shot.16 貴方の世界に届かない

「で、女を懸けて偉そうに喧嘩ふっかけた手前、引くに引けなくなったってわけか。自業自得だな。」

 スタジアムの前でグルート、サイルーンと合流して経緯を話すと開口一番、グルートの口から辛辣な言葉が溢れた。的確な指摘にぐうの音も出ず、ブレイヴは視線を泳がせる。下心を見透かされ、普段はっきり物を言う彼にしては珍しく狼狽えていた。

「ごめんなさい、ブレイヴ……。」
「お前が謝ることねぇよ。この馬鹿が自滅しただけだ。」
「……ボクも…そう思う。」
「ち、チクショオ〜ッ!」

 グルートをライバル視しているジェトでさえも、今回ばかりはグルートの意見に同意した。結託する二人にブレイヴは子供のように拗ねて、不満げな顔をする。

「みんな冷たいわね。アタシが代わりにデートしてあげるから元気出して頂戴、ブレイヴちゃん。」
「お断りだ!オレ様はディアナちゃんがいいんだよ!」
「あら、振られちゃった。」

 全力で拒否するブレイヴに、サイルーンは少し残念そうに眉を下げる。冗談混じりの中に彼女の本気が感じられたのは気のせいか。

「つーか、何なンだ!てめェはよォ!」
「ええと、僕はタスク…。」
「名前じゃねェよ!バッドにトレーナーのダチがいるなんて…そもそもアイツのダチなんてあのオタク以外しらねーぞ!?」

 皆の注目はバッドのトレーナーとして突如現れた青年に向けられる。彼はタスクという名で、カノコタウン出身のポケモントレーナーのようだ。穏やかな好青年という印象で、あの凶悪なバッドとは関わりを持ちそうにない雰囲気だった。脅されているのではないかと勘繰ってしまう。

「僕もいきなり連れてこられて、びっくりしてるんだ。彼とはついさっき知り合った…っていうか、見かけただけだから。」
「見かけた?」
「少し前のことなんだけど…バッドさんが女の子を襲おうとしてるように見えて、止めに入ろうとしたんだ。でも彼は、ただ彼女に見惚れて固まっていただけで…。勘違いしてしまったことが恥ずかしくて、咄嗟に逃げたから僕のことなんて気づいてないって思ってたんだけど……。」

 彼の言う女の子とはディアナのことだろうか。彼女に骨抜きにされたバッドを思い出して、合点がいく。

「さっき突然、近くで『PWTにオレと出ろ』って声かけられて、今に至るって感じかな。」
「まあ…それは心配だわ。無理強いをされているということじゃあ…。」
「威圧感は…すごかったけど。でも声をかけて貰えて、僕も助かったんだ。」
「え?」

 アンヌはタスクの身を案じたが、彼の口から溢れた意外な言葉に目を丸くさせる。困惑だけでなく、期待を抱いているような前向きな雰囲気が彼から感じられた。

「ずっとポケモンバトルの大会に出たいって思ってたから。でも僕、モンスターボールを投げるのが苦手で全然ポケモンを捕まえられなくて……。その内、一緒に旅を始めたポケモンにも愛想尽かされて、道中で別れてしまって……。仲間がいなければ大会にも出られないから、出場は諦めてたんだ。」

 彼は仲間のポケモンがいない、一風変わったポケモントレーナーだったようだ。そんなトレーナーは聞いたことがないと、ポケモンであるグルート達も驚いた様子で顔を見合わせていた。

「ポケモンが襲いかかってきたりすることもあっただろ。草むらとか洞窟とか。一体どうしてたんだよ。」
「自慢にもならないけど……昔から存在感ないってよく人から言われてて…僕が草むらに入っても野生のポケモンに気づかれなくて、なんとかなったんだ。」
「影の薄さもそこまでくればもはや才能だな……。」

 グルートの言う通り、野生のポケモンにも気づかれないのは、ポケモンの特性に引けを取らない能力だ。
 「そんな風に言ってもらえたの初めてだよ。」とタスクは少し照れ臭そうに頭を掻く。グルートは唖然としていただけで、誉めているわけではなかったのだが。しかし、相棒のポケモンに見捨てられた割には、然程気に病んでいないようだった。……ある意味、彼は大物なのかもしれない。

「PWTにバッドさんのトレーナーとして出られることになったから、彼には感謝してるんだ。彼もトレーナーがいなくて困っていたみたいだったから。」
「成る程ね、よかったじゃない。」

 サイルーンに微笑みかけられ、タスクもつられて嬉しそうに笑う。
 バッドとパーティーを組むことによって望んでいた大会への出場権を手にすることができたのなら、タスクにとっては悪いことばかりではなかったのだろう。彼が無理強いされたのではないと知って、アンヌはほっと胸を撫で下ろす。

「全然良くねェだろ!」

 ーーが、和やかな雰囲気を遮るように、沈黙していたブレイヴが声を荒げる。

「あンな悪者と組むよりHEROのオレ様と組もうぜ!オレ様の方が強いし、ゼッテー優勝できるぜ?なぁ、そうしようぜ!」
「気持ちは嬉しいけど、ごめん。最初に誘ってくれたのはバッドさんだから。彼のことを裏切るわけにはいかないよ。」
「ンなこと言わずにーー」
「ブレイヴ、無理を言っちゃ駄目よ。」

 アンヌは少し語気を強めてブレイヴを嗜める。理由はともかく、ブレイヴがPWTに出たいという強い気持ちは彼女も理解していたが、他のトレーナーに迷惑をかけるようなことはして欲しくなかった。
 ……けれど彼は注意をしたアンヌに対して、苛立った様子で睨み、詰め寄る。強気な彼の態度に彼女は、一瞬怯んだ。

「そもそも、おめェがトレーナーカード持ってないのが悪いンじゃねーか!トレーナーの癖によ!」

 やり切れない怒りの矛先は、八つ当たり的にトレーナーであるアンヌに向く。
 一般的にトレーナーはトレーナーカードを所持しているもので、そう言われてしまえば彼女に返す言葉はなかった。

「それは…!申し訳ないと思っているわ。」
「チッ、こりゃさっさと激マブの女の子のトレーナー見つけてCHANGEするしかねーな!」

 胸がちくりと痛む。嫌味の籠ったブレイヴの鋭い言葉に、アンヌは目を伏せて口を噤んだ。反射的に彼に言いたいことが沸き上がるが、負い目もあり、上手く言葉にできない。
 他の仲間も何か言いたげに口を開こうとしたがーー、それよりも先にブレイヴの体が吹っ飛んで、アンヌの視界から消えた。咄嗟のことに何が起こったか分からず、彼女は息を呑む。

「……お前、アンヌに甘えるのもいい加減にしろよ。」

 グルートがアンヌを庇うように前に立って、その先に尻餅をついているブレイヴがいた。彼は頬を押さえて、口の端から一筋血を零している。

「ってェな!何すンだよ!」
「今までアンヌにどれだけ世話になったか忘れたのかよ。今回だって聞く必要もねぇてめぇの我が儘に、アンヌはここまで付き合ってくれたんだ。」
「……う。」
「それに感謝もしないで恩を仇で返すような奴がヒーロー気取りとは、最高に笑えるぜ。」

 眉間に皺を寄せて、険しい顔でグルートはブレイヴを見下ろす。倒れたブレイヴを引きずり起こすように胸ぐらを掴んだ。いつもの軽口の時とは全く違う鋭い威圧感に、ブレイヴは目を見開いたまま言葉を失った。

「てめぇで選んだトレーナーだろうが。なら最後までその選択に責任を持て。……代わりなんて軽々しく口にするんじゃねぇよ。」

 ブレイヴを睨みつける彼の瞳は、激しい怒りと共に深い悲しみを宿していた。彼に向かって説教をしているようで、どこか自分に言い聞かせているようなーー。

 長い沈黙の後、グルートは掴んでいた手を乱暴に突き離す。ブレイヴは反動で地面に再び放り出される。手を着きながら彼は何も言えず、消沈した様子で俯いていた。

 グルートはポケットから煙草を咥えながら、何も言わずにその場を立ち去る。白煙が風に靡いて、ふっと宙に消えた。

「グルート……。」

 名を呼ぶアンヌの声は彼には届かない。その後ろ姿がひどく寂しそうに見えて、彼女は胸が締め付けられた。
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