shot.2 I am The HERO!

 部屋に戻り、アンヌは早速グルートに買ってもらった洋服に着替えた。鏡の前でスカートを広げてみたり、モデルのように腰に手を当てポーズを決めてみたりとアンヌはとても上機嫌だった。

(お洋服を着るのがこんなに楽しいなんて私、知らなかったわ。)

 人形のように決められた服を着せ替えられるのではなく、好きなように服を選んで身に纏うことができるというのは今までのアンヌの生活では考えられないことだった。
 ――これも屋敷から連れ出してくれたグルートのお陰。胸元に輝く赤いペンダントを両手で包み、アンヌは彼のことを想いながら安らかに目を伏せる。

(やっぱり、どきどきする……。……グルートを想うと胸が苦しくて切ないのに嬉しいの。この気持ちは何て言うのかしら。)

 同じ男性でもリヒトには感じたことのない気持ち。リヒトにあってグルートにないものを考えてみる。生活、言動、雰囲気、目つき、種族――が、どれもアンヌを納得させるには至らなかった。


「終わったか?」
「!、ひゃあっ!?」

 ――と、ノックもなくいきなり開かれた部屋の扉に不意を突かれたアンヌは小さく悲鳴を上げる。お伽噺の世界に浸るような感じで物思いに耽っていた彼女は、彼の声で一気に現実に連れ戻される。

「お部屋に入る時はノックをしないと駄目よ!はあ、もう、びっくりしちゃった……。」

 着替え終わっていたから良かったものの、とアンヌはやや頬を赤らめながらグルートを叱る。最も彼女の動揺を強めたのはそれだけではなく、今の今まで彼のことを熱心に考えていたからだった。

「安心しろ、ガキには興味ねぇよ。」
「そ、そういう問題じゃないの!」
「ああ?」
「エチケット!」

 必死にグルートに抗議するも彼は面倒臭そうに舌打ちするだけで、真面目に話を聞いている風には見えなかった。彼の冷ややかな態度と妙にむきなっている自分の温度差に段々恥ずかしくなってきて、アンヌはあからさまに顔を逸らし、ぷいっとそっぽを向いた。……やれやれ、と言わんばかりに彼は横目でアンヌを見る。


「あー…その、似合ってんじゃねえか。」

 少し間を置いて、グルートの口からそんな言葉が零れた。脈絡のない言葉に一瞬何を指しているのかアンヌは困惑したが、彼が「服だよ、服。」と続ける。

「やっぱ薄紫で正解だったな。」
「……本当?」
「ああ。可愛い、可愛い。」
「か、かわいいっ…!?」

 世辞だとしてもアンヌの心に沸き上がる喜びの気持ちは隠せなかった。怒っていたのにグルートのその一言で全てを水に流してしまうような、魔性の響きがあった。

「ほ、本当にそう思っているの?」
「嘘ついてどうするんだよ。」

 もう一度確認するアンヌ。グルートからしてみれば拗ねたアンヌのご機嫌取りであって、深く考えることもなく適当に応答しただけだったのだが。しかし、彼女はグルートの返事に、ぱあっと頬を緩ませて、柔らかに目を細める。

「嬉しい……。とっても幸せな気持ちだわ。」

 薄く開かれたアンヌの蒼い目がまるで光が反射した海面のように輝く。グルートは一瞬言葉を失って、それから罰が悪そうに視線を逸らす。冗談交じりの軽口のつもりだったのに微笑むアンヌが少しだけ「可愛い」と思ってしまった自分がいたからだ。

「早くお食事に行きましょう!ね、グルート!」

 小さなアンヌの手がグルートの筋肉質な腕を引く。……どうやら機嫌はすっかり良くなったらしい。グルートは苦い笑みを浮かべ、アンヌに促されるまま、サンヨウレストランに向かった。

◇◆◇◆◇


 サンヨウレストランはポケモンセンターを出てすぐ横にあった。フォークとスプーンとナイフが掲げられた特徴的な看板が目印だ。
 昼過ぎにもかかわらず店の中は盛況で、家族連れやカップルの姿が多くみられた。ウエイトレスに案内され、ふたりはカウンター近くの席に座った。渡されたメニュー表をアンヌは食い入るように見つめる。

「ここから選ぶのね?」
「ああ、そうだ。」
「どれも美味しそうだわ。ううん。迷ってしまうわね。」
「俺はもう決まってるけどな。」
「ええ?どれにするの?」
「ビール。」

 ジョッキを持つジェスチャーをしながらグルートは断言したが、アンヌはびっくりした様子で「まあ」と声を上げた。

「ビールはお酒であってご飯ではないわ。それに晩酌にはまだ早いし……。」
「いいんだよ。ほら、俺の心配よりさっさとてめぇの飯決めな。」
「もう、グルートったら。」

 昼間から飲酒をするなんて…と思いかけたが、少し考えるとグルートが飲んでいる様子が簡単にイメージできて、その違和感のなさにアンヌは小さく笑った。なるほど、彼ならそんな些細な目は気にしないで堂々と酒を飲むだろう。
 グルートに言われた通り、再びアンヌはメニューに目を戻し、ううんと唸る。空腹も相まってどれもこれも食べたくなってしまう。グラタン、ハンバーク、ドリア……。メニュー表を捲る度に新しい食欲が沸き起こる。可愛らしく盛りつけられたデザートも魅力的だった。

 度重なる問答の末、アンヌは決心したようにうんと頷き、グルートを見た。それで察した彼はウエイトレスを呼んで注文をする。グルートはビール、アンヌはギネマの実のボロネーゼ風パスタに決めた。


「美味しい!」

 料理が運ばれてきてアンヌの溢した第一声はまるで幼い子供のようなはしゃぎようだった。ボロネーゼをパスタに絡め口に運ぶと、程よいマトマの実の酸味のあと、挽肉のジューシーな肉感が口内に広がる。パスタも硬すぎず柔らかすぎず、丁度良い塩梅でアンヌは幸せそうに頬張った。

「ミネズミみてぇだな。いや、ラッタか?」
「もう少しオブラートに包んでほしいわ。」
「じゃあ、コラッタ。」
「……あまり変わらないじゃないの。」

 アンヌがパスタを絡めている間にグルートはジョッキ4杯目に突入しており、普段にも増して皮肉めいたジョークを飛ばす。少し酔っているのかもしれない。浴びるような勢いでジョッキいっぱいの酒を一気に飲み欲し、彼は既に5杯目のおかわりを注文していた。
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