shot.17 開幕!PWT!

「派手にやられたねぇ、キョウスケ。」
「うるせー…。」
「任せときな、仇は取ってやるよ。」

 キョウスケの後ろに控えていたモヒカン頭の女が一歩前に出る。モニターに姿と共に名前が映し出され、そこにはオニヒメと書かれていた。

「サイルーンお姉さん、お願い。」
「ええ。」

 続いてサイルーンが現れる。彼女が登場すると観客席が騒めき出す。歓喜と動揺が入り混じった感じだ。

「あれって……ミュージカルホールのサイルーンじゃないか?」
「ええっ!嘘でしょっ!?」

 彼女が劇団を辞めたということはニュースになっていたが、まさかPWTに出て来るとは誰も予測していなかったのであろう。
 対戦相手のキョウスケもオニヒメも、目を丸くさせていたが、やがて女の方はにやりと面白そうに笑む。

「顔は狙わないでおこうか?」
「あら優しいのね。でもお気遣いなく。美しさのあまり当てられないと思うから。」
「ははっ、いいねぇ!その余裕!大物女優って感じだ。」

 周囲の動揺を他所に、二人の間には緊迫と静寂が流れていた。フィールドの中心まで歩き、二人が対峙する。
 それを確認した審判が手を上げた。ホイッスルと共に開始のアナウンスが響く。

「ドリル嘴だ!」
「任せときなぁ!」

 やはり先手必勝は彼の十八番。キョウスケは声を張り上げて、オニヒメに向かって指示を飛ばす。

(速い…!)

 到底人間の目では捉えられぬ速度。オニヒメは体を回転させながら、自らの肉体をドリルのようにして、サイルーンに向かって突っ込んできた。

「冷凍ビームよ!」
「姐御、避けろ!」

 アンヌの声に応じて、サイルーンは手から氷の柱を生み出す。攻撃を察知したオニヒメは即座に後退する。掠った腕に凍傷がみられた。

「ひゅー、…やるね。」
「アナタもね。素敵な身のこなし。」

 互いを称え合う。「両者一歩も譲りません!」と高揚した様子の実況が響く。大きな歓声。観客の期待感とボルテージは段々と上がっていく。

「アクアリング!」

 歓声に飲まれそうになる自分を、アンヌは奮い立たせる。彼女は数分おきに徐々に体力を回復をするアクアリングを使って、バトルの土台を作ることを考えた。

「ドリル…」
「追い風!」
「はぁ!?」

一方キョウスケは再びドリル嘴をオニヒメに指示しようとしたが、それを無視して彼女が追い風を発動する。攻撃技を主体とした戦術を好む彼は、補助技を使おうとする彼女に不服な顔をした。

「いいだろ、今は風を感じたい気分なんだ。」

 だがオニヒメの鋭い眼差しと凛とした覇気に圧倒され、口を噤む。目を伏せた。彼女の本気度を感じ取った彼は少し呆れた顔をしつつ、頑なな彼女を微笑ましく思い、ふっと笑った。

「……わあったよ。」

 フィールドに強い風が吹き付ける。びゅうびゅうと音を立てながら砂埃が舞う。オニヒメが両手を広げると、彼女を支援するように風が体を通り抜けた。

「気持ちのいい風ね。」
「だろ?けどアンタにとっちゃ向かい風かもね。」
「そよ風よ。」 

 風に追い上げられてスピードが増したオニヒメが、乱れ突きを繰り出す。
 間髪を入れずに、次々と襲いかかる拳の乱打にサイルーンは防戦一方。

「オラ、オラ、どうした!一丁前なのは口だけかい!?」
「っ!」
 
 激しい攻撃を防ぎ切れず、鳩尾に激しい一撃を叩き込まれるサイルーン。勢いのある力に弾き飛ばされ、彼女の余裕のあった表情は苦痛に歪む。

「サイルーンお姉さん!」
「……問題ないわ、次の指示を頂戴。」

 アンヌを信じ、戦いを託す。サイルーンは彼女に自分を使ってトレーナーとしての経験を積んで欲しいと思っていた。視線が交錯し、アンヌが頷く。
 アクアリングがサイルーンの体に受けたダメージを回復した。

「冷凍ビーム!」
「その技は見切ってんだよ!姐御、空を飛ぶだ!」

 キョウスケの指示でオニヒメはフィールドの上空に飛ぶ。空中に浮いた彼女は、サイルーンの冷凍ビームを軽々と避ける。

「これでは攻撃が当たらない!さあ、一体どうする!?」

 高ぶる実況に、観客達もわあっと沸き立つ。一進一退の攻防に誰もが目を奪われていた。
 アナウンサーの言う通り、空を飛んでいる状態では通常の攻撃は当たらない。――だが、それこそがアンヌの狙いだった。

「サイルーンお姉さん!竜巻よ!」

 サイルーンが手を伸ばす。オニヒメを支援する追い風すらも巻き込んで、天上の雲から地上へと風が渦を巻く。空中にいたオニヒメはその渦に体を飲まれる。

「うあぁあああ!」

 高速回転する渦の中心から、勢いよく地面に叩きつけられ、オニヒメは体を強打する。

「姐御!」
「ぐっ……っ。」

 立ちあがろうとするオニヒメだったが痛みで指を動かすのがやっと。キョウスケが彼女に駆け寄る。体中傷だらけになりながらも、その口許は穏やかに笑んでいた。

「勝負あったわね。」

 身を翻し、サイルーンがウインクをすると再び歓声が辺りを包んだ。
 審判が動けないオニヒメの様子を確認して、試合終了のホイッスルが響く。

「あーあ。負けた!けど、清々しい痛みだぜ。」

 キョウスケに肩を借りながら、オニヒメはサイルーンに向かって親指を立てた。全力を出し切り、振っ切れた笑顔を浮かべる彼女がいた。
 その後、オニヒメは駆けつけたレスキューへと引き渡される。

「Winner!アンヌ!」

 三戦のうち先に二勝し、トーナメントの一回戦を制したのはアンヌだった。

 キョウスケは拳を震わせ、俯く。アンヌは少し戸惑いながらも、彼に向かってゆっくりと手を差し出す。

「ありがとう、キョウスケ。あなたと戦えてよかったわ。」

 沈黙。アンヌは彼の方を見つめて、じっと反応を待った。
 間を置いて、キョウスケが顔を上げる。その瞳は少し潤み、鼻は薄らと赤くなっていた。

「……お前、なんだっけ名前。」
「アンヌよ。」
「アンヌ。次はゼッテー勝つからな。」
「ええ。」
「それまで負けんじゃねーぞ!」

 二人の頬を、緩やかで心地の良い風が撫ぜる。
 勢いよく彼女の手をとり、キョウスケはアンヌと固い握手を交わす。込められた力、その力強い温もりの中には負けた悔しさも混じっていた。
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