shot.2 I am The HERO!

「ねえ、グルート。今晩はどこで過ごすかはもう決まっているの?」

 口についたソースを拭きながら、アンヌが尋ねる。グルートは不可解そうに顔を顰めて、もう何杯目かわからないジョッキを手に取った。

「そりゃお前、ポケモンセンターじゃねぇのか。」
「少し気になるところがあるの。」
「どこだよ。」

 例によってお嬢様の我が儘かと気づいたグルートだったが、いい加減そのやり取りにも慣れてきたようで彼にしては珍しく素直に聞き返していた。今更文句を言うのも億劫なのだろう。
 その時、丁度ウエイトレスが食べ終わったアンヌの食器を下げて、机にスペースが出来たので、アンヌは前にグルートから渡されたタウンマップを広げた。

「グルートがさっきバトルをしていた広場があるでしょう?その上の道を行くと育て屋さんっていうのがあるらしいの。」
「ああ、3番道路にあるヤツか。何度か見かけたことはあるが、寄ったことはねぇな。」
「色々なポケモンを預かっていて、彼らと触れ合えるんですって。それにポケモンセンターみたいに無料で泊めてくれるみたいよ。」
「……で、行きたいのか。」
「うん!」

 笑顔で即答するアンヌ。躊躇いなく頷く彼女にいっそ清々しい気持ちになりグルートも潔くジョッキを置いて席を立った。

「じゃ、行くぞ。」
「え、もう行くの?休憩しなくて大丈夫?」
「問題ねぇ。ほろ酔いの状態で動くのが一番気分がいいからな。」
(あんなに飲んでほろ酔い……?)

 グルートの飲んでいた量が尋常でなかったのは、酒を飲んだことのないアンヌの目にもわかった。多少、喋るようになったというぐらいでそれ以外の変化は見られず、グルートはけろっとしている。彼の酒の強さに驚きながら、アンヌも続いて席を立った。

◇◆◇◆◇


 噴水広場でのグルートとブレイヴのバトルの痕跡は植え込みが傾いているぐらいで殆ど残っておらず、大方綺麗に整備されていた。騒々しかった広場も今や人影も疎らで、静かな時間が流れている。

 サンヨウシティと3番道路を繋ぐ木で出来たアーチを潜り抜けると、すぐそこに育て屋はあった。その横には保育園もあり、子供たちの無邪気な声が聞こえてくる。


「みんな、元気いっぱいね。」

 喋る声、笑い声、ときには泣き声も混じっていたが、それでも余すことなく感情を爆発させる子供たちのエネルギーは遠くからでも伝わってくる。同じように育て屋の敷地内からも柵を隔てて、小さなポケモンたちの鳴き声が響いていた。

「お前にそっくりだな。」
「え?」
「駄々こねて手がかかる。あんな感じだぜ。」

 グルートがお決まりの意地悪な言葉を発して、アンヌがこれまた「意地悪」とお決まりの返事をする。ふたりは顔を見合わせぷっと吹き出した。

◇◆◇◆◇


「失礼しますー……。」

 育て屋のドアを二回ノックしてから、アンヌは遠慮がちに店に入る。店といっても建物自体は一般的な民家のようで、違うといえば入ってすぐ正面に受付のカウンターが設置されているというところぐらいだった。

 受付は育て屋のお婆さんがしているとタウンマップの情報欄には書いてあったが、カウンターには金髪の青年が気怠そうに座っていた。ガムをくちゃくちゃと噛みながら、二つ折りのゲーム機で遊んでいた。ゲームに夢中になっているのか、アンヌ達が入ってきたことにも気が付いていないようだ。

「あのすみません。こちらは育て屋さんで合っていますか?ポケモンと触れ合えるとお聞きして来たのですけれども……。」
「………。」
「あ、あの。」
「………ここ絶対レベル設定おかしいズル…課金させようという感がすごいズルね……。」
「か、かきん?」
「そ、最近はDLC商法が当たり前みたいになってるから。……ん?」

 ゲームの画面を見ながら、ぶつぶつと何かを呟いていた青年だったが、ふと顔を上げてやる気のない三白眼でアンヌを見る。どうやらやっとアンヌの存在に気がついたらしい。

「アンタ、誰?」
「それは私も聞きたいことだわ……。」
「……。もしかしてお客さんズル?」

 アンヌが頷くと、青年は再び画面に目を戻し、ゲームを再開した。本人は全く動こうとしないのにボタンを押す指の動きだけは異様に速かった。

「悪いけど、今婆ちゃんはキヨと買い出しにいってる。んで爺ちゃんはちょい取り込み中だから、見学したいならちょっと待ってもらわないといけないズル。」
「取り込み中?」

 青年が顎を使って店の奥を指し示す。するとタイミング良く、ガラスの割れるような音がして「ばっかもーーーん!!!」という大きな怒鳴り声が聞こえた。少ししゃがれた声と会話の流れから察するにお爺さんの声だろう。物騒な物音にアンヌは顔を青くしたが、

「ほらね。」

 青年は随分慣れた様子で気に留めている様子もなかった。それよりもゲームの進捗の方が気になっているという具合だ。あまりに平静すぎる彼に不安になったアンヌはグルートを見る。

「どうしましょう。」
「まあ、店番が気にしてねぇんだったらどうでもいいんじゃねぇか。」
「……グルートも適当なのね。」

 アンヌは肩を落としながら、そういえばグルートも基本的に面倒臭がりなひとだったということ思い出す。この気怠い空間においては気にする方が損な感じがしてしまう。

「待てるんだったら、そこら辺で寛いでていいズルよ。いつ終わるかわかんないけど。」
「んじゃ、お言葉に甘えて、ひと眠りさせてもらうとするか。」

 グルートは靴を脱いでカウンター横の座敷に大の字で寝転がる。おまけに座布団を枕にして寝る体制を取り始めている。まるで自分の家のような寛ぎぶりだ。どうにも心が落ち着かなくて、アンヌは控えめに腰を掛けるに留まった。
 ――が、その時。


「うるせェ!クソジジィ!!!正義のHERO様が掃除なんかやってられっかよ!!!」


 よく通る聞き覚えのある声に、アンヌと瞼を綴じていたグルートもまた反応した。まさかと思ったが、今度は大胆にも部屋の壁を突き破りその彼が目の前に現れたのだから、最早その予感を誤魔化すことは出来なかった。

「たわけ!皆それぞれ自分の当番を守っておるんじゃ!お前だけじゃ、サボってバトルなんぞしとるやつは!」
「服屋のヨッチャンに代わりにバトルしてくれって頼まれたんだから仕方ねェだろ!困ってるひとを助けるのはHEROの役目だぜ!」

 未だ頭や体に包帯の残る痛々しい姿でブレイヴは育て屋のお爺さんらしきひとと激しい口論をしていた。無事意識を取り戻したようだが、それにしても病み上がりとは思えないパワフルさだ。そしてお爺さんもブレイヴに平手打ちをするなど容赦がない。

「お前はただ自分がバトルをしたいだけじゃろう!その上、負けてジョーイさんに迷惑をかけるんじゃから世話ないわ!」
「うるせェ!ハゲ!!!」
「誰がハゲじゃ!!!」
「てめェだよハ~~ゲ!!!ゲ~~ハ~~!!!」

 口論は止まらず、益々ヒートアップしていく。ふたりの勢いに圧倒され言葉を失っていたアンヌだったが、ここは火に油を注がないためにも出直したほうがいいと気が付く。特にグルートの存在に気づかれればブレイヴの攻撃性は増長されてしまうことだろう。

「ああーーッ!!!アニキに勝ったひとがいる!!!」

 しかし、アンヌがグルートに喋りかけるより先に続けて奥から出てきたロイが、グルートを指差して余計なことを言ってしまったが為にアンヌの計画は台無しになってしまった。
 ロイの言葉に視線は一気にグルートに向けられる。厄介なことになりそうなのを悟ったグルートはうんざりした気持ちを隠すこともなく、大きく舌打ちをした。
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