shot.2 I am The HERO!

 ポケモンたちと触れ合う楽しい時間はあっという間に過ぎていった。庭にいるネイティオが鳴き声を上げ、日没を知らせる。それを合図にアンヌとブレイヴもその場を引き上げることにした。

 歩く度、みしみしと音を立てる木造の廊下を歩く。育て屋の内部はジョウト地方を思わせる和風な作りだった。畳、縁側。瓦の屋根。家の作りひとつでもアンヌは驚き、異世界に来たような気分になる。同じ地方に住んでいても暮らしている環境が個人によって違うことをアンヌは初めて知ったのだった。

「ブレイヴって小さい時からずっとここにいるの?」
「ああ。ジジィがオレ様の卵を見つけたンだって。オレ様だけじゃなくてFIRE BLAZEのみんなもそうなんだぜ。」
「ファイアーブレイズ?」

 聞き覚えのない単語にアンヌが首を傾げると、ブレイヴはその問いを待っていたと言わんばかりにニヤリと口を歪めて、親指を立てた。

「オレ様が作ったHERO TEAMのことだ!困ってるひとやポケモンを助ける正義のHEROなンだぜ!んで、オレ様はそのLEADER!」
「まあ!すごいのね、ブレイヴって。」
「おう、よくわかってンじゃねェか!アンヌ!」

 アンヌが驚きながら感心するとブレイヴはその反応に気分を良くしたらしく、愉快そうに笑い声を上げて、彼女の頭をくしゃくしゃに撫でた。リーダーと自称するだけあって、余程そのファイアーブレイズに愛着があるらしかった。


「おだてるとすぐちょうしにのるんだから、……ばっかみたい。」
「あッ!?」

 上機嫌なブレイヴに水を差すような、冷め切った声が響く。馬鹿にしたような口調にブレイヴは眉間に皺を寄せ、勢いよく振り返る。そこにいたのはスモックを着たツインテールの女の子。服装と背丈から4、5歳ぐらいだと思われるが、気取ったように腕を組み、ブレイヴに鋭い指摘を飛ばす様は妙に大人びていた。

「オイ、マリー!テメッ…、いつの間にそんな汚い言葉覚えたんだ!」
「ブレイヴにいわれたくないわ。それにマリーのいってることはただしいもの。じゅうはちにもなって、ヒーローごっことかはずかしくないわけ?」
「な、なんだとォ~~~!」

 自身の信念を馬鹿にされたブレイヴは、怒りのままマリーに食って掛かろうとする。正義のヒーローが小さい子相手にムキになってどうするのだろうか。猛獣のように喉を鳴らし、歯ぎしりをするブレイヴをアンヌは必死に宥める。忙しないその様をマリーは相変わらず冷め切った目で傍観していた。(元凶をつくったのはマリーなのだが。)

「アンタがおじいちゃんのいってた、アンヌ?……いまいち、ぱっとしないおんなね。」
「え?」

 マリーの注意がブレイヴからアンヌに向けられる。まさか話かけられると思っていなかったアンヌはきょとんとして、ブレイヴの腕を押えていた手を離してしまう。勢い余ってブレイヴは床に転げることになった。床に顔を強打したブレイヴは悶絶し、我に返ったアンヌは謝りながら慌てふためく。……マリーはわざとらしいぐらい大きくため息を吐いた。

「じみだし、どんくさいし。せけんしらずってかんじ。」
「ご、ごめんなさい……。」
「まあ、マリーにはかんけーないけど。」

 辛辣なマリーの指摘にアンヌは苦笑するしかなかった。実際その通りだったので言い返す言葉もない。目の前で顔を押えるブレイヴがそれを物語っていた。

「ええと……。マリーちゃんでいいのかな?」
「ちゃんってよばないで。こどもっぽくていやなの。」
「そ、そうなのね。わかったわ、マリー。よろしくね?」
「ふんっ。」

 マリーはつんとそっぽをむいて、それっきり何も言わなくなった。蹲るブレイヴを踏みつけ、早々に居間の方へと行ってしまう。去る後姿もモデルのような腰を入れた歩き方でとても大人びていて。強烈なマリーの性格にアンヌは圧倒され、暫くその姿を眺めていた。

「まだ話は終わってねェぞ!マリー!つーか、ひとのこと踏んでンじゃねェッ!」
「ちょっと、ブレイヴ!」

 再び暴れ出しそうなブレイヴだったが、その後すぐにロイが来て、夕飯の準備ができたことを知らされると彼は途端に機嫌を直した。……ブレイヴの立ち直りの早さに敵うものはおそらくいないだろうとアンヌは思った。

◇◆◇◆◇


 居間につくと、ぐつぐつと煮立っている鍋が三つ、机の上に置かれていた。鍋を取り囲むように野菜や肉、木の実が盛られた皿があり、それぞれ種類ごとに分けられている。
 アンヌとブレイヴ、二人を呼びに来たロイ以外の皆は既に揃っており、机を囲んで席についていた。三人も続けて座布団に腰を下ろす。アンヌの左隣にはグルートがいて、彼と視線が合い、互いに小さく笑んだ。

「それじゃあ、いただきますだぞお。」

 きよべえが合掌の合図をする。ぱちんと両手を合わせる軽快な音が小さく響いてから「いだたきます。」の声が広がった。

 鍋の蓋が開く。視界を覆う白い湯気と共に、煮込まれただしの香りが溢れ出す。茸や肉、野菜が泡を立てながら鍋の中でゆらゆらと踊っていた。
 グルートが箸を使い、野菜の下に潜り込んでいた肉を取ろうとすると、横から割り込むように箸が伸びてくる。

「てめェにはゼッテー肉やらねェからな!!!」
「ほう、上等じゃねぇか。」

 一つの肉を奪い合い、二人の間にはガスコンロの火より熱い戦いの火蓋が切って落とされる。目にも止まらぬ速さで繰り出される箸の攻防に、ブレイヴの隣にいたロイも「面白そう!」と参加し始める。修羅場と化す鍋の肉争奪戦に、アンヌはどうしていいかわからずただ状況を見ていることしかできなかった。

「……ばっかみたい。」

 この中で一番年齢の低いマリーが、一番この状況を的確に言い表していた。呆れたような眼差しを男共に向けながら、彼女は争いの外にあるもう一つの鍋から小皿に具をよそった。

「かして。」
「へ?」
「おさらよ。…アンタみたいにのろまじゃ、くいっぱぐれるわよ。」
「は…はい……。」

 おろおろしている彼女を見兼ねたのか、マリーは手慣れた様子で小皿を受け取り、さっと盛り付け、アンヌに渡す。その無駄のない動きにアンヌは感服するばかりだった。

「ありがとう。私こういうの初めてでどうしたらいいかわからなくて。」
「なべしたことないの?……ほんとせけんしらずなのね。」
「そうね。私のお家ではみんなで一緒にご飯を食べるなんてことなかったから。」

 こんなことをいうとまたマリーの厳しい一言が飛んできてしまうかもしれないとアンヌは思ったが、意外にも彼女は「ふうん。」と相槌を打つだけだった。拍子抜けしたようにアンヌがマリーの横顔を見つめていると、彼女に睨まれてしまったが。アンヌは謝るが、マリーはそっぽを向いてしまう。けれど、二人のやり取りをマリーの隣で見ていたお爺さんは対照的に、とてもにこやかな笑みを浮かべていた。

「年上の女の子と話せてマリーちゃんも嬉しいんじゃろうなあ。うんうん。」
「ちょ、ちょっとおじいちゃん、かってにきめつけないで!マリーはこれっぽっちもうれしくなんてないんだからねっ!…それとちゃんよびはやめてっていったでしょ!」

 お爺さんの言葉にマリーは顔を赤くさせ、珍しく声を荒げる。それでも微笑ましい気持ちを抑え切れないお爺さんは笑顔のままで。それが気に入らないのかマリーはお爺さんの懐で駄々っ子のようにパンチを繰り返す。こうしてみると年相応の女の子で、その可愛らしさに思わずアンヌも笑顔になってしまう。

「ふふっ。」
「……なにわらってんのよ。」
「ううん。なんでもない。」
「……むかつく…。」

 頬を膨らませながら、マリーはアンヌの肩もぽこぽこと叩いた。けれど何故かアンヌは嬉しそうで、マリーは益々不機嫌そうな顔になった。

「ちょっと、ずーすけ!しょくじちゅうにゲームなんてしてんじゃないわよっ!」
「いや、オレ関係ないズル。」
「くちごたえしないっ!」
「ズル……。」

 追い詰められたマリーの怒りの矛先は携帯ゲーム機を弄っていた、ずーすけに向けられる。八つ当たりされたずーすけは面倒臭そうだったが、これ以上当たられるのも嫌なのか素直に言うことを聞いて、ゲーム機を閉じた。そしてマリーに皿いっぱいに具を盛られ、それに逆らうこともなく、怠そうにしらたきを啜っていた。――のだが。


「もらったァ!!!」
「ブッ!」

 ずーすけの隣にいたブレイヴが急に腕を振り上げたせいで、ずーすけの顔面にブレイヴの肘が当たり、弾みで小皿に盛った「熱々の」鍋の具も彼の顔や服に飛び散ることになった。さすがにマリーも驚く。机の上に置いてあった布巾を見つけて、アンヌは慌ててずーすけに渡した。お爺さんといえばいつものことだと特に関心も向けず、御猪口に入った酒を飲んでいた。……もしかすると酔っ払っているのかもしれない。

「フッ、――甘いな。」
「な、掴んだはずの肉が…ねェッ!?」
「隙だらけなんだよ、阿呆が。……ま、俺に挑もうなんざ百年早いってこった。」
「ぐぬぬぬッ……!」
「あ、アニキッ!頑張れッ!」

 悲運なずーすけには目も暮れず、肉争奪戦は続く。くだらないことではしゃぐ男共の姿を見て、マリーも自分がムキになっていたのが馬鹿らしくなってきたのか、ため息を吐いて、静かに鍋をつついた。

「やっぱりみんなと一緒にご飯を食べると、美味しいなあ。」
「そうだねぇ。」

 早々に鍋を丸々一個平らげてしまったきよべえが、嬉しそうな声を上げる。その傍できよべえ用の大きなおにぎりを握るお婆さんも賛同するように何度も頷く。完成したおにぎりをきよべえは幸せそうに頬張った。

 育て屋はいつも以上に明るく、和気藹々としていた。――血の繋がり、ポケモン、人間ということは関係なく、まるで本当の家族と過ごすように彼らの時間は流れていった。


「……目の前が真っ暗になった……ズル。」

 ただひとり、がっくりと項垂れる、ずーすけを除いては。
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