shot.16 貴方の世界に届かない

「マジで悪かった!この通りだッ!」

 アンヌが会場のエントランスに戻ると、開口一番ブレイヴが謝罪の言葉を述べて、その場で土下座をした。勢い余って額を床に打ち付け、ゴンっと痛そうな音が響く。アンヌは目をぱちくりさせ、彼の行動に戸惑った。周囲の人々からの好奇の眼差しが痛い。

「PWTに出たいからってダチを傷つけるようなこと言うなンて……オレ様ってばどうかしてたぜ!」
「ええと…そのことなのだけれど……。」

 アンヌはギルバートから受け取ったトレーナーカードを、徐にブレイヴの前に差し出す。顔を上げた彼はそれを見て、間の抜けた顔をする。

「なンだそれ。」
「トレーナーカードよ。スタッフさんに確認したら、既にPWTへのエントリーもされてるみたいだわ。」
「REALLY!?一体どういうこった!?」
「空から降ってくるはずないものね。」

 驚くブレイヴの横で、サイルーンが訝しげにトレーナーカードを見つめる。鋭い彼女の指摘に思わずアンヌも苦い顔になり、気まずそうに視線を落とす。

「実は……つい先程、ギルバートさんから頂いたもので。」
「何ですって!?」
「ギルバート…って……あの……。」

 その名をアンヌの口から聞いたサイルーンは驚きを露わにし、ジェトは先の敗北を思い出して顔が強張る。
 
「彼が何を考えているのかわからないけれど、とても親切にしてくれて…怖いくらいだったわ。」
「また碌でもないことを企てているんじゃあないの?」
「ええ、彼も会場で試合を観覧するようだし……。」
「益々、怪しいわね……。」
「ま、わかンねーことをウダウダ考えてもしゃーねーだろ!こうなりゃオレ様達がテッペンとって、ヤツをビビらせてやろうぜ!なぁジェト!HAHA!」
「…切り替え…はや……。」

PWTへの参加権を手にしたことを知るや否や、ブレイヴは笑みを浮かべ、上機嫌で呆れ顔のジェトと肩を組む。沈んでいた彼は調子良く、いつもの陽気さを取り戻していた。
 ブレイヴの立ち直りの早さに一同は目を丸くさせた。けれど、次第に明るい笑い声を響かせる彼につられて、ふっとサイルーンの表情も緩む。

「確かに、ブレイヴちゃんの言うことにも一理あるわね。ここはあの男に勝つ為にも、経験の場として利用させてもらいましょう。幾らあのひとでも人目のある場所では迂闊に手を出せないでしょうし。」
「おうよ、あのクソ野郎の企みごとブッ飛ばしてやろうぜ!」
「いいアイデアね。」

 世界中からポケモントレーナーが集まる場所。サイルーンの言う通り、ポケモンのブレイヴ達にとってもトレーナーのアンヌにとっても、ポケモンバトルの経験を積む、良い機会には違いない。

「でもトレーナーの力量も試される場なのでしょう?私…戦い方も指示した経験も無いから不安だわ。」
「それなら……これ。タスク…ってひとが…アンヌにあげるって。」

 ジェトがアンヌに一冊の本を差し出す。表紙にはポケモンバトル入門書と書かれていた。そうだ、とサイルーンも思い出したように声を上げる。

「アンヌちゃんがバトルに参加した経験がないって話したら、タスクちゃんがくれたのよ。自分は読み終わったからもう必要ないって。初心者でも一通り読めばバトルの基礎は理解できるようになるらしいわ。」
「本当に?とっても助かるわ。」

 開始まで残り数時間しかなかったが、何もしないよりはいい。少しでも知識を詰め込んで、みんなのトレーナーとして恥ずかしくないようにしておきたいと、彼女は本を受け取った。

「ボクも一緒に……勉強していい?…アンヌの役に立てるように…なりたい…から。」
「ありがとう、心強いわ。」
「いざとなったら、バトルのプロフェッショナルのグルートちゃんを頼れば大丈夫よ!ねぇ、グルートちゃん?」
「あ?……ああ。」

 サイルーンは笑みを浮かべながら、グルートとアンヌを交互に見る。……が、歯切れの悪いグルートと、彼と視線を合わせようとしないアンヌに彼女は違和感を覚え、首を傾げる。
 二人の間には、未だにぎこちない空気が流れていた。
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