shot.17 開幕!PWT!
観客席から聞こえる歓喜の声と熱狂の嵐。開会を宣言するアナウンスが会場に響き渡る。スタジアムを見渡すことができる個室の観覧席――所謂VIPルームにギルバートはいた。広いリクライニングソファにゆったりと腰をかけ、シャンパンを手にするこの優雅な時間こそ権力を持つものだけに許された格別な瞬間だ。選手も観客すらも、この状況を操作している彼にとっては自身を楽しませ、弄ぶ玩具に過ぎない。
参加者のリストの中にあるアンヌの名を見て、彼の口許は愉悦に緩む。
「しかし、宜しかったのですか?バトルに不慣れなアンヌ様にとっては、苦境を強いられるかと。」
「それで良い。あの中で野良犬が要になっているのは間違いない。ならばその要を失った時に彼女はどうするのか?……俺はアンヌさんのトレーナーとしての資質を見たいのだよ。」
アンヌの名を指で線を引くようになぞる。かつて真っ直ぐにこちらを睨み付けた彼女の眼差しが思い出される。その瞳の奥に宿る強さ――…一瞬でもこの俺に畏れを抱かせた少女の正体を知りたい。追い詰められた状況に於いてこそ、彼女の輝きはその光を増すはずだとギルバートは睨んでいた。
「――さて、どうする?」
グルートとの繋がりが絶たれた今、彼女がどう魅せてくれるのか。彼は楽しみでならなかった。
◇◆◇◆◇
スタッフに呼ばれ、アンヌは控え室を出て、バトルの舞台に向かう。大会の初戦を飾るということもあって、彼女の緊張は益々高まっていた。普段は余裕を絶やさないブレイヴでさえも顔を強張らせて、畏まった風で口数が少ない。ジェトも視線を落ち着きなく瞳を動かして、何度もアンヌの顔を確認している。サイルーンだけは何時もと変わらぬ微笑みを浮かべていた。やはりミュージカルの経験から、彼女は大きな舞台に慣れているのだろうか。
「不安はないの?」
「ううん。緊張してる。」
「そうは見えないわ。」
「そういう顔をしているの。でも、そういう顔をするのが大事なの。」
「…私には少し難しいわ。」
「そのうち、できるようになるわよ。」
サイルーンの穏やかさはアンヌにも伝わり、彼女は胸に手を当て、自身の鼓動を感じながら控え目に頷く。
――そこへ見知った顔が現れる。アンヌ!と快活な声で名を呼ばれて、彼女が振り返ると、メイランが走って追いかけて来ている姿があった。その傍にシュエンと、もうひとりジェトと同い年ぐらいの少年が立っている。
「エールを贈りに来たヨ!」
「ありがとう。とっても嬉しいわ。胸が張り裂けそうなぐらい、緊張していたところだったの。」
メイランは不安げに目を伏せるアンヌの手を取り握り締める。手のひらを通して伝わる彼女の温もり。震える手を鎮めてくれるような、愛おしさが滲んでいた。
「誰だって初めては怖いヨ!アタシもそうだった。初めて出た大会は立ってるだけで精一杯だったヨ。」
「メイランも?」
「うん!けど、仲間が傍にいてくれるって気づいたから、怖くなくなったんだ。アンヌにも一緒に戦ってくれる仲間がいるでしょ、だから大丈夫!」
彼女に促されてアンヌは周囲を見渡す。ブレイヴもメイランの言葉に気付かされたという顔をして、はっとしていた。その瞬間、彼と目が合い、彼はにぃっと頬を吊り上げ輝かしい笑顔を見せてくれた。心を照らしてくれる勇気のスマイルだ。ジェトの心細そうな表情は変わらないが、アンヌに寄り添うようにぴたりとくっつく。その優しい想いは彼女にも伝わる。口許に手を当てて、サイルーンは優雅に微笑む。
「素敵なライバルの誕生ね。」
「この一回戦、アンヌが勝って、アタシも二回戦を勝ち抜いたら、次はアタシ達の番だからネ!ヨロシク!」
「おい。メイラン。そろそろ行くぞ。俺たちも胡座をかいている程、暇じゃない。」
メイランの傍にいた赤髪の少年が、痺れを切らした様子で会話に割り込む。アンヌを値踏みするように一瞥する。後ろで一本に結われた長い三つ編みを靡かせながら身を翻し、彼だけ先に足早に立ち去ってしまった。
「良いコなんだけど、素直じゃないんだ!」と両手を合わせて、メイランは謝るポーズをする。思わずタイガのことを思い出して、ふっと小さく笑みが溢れた。心優しい彼女の友達なのだから、そうなのだろうとアンヌは思った。
手を振るメイランとシュエンに見送られ、アンヌは真っ直ぐに前を向く。心の準備など幾ら時間を置いても出来そうになかった。けれど足が、体が、今からその先へと向かおうとしている。
後に続いて大きな拍手と観客の声が彼女たちを出迎えた。
参加者のリストの中にあるアンヌの名を見て、彼の口許は愉悦に緩む。
「しかし、宜しかったのですか?バトルに不慣れなアンヌ様にとっては、苦境を強いられるかと。」
「それで良い。あの中で野良犬が要になっているのは間違いない。ならばその要を失った時に彼女はどうするのか?……俺はアンヌさんのトレーナーとしての資質を見たいのだよ。」
アンヌの名を指で線を引くようになぞる。かつて真っ直ぐにこちらを睨み付けた彼女の眼差しが思い出される。その瞳の奥に宿る強さ――…一瞬でもこの俺に畏れを抱かせた少女の正体を知りたい。追い詰められた状況に於いてこそ、彼女の輝きはその光を増すはずだとギルバートは睨んでいた。
「――さて、どうする?」
グルートとの繋がりが絶たれた今、彼女がどう魅せてくれるのか。彼は楽しみでならなかった。
スタッフに呼ばれ、アンヌは控え室を出て、バトルの舞台に向かう。大会の初戦を飾るということもあって、彼女の緊張は益々高まっていた。普段は余裕を絶やさないブレイヴでさえも顔を強張らせて、畏まった風で口数が少ない。ジェトも視線を落ち着きなく瞳を動かして、何度もアンヌの顔を確認している。サイルーンだけは何時もと変わらぬ微笑みを浮かべていた。やはりミュージカルの経験から、彼女は大きな舞台に慣れているのだろうか。
「不安はないの?」
「ううん。緊張してる。」
「そうは見えないわ。」
「そういう顔をしているの。でも、そういう顔をするのが大事なの。」
「…私には少し難しいわ。」
「そのうち、できるようになるわよ。」
サイルーンの穏やかさはアンヌにも伝わり、彼女は胸に手を当て、自身の鼓動を感じながら控え目に頷く。
――そこへ見知った顔が現れる。アンヌ!と快活な声で名を呼ばれて、彼女が振り返ると、メイランが走って追いかけて来ている姿があった。その傍にシュエンと、もうひとりジェトと同い年ぐらいの少年が立っている。
「エールを贈りに来たヨ!」
「ありがとう。とっても嬉しいわ。胸が張り裂けそうなぐらい、緊張していたところだったの。」
メイランは不安げに目を伏せるアンヌの手を取り握り締める。手のひらを通して伝わる彼女の温もり。震える手を鎮めてくれるような、愛おしさが滲んでいた。
「誰だって初めては怖いヨ!アタシもそうだった。初めて出た大会は立ってるだけで精一杯だったヨ。」
「メイランも?」
「うん!けど、仲間が傍にいてくれるって気づいたから、怖くなくなったんだ。アンヌにも一緒に戦ってくれる仲間がいるでしょ、だから大丈夫!」
彼女に促されてアンヌは周囲を見渡す。ブレイヴもメイランの言葉に気付かされたという顔をして、はっとしていた。その瞬間、彼と目が合い、彼はにぃっと頬を吊り上げ輝かしい笑顔を見せてくれた。心を照らしてくれる勇気のスマイルだ。ジェトの心細そうな表情は変わらないが、アンヌに寄り添うようにぴたりとくっつく。その優しい想いは彼女にも伝わる。口許に手を当てて、サイルーンは優雅に微笑む。
「素敵なライバルの誕生ね。」
「この一回戦、アンヌが勝って、アタシも二回戦を勝ち抜いたら、次はアタシ達の番だからネ!ヨロシク!」
「おい。メイラン。そろそろ行くぞ。俺たちも胡座をかいている程、暇じゃない。」
メイランの傍にいた赤髪の少年が、痺れを切らした様子で会話に割り込む。アンヌを値踏みするように一瞥する。後ろで一本に結われた長い三つ編みを靡かせながら身を翻し、彼だけ先に足早に立ち去ってしまった。
「良いコなんだけど、素直じゃないんだ!」と両手を合わせて、メイランは謝るポーズをする。思わずタイガのことを思い出して、ふっと小さく笑みが溢れた。心優しい彼女の友達なのだから、そうなのだろうとアンヌは思った。
手を振るメイランとシュエンに見送られ、アンヌは真っ直ぐに前を向く。心の準備など幾ら時間を置いても出来そうになかった。けれど足が、体が、今からその先へと向かおうとしている。
後に続いて大きな拍手と観客の声が彼女たちを出迎えた。