shot.2 I am The HERO!
「それで、これからどうするの?」
「さあな。」
「……もしかして何も考えていなかったりして……。」
「まさかシャルロワ財閥の令嬢を掻っ攫うことになるとは思ってもみなかったんでな。」
煙草を銜えながらグルートが皮肉っぽく言う。頭を垂れるアンヌに「冗談だ。」と相変わらず悪い笑みを浮かべる。……どうやら彼には少々意地の悪いところがあるらしい。
「それなら私、色んなところを旅してみたいわ。イッシュ地方には沢山美しい場所があるって聞いたことがあるもの。」
「で、それに御供するのは?」
アンヌも負けじとグルートを見つめる。連れ出した時から薄々そうなるだろうと思っていたが、こうもあからさまに熱い視線を向けられてはグルートも苦笑する他になかった。
「ま、連れ出した俺にも責任あるしな。仕方ねぇ、付き合ってやるよ。」
「ありがとう、グルート!」
顔を見合わせると、芝居がかった風にジョークを飛ばしあっていたさっきまでの状況が、途端に面白おかしく思えてきて互いに吹き出してしまった。グルートとは昨夜出会ったばかりだというのに、彼といるとアンヌはとても心地が良かった。今まで気持ちを抑えてきたのが嘘みたいにすらすらと言葉が出てくるのだ。
「――それでね、もうひとつお願いがあるのだけれど……。」
切り出されたアンヌの声色からグルートはそのお願いの中身を聞かずとも、既に振り回されるような予感がしていた。
◇◆◇◆◇
「すごい、色々なお洋服があるわ!」
ふたりがやってきたのはポケモンセンターの中にあるブティックだった。
……というのも着の身着のまま家を出たアンヌは部屋着のままだったのだ。部屋着といっても財閥令嬢の身につけているものだ、物もよく、グルートの目には普通の洋服と差異のないように見えていたのだが。どうやら育ちのいいお嬢様は外での身なりが気になって仕方がないらしく、「お洋服が欲しい!」とせがんできたのだ。呆れながらも、真っ直ぐな瞳で乞われてはグルートも折れるしかなかった。(おまけに今の服装を隠す為にジャケットまで貸すことになった。)
「私ね、自分でお洋服を選ぶのって初めてなの!」
きらきらという言葉を体現するようにアンヌは目を輝かせ、洋服を手に取りながら頬を緩ませる。こうしてみればどこにでもいる年相応の少女だ。振り回されているグルートは小言を呟きながらも、アンヌを見つめる視線は穏やかなものだった。
「ねぇ、グルートはどちらがいいと思う?」
「あ?」
話しかけられるとは思っていなかったグルートは無愛想な返事をする。(といっても、彼に愛想が無いのはいつものことかもしれないが。)
アンヌは二色のシャツをグルートの前に差し出した。一つは青色、もう一つは薄紫色だ。どうやら、どちらの色にしようか悩んでいるらしい。「どっちでもいいだろ。」と彼が思ったことを口にすると、彼女は「だめ。」と強く首を横に振った。どうやら答えを出すまで許してくれないようだ。
「……薄紫。」
仕方がないので、グルートは渋々答えを出す。紫には高貴なイメージがあるとかなんとかという曖昧な記憶があったというだけで深い意味もなく、そう答えたのだが。アンヌは顎に手を当て、もう一度考えるような仕草をして、うんと満足げに頷いた。
「じゃあそうしようかな。」
「おい、そんなんでいいのかよ。自分で決めるのが良かったんじゃねぇのか。」
「いいの。グルートと一緒に決めた方が楽しいもの。」
「何だそりゃ。」
お嬢様の我儘に翻弄され、呆れながら薄ら笑むグルートだったが、心底嬉しそうに薄紫色のシャツを抱きしめるアンヌを見て、それ以上何も言えなかった。この少女にはひとを丸め込んでしまう空気感があるらしかった。
◇◆◇◆◇
――だが、ひとつ。世間知らずのお嬢様にはある大きな問題があった。それは。
「お会計、――5,000ポケドルになります。」
ちゃりん、という軽快なレジスターの音がした後、満面の営業スマイルをした男性店員の言葉にアンヌは硬直した。
(そ、そうだわ、お外の世界では、物や食べ物を手に入れるのには「お金」というものが必要って聞いたことがあるわ。)
屋敷内では金がなくとも必要なものは全て手に入った。故にアンヌは金というものを使ったことがなく、その存在を意識したこともなかったのである。勿論、持っているわけもなく――。グルートに泣きつくことになるのは自然の流れだった。
「金持ちだからって金持ってるとは限らねぇんだな。」
「ごめんなさい……。」
やれやれ、とグルートはズボンのポケットから財布を取りだす。札を取りだそうと中身を覗く。レシート、領収書……目につくのはそういう紙切ればかりで。
現実逃避をするように二つ折りの財布をそっと閉じる。そしてグルートは頭を抱えた。……そういえば、屋敷に忍び込む前の景気付けに、有り金を全部使ってビールを飲んだことを思い出す。酔っ払っていたせいであまり記憶がないが。
「金が無ぇ。」
「ええっ――!?」
さらっと溢された彼の言葉にアンヌの不安は増大する。しかし後先を考えないグルートにとって、金欠になるのはそう珍しいことではなかった。だからこそこういうときの潜り抜け方も彼は良く知っていた。
店員に何か同意を求めるようにアイコンタクトをとる。すると店員もまた、承知したように頷いた。商品をカウンターに預け、一言二言、会話を交わしたあとグルートは店員が指示した方に向かって歩き出す。アンヌは彼が何をしようとしているのか見当もつかず、ただ間抜けな顔をして後ろをついていくことしかできなかった。
「ねぇ、何をするつもりなの?」
「決まってんだろ。お前の服を買うつもりだ。」
「え?でも……。」
「見てりゃわかるさ。」
困惑するアンヌの頭を乱雑に撫でて、彼はまた企むような意地の悪い笑みを浮かべた。
「さあな。」
「……もしかして何も考えていなかったりして……。」
「まさかシャルロワ財閥の令嬢を掻っ攫うことになるとは思ってもみなかったんでな。」
煙草を銜えながらグルートが皮肉っぽく言う。頭を垂れるアンヌに「冗談だ。」と相変わらず悪い笑みを浮かべる。……どうやら彼には少々意地の悪いところがあるらしい。
「それなら私、色んなところを旅してみたいわ。イッシュ地方には沢山美しい場所があるって聞いたことがあるもの。」
「で、それに御供するのは?」
アンヌも負けじとグルートを見つめる。連れ出した時から薄々そうなるだろうと思っていたが、こうもあからさまに熱い視線を向けられてはグルートも苦笑する他になかった。
「ま、連れ出した俺にも責任あるしな。仕方ねぇ、付き合ってやるよ。」
「ありがとう、グルート!」
顔を見合わせると、芝居がかった風にジョークを飛ばしあっていたさっきまでの状況が、途端に面白おかしく思えてきて互いに吹き出してしまった。グルートとは昨夜出会ったばかりだというのに、彼といるとアンヌはとても心地が良かった。今まで気持ちを抑えてきたのが嘘みたいにすらすらと言葉が出てくるのだ。
「――それでね、もうひとつお願いがあるのだけれど……。」
切り出されたアンヌの声色からグルートはそのお願いの中身を聞かずとも、既に振り回されるような予感がしていた。
「すごい、色々なお洋服があるわ!」
ふたりがやってきたのはポケモンセンターの中にあるブティックだった。
……というのも着の身着のまま家を出たアンヌは部屋着のままだったのだ。部屋着といっても財閥令嬢の身につけているものだ、物もよく、グルートの目には普通の洋服と差異のないように見えていたのだが。どうやら育ちのいいお嬢様は外での身なりが気になって仕方がないらしく、「お洋服が欲しい!」とせがんできたのだ。呆れながらも、真っ直ぐな瞳で乞われてはグルートも折れるしかなかった。(おまけに今の服装を隠す為にジャケットまで貸すことになった。)
「私ね、自分でお洋服を選ぶのって初めてなの!」
きらきらという言葉を体現するようにアンヌは目を輝かせ、洋服を手に取りながら頬を緩ませる。こうしてみればどこにでもいる年相応の少女だ。振り回されているグルートは小言を呟きながらも、アンヌを見つめる視線は穏やかなものだった。
「ねぇ、グルートはどちらがいいと思う?」
「あ?」
話しかけられるとは思っていなかったグルートは無愛想な返事をする。(といっても、彼に愛想が無いのはいつものことかもしれないが。)
アンヌは二色のシャツをグルートの前に差し出した。一つは青色、もう一つは薄紫色だ。どうやら、どちらの色にしようか悩んでいるらしい。「どっちでもいいだろ。」と彼が思ったことを口にすると、彼女は「だめ。」と強く首を横に振った。どうやら答えを出すまで許してくれないようだ。
「……薄紫。」
仕方がないので、グルートは渋々答えを出す。紫には高貴なイメージがあるとかなんとかという曖昧な記憶があったというだけで深い意味もなく、そう答えたのだが。アンヌは顎に手を当て、もう一度考えるような仕草をして、うんと満足げに頷いた。
「じゃあそうしようかな。」
「おい、そんなんでいいのかよ。自分で決めるのが良かったんじゃねぇのか。」
「いいの。グルートと一緒に決めた方が楽しいもの。」
「何だそりゃ。」
お嬢様の我儘に翻弄され、呆れながら薄ら笑むグルートだったが、心底嬉しそうに薄紫色のシャツを抱きしめるアンヌを見て、それ以上何も言えなかった。この少女にはひとを丸め込んでしまう空気感があるらしかった。
――だが、ひとつ。世間知らずのお嬢様にはある大きな問題があった。それは。
「お会計、――5,000ポケドルになります。」
ちゃりん、という軽快なレジスターの音がした後、満面の営業スマイルをした男性店員の言葉にアンヌは硬直した。
(そ、そうだわ、お外の世界では、物や食べ物を手に入れるのには「お金」というものが必要って聞いたことがあるわ。)
屋敷内では金がなくとも必要なものは全て手に入った。故にアンヌは金というものを使ったことがなく、その存在を意識したこともなかったのである。勿論、持っているわけもなく――。グルートに泣きつくことになるのは自然の流れだった。
「金持ちだからって金持ってるとは限らねぇんだな。」
「ごめんなさい……。」
やれやれ、とグルートはズボンのポケットから財布を取りだす。札を取りだそうと中身を覗く。レシート、領収書……目につくのはそういう紙切ればかりで。
現実逃避をするように二つ折りの財布をそっと閉じる。そしてグルートは頭を抱えた。……そういえば、屋敷に忍び込む前の景気付けに、有り金を全部使ってビールを飲んだことを思い出す。酔っ払っていたせいであまり記憶がないが。
「金が無ぇ。」
「ええっ――!?」
さらっと溢された彼の言葉にアンヌの不安は増大する。しかし後先を考えないグルートにとって、金欠になるのはそう珍しいことではなかった。だからこそこういうときの潜り抜け方も彼は良く知っていた。
店員に何か同意を求めるようにアイコンタクトをとる。すると店員もまた、承知したように頷いた。商品をカウンターに預け、一言二言、会話を交わしたあとグルートは店員が指示した方に向かって歩き出す。アンヌは彼が何をしようとしているのか見当もつかず、ただ間抜けな顔をして後ろをついていくことしかできなかった。
「ねぇ、何をするつもりなの?」
「決まってんだろ。お前の服を買うつもりだ。」
「え?でも……。」
「見てりゃわかるさ。」
困惑するアンヌの頭を乱雑に撫でて、彼はまた企むような意地の悪い笑みを浮かべた。