shot.2 I am The HERO!

 夕食までの間、アンヌは育て屋を見学させてもらうことになった。アンヌとしてはグルートとも一緒に行動したかったのだが、またもやブレイヴと火花を散らし喧嘩を始めそうだったので、結局ブレイヴとふたりで行動することになった。

 裏口を出ると、そこには大きな草原のような庭が広がっていた。豊かな自然に思わずアンヌは感嘆の声を漏らす。木の上ではハトーボーが羽を休め、沼地ではオタマロとマッギョが泥遊びをしていて、花畑ではマラカッチがポケモンたちにダンスを披露していた。アンヌが本でも見たことのないポケモンもいる。

 さっきまでアンヌの案内を面倒臭がって愚痴を零していたブレイヴだったが、その景色を前にして心が落ち着いたようで、表情も柔らかくなっていた。ポケモンとすれ違うたび挨拶を交わし、時々、アンヌにも話を振るようになる。最初はブレイヴに怖そうなイメージがあったが、話してみると気さくで裏表のない純粋なひとなのだと知る。自然とアンヌも喋るようになっていた。


「ここに居るのはみんな預かっているポケモンなの?」
「いや、そこら辺の野生ポケモンもいるぜ。ジジィのこだわりでよ。自然になるべく近い状態にしてやりたいんだってさ。」
「ええ。でもそれじゃあ、どれが預かっていたポケモンかわからなくなったりしないの?」
「心配ねェよ。人間と行動してるヤツは、野生とは匂いが違うからな。…ほら!」

 ブレイヴが目の前を歩いていた二匹のヨーテリーを抱き上げる。顔見知りなのか、二匹は嬉しそうにブレイヴの腕の中でもぞもぞと動く。愛らしくじゃれてくる彼らにブレイヴも頬を緩め、よしよしと頭を撫でる。

「片方が預かってるヨーテリーで、もう片方が野生のヨーテリーなンだぜ。」
「そうなの?」
「嗅いでみたらわかる。」

 ブレイヴからヨーテリーを渡される。言われるがまま二匹に鼻を寄せてみたが、アンヌは「ううん」と困惑気味に首を傾げた。

「……わからないわ。」
「マジかよ。おめェ鼻悪いな~。」

 眉を寄せながら、少し悔しそうに頬を膨らませるアンヌを見て、ブレイヴは小さく笑う。小馬鹿にしたような反応にアンヌは少し悔しい気持ちになったが、やはり匂いの違いは分からなかった。

「まァ、おめェは人間でオレ様はポケモンだからな。嗅覚がイマイチなのも仕方ねェか。」
「残念だわ。」

 ブレイヴの言う通り、ポケモンと人間では器官の働きが少し違うのかもしれない。言葉通りがっかりした感じはあったが、頬ずりをして、自分に懐いてくるヨーテリーはとても可愛くて。彼らの柔らかな温もりを感じればそんな些細なことはすぐに気にならなくなった。

◇◆◇◆◇


「おっ、見てみろよ。」

 ブレイヴは大きな草むらを隔ててある、小さな湖を指差す。言われた通り彼に続くと、そこには沢山のスワンナとコアルヒーの群れがいた。白く美しいスワンナの姿と、その近くで泳ぐコアルヒーは愛らしく、アンヌは胸を躍らせた。
 今はスワンナの飛来する時期で毎年この場所に来ているらしい。コアルヒーだった彼らはスワンナになって、新しい家族を連れ戻ってくるのだ。

「テメーら、元気か?」

 勿論、彼らは皆ブレイヴの友達で、ブレイヴが話しかけるとスワンナは綺麗な声を上げて返事をした。景気よく返ってきた声にブレイヴも満足げだ。
 ……すると、一匹のスワンナの後ろから、ちらりとこちらを覗き見ているコアルヒーに気が付く。

「アイツさ、コイツの赤ん坊でこの間生まれたばっかなんだぜ。」
「だからお母さんの傍を離れないのね。」
「触ってみるか?」
「いいの?」
「いいよな、ママ。」

 ブレイヴが尋ねると、母親のスワンナは目を細めて頷く。優美という言葉がぴったりで、アンヌは彼女の心の大らかさを垣間見たような気がした。

「人間にも慣れてもらわないとトレーナーと出会った時に困る、だってさ。」
「ふふ、ポケモンの世界にも色々あるのね。」
「そォなんだよ。オレ様みたく、萎れかけのジジィに当たったら最悪だぜ?」
「もう、そんなこと言ったらまた喧嘩になっちゃうわよ。」

 ブレイヴのジョークに苦笑しながら、アンヌはしゃがみ込み、コアルヒーの方を見る。
 「コアッ?」と間の抜けたような声を出し、不思議そうに首を傾げながらアンヌと母親を交互に見る。母親に軽く嘴で体を突かれ、促されるようにしてよちよちと歩き出す。生まれたばかりというのもあって、まだ足元は覚束ない。不安定な足取りに見ている側もハラハラする。両手を広げて、受け入れるような格好をせずにはいられなかった。
 …その時、一瞬コアルヒーの目が光ったような気がして。アンヌが驚く間もなく。彼は突然スピードを上げ、嘴を尖らせながらこちらに飛びかかってきたのだ。油断していたアンヌは「ついばむ」を直に食らい、思いっきり地面に背中をくっつけることになった。

「言い忘れてたけどよ、ソイツ、メチャクチャ突いてくるから気ィつけろよ。」
「お…遅いよ……。」

 コアルヒーは倒れたアンヌの体を上って頭辺りに到達すると、アホ毛の部分を嘴で銜えながら引っ張る。……アンヌが悲鳴を上げることになったのは言うまでもない。ぐしゃぐしゃになったアンヌの髪の毛を見て、ブレイヴは指を指しながら大笑いしていた。


「びっくりした……こんなに小さいのにとてもパワフルなのね。」

 乱れた髪を手串で整えながら、アンヌは驚きを露わにする。犯人である暴れん坊のコアルヒーはブレイヴに取り押さえられていた。しかし、まだ動き足りないのか、ブレイヴの腕の中でも羽をバタつかせている。

「コイツ今はこんなにやんちゃだけど、なかなか卵から出て来なかったンだぜ。」
「そうなの?」

 腕の中の小さな命を撫でるブレイヴの手つきはとても優しい。彼の言葉を聞いて母親のスワンナも目を閉じながら感慨に浸っているようだった。

「卵が出来ても、その全部が殻を破って孵るわけじゃねェンだ。でも、コイツはその壁を乗り越えてこうして生まれてきた。……命ってスゲーよな。」

 アンヌは黙ってブレイヴの言葉に頷いた。たったひとつの尊い命が生まれるまでには一筋縄ではいかない多くの困難があったのだろう。
 目尻に光るものを拭って、ブレイヴはニカッと輝く様な笑みを浮かべた。

「だからよ!そんなスゲーモンを持ってるオレ様達って、マジで最強で最高だよな!」
「ふふ、そうかもね。」
「かもじゃねーし!そうなンだって!ママもそう思うだろ!?」
「スワッ、スワッ!」
「……オイコラ、なんでテメーら、ふたり揃って笑うンだよ!」

 微笑むふたりにブレイヴは口を尖らせ、いじけたような顔をする。それを励ましているつもりなのか、何も考えていないのか、コアルヒーはブレイヴの顔に嘴を寄せてついばんだ。「オイコラ!」とコアルヒーを叱りながらも、その声色はとても柔らかで。どうやら喧嘩好きなブレイヴも無邪気な小鳥にはタジタジらしかった。
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