで静かに一服するのも随分久しぶりのことのような気がする。
(ちと、はしゃぎすぎたな。)
悪い癖だ。昔からどんなに些細なことでも勝負ごとになると熱くなってしまうのは変わっていない。先ほどのブレイヴとの肉争奪戦を思い出し、頭が痛くなる。全く男というものは何歳たっても心は子供のままらしい。……もう少し酒を飲んでおくべきだったと今更のようにグルートは後悔した。
「――だから、いっしょにねてあげてもいいわよっていってるのよ!」
(……ん?)
近くから騒々しいマリーの声がして、グルートは屋根の下に視線を向ける。縁側で風呂上がりのマリーとアンヌが話をしているのが見えた。細かい内容は聞き取れなかったが、始めに聞こえた一声と嬉しそうなアンヌの表情でなんとなくグルートにも察しはついた。高圧的な態度だが、要するにマリーはアンヌと一緒の部屋で寝たいのだろう。素直なのか素直じゃないのかよくわからない子供だ。
――勿論、アンヌが断るわけもなく、マリーの言葉に笑顔で何度も頷いていた。
(あいつも良い顔するようになったじゃねぇか。)
泣き腫らした顔で自分の気持ちを押し殺していた時があったとは思えない。楽しそうにマリーにじゃれるアンヌには天真爛漫という言葉がよく似合っていた。思わずフッ、と笑みが溢れる。
また面倒事を拾ってしまったと呆れていたのに、行動を共にするうちに彼女に振り回されるのもそう悪くないとグルートは思い始めていた。
――それはまるで童心に帰って、失った過去を取り戻すような感覚だった。
「……マリア。」
無意識の内にぽつりと零してしまったその名にグルートははっとする。そして次に舌打ちが響いた。
(こうもガキのままだと、嫌になるぜ。)
忘れたくとも決して忘れることのできない深い傷痕。時が経っても自分はまだ「彼女」のことを引きずっているのだ。アンヌと「彼女」が違うということはわかっているのに。脳裏にチラつく「あの日」の残骸がいつまでも心の奥で疼いている。――時が解決してくれるという言葉を聞くが、あれは嘘だ。むしろそいつは時が経てば経つ程に自身の心を蝕むように疼き出す。
「グルート~~!」
屋根の上にいるグルートの存在に気がついたアンヌが手を振っている。だがグルートの目にはその姿が非現実的な存在に映る。彼女の胸元で輝く赤い石が余計にそうさせるのかもしれない。
彼は何も言わず小さく笑んだが、その眼差しは悲しげだった。
「それじゃあ、二人はこの部屋を使ってね。」
お婆さんに案内されたのは育て屋の一番奥にある6畳ぐらいの部屋だった。小柄な二人には充分すぎる大きさだ。アンヌはお婆さんにお礼をして、マリーと共に部屋に入った。
部屋には既に布団が敷かれており、二人はその上に腰を下ろす。…未だにマリーはむすっとした顔をしており、アンヌは苦笑した。下手に声をかけてもかえってよくないと思い、アンヌが黙っていると、マリーは自分の鞄を漁り始める。
「どうしたの?」
「ねるじゅんびにきまってるじゃない。」
強い口調でマリーが鞄から取り出したのはエモンガのぬいぐるみだった。マリーの身長よりも少し小さいぐらいだろうか。彼女は取り出したぬいぐるみをまるで赤ん坊を扱うよう、丁寧に寝かせる。
「かわいいぬいぐるみね。」
「とうぜんでしょ、マリーのパパとママがくれたんだから。」
ぬいぐるみを見つめるマリーの眼差しは優しかった。彼女は両親のことがとても大好きなのだろう。自信たっぷりに両親のことを話しながら、綻んでいる頬が何よりの証拠だった。
「ふたりともしごとがいそがしいから、なかなかあえないけど。」
「まあ、そうなの……。」
「で、でも、さみしくなんてないんだから!マリーはおとなだもん!」
強がりを口にしていたが、言葉の端に滲む、寂しげな子供の姿は隠し切れない。しゅんと肩を落とすマリーの姿にアンヌは過去の自分を見ているような気持ちになる。
(――そういえば私も。お父様に構ってもらえなくて、いつも寂しかったわ。)
財閥の最高責任者でもあった父は多忙で子供と遊ぶ暇などなかった。マリーのように強気に振る舞うことも出来ず、リヒトに当たって彼を困らせていたことを思い出す。
育った環境は違えど、マリーの寂しい気持ちはアンヌにもよくわかった。――思わず、マリーを包み込むようにして、ぎゅっと抱きしめてしまう。突然のアンヌの行動にマリーは驚いたが、抵抗することなくそっと体をその身に預けた。
「私の家にもチラーミィのぬいぐるみがあってね、旅を始める前までその子と毎日一緒に寝ていたのよ。」
「いいとしして、ぬいぐるみとねてたの?ばっかじゃない。」
「ふふ、そうかもね。」
厳しいマリーの口調は変わらず、しかし、それがアンヌには温かく感じられた。それはマリーも同じなのかもしれない。どちらが言いだしたわけでもないのに、エモンガのぬいぐるみを挟んでふたりは一緒の布団に入った。
「おやすみ、マリー。」
「おやすみ。……アンヌ。」
少し照れ臭そうに呼ばれたその名にアンヌは嬉しい気持ちになりながら、マリーに引っ付いた。マリーは何も言わなかったが、その口元には安らかな笑みが浮かんでいた。