shot.15 クイーンズ・タイム

「ここかァ!オレ様がCHAMPIONになる晴れ舞台は!」
「気が早いわ… ブレイヴ……。」

 PWTが開催されるスタジアムの前に着いたブレイヴは既に参加者どころか、優勝者の気分になっていた。彼に引き摺られてきたアンヌとジェトは顔を見合わせ、苦笑した。

「どうも〜ッ、お花はどうですか?」
「えっ?まあ……。」

 はしゃぐブレイヴを見守っていたアンヌの眼前に突然、ブーケが差し出される。驚きながらも、色とりどりのブーケはとても可愛らしくて彼女の顔を綻ばせた。赤色と青色の花々の中心にある黄色の小さな花のアクセントが美しい。偶然にも配色がクリムガンと同じだったのもアンヌを感動させた。

「綺麗ね、ええと、ありがとーーー。」

 ブーケを手渡してくれた相手に感謝を伝えようと視線を上に向けた瞬間、柔らかなアンヌの表情が一瞬にして凍りついた。
 ーー図体の大きい体、顔の傷とピアス、そして特徴的な赤いモヒカンヘアー。他人の空似にしては、間違いようのないポイントが揃いすぎていた。

「ば、バッド!?」
「あっ?」

 アンヌは悲鳴と驚愕が混じったような素っ頓狂な声を上げた。ただごとではないそれに、ブレイヴとジェトも一斉に彼女の方に視線を向ける。バッドの存在を認識した途端、ブレイヴがアンヌの前に踊り出て、彼を睨みつけた。

「てめェ…こんなとこで何してンだよ?まさか、また何か悪いこと企んでるンじゃねェだろな!?」

 ブレイヴが警戒するのも無理はない。バッドは彼の仲間であるマリーを人質に取り、卑怯な手を使ってブレイヴを陥れようとした野生のクリムガンだ。一方的にブレイヴに恨みを持ち、嫉妬心を募らせていたようだったが、最後は彼の逆鱗によって倒された。それ以降、どうなったのかはわからなかったが充分懲らしめたのもあって、暫くは姿を見せることはないだろうと、皆思っていたのだがーー。

「はっ、相変わらずダセェ正義のヒーローヅラしてやがんのか。進歩ねぇ野郎だな。」
「ンだと!?」
「お、落ち着いて、ブレイヴ!少し、様子が違うみたいだわ。」

 攻撃の構えをとるブレイヴを制し、アンヌはバッドの手にある花を注視していた。
 改心して慈善活動のようなことを始めたのだろうかとアンヌは考えた。それならば彼の手にある花もその関係なのではと合点がいく。

「ほう、そこの女は察しがいいみてぇだな。……そうだ、オレは生まれ変わったんだよ。」
「生まれ変わった?」
「ああ。」
「蘇生したって、こと?」
「多分ジェトが思い浮かべているものとは違うと思うわ。」
「残念……。」

 同胞を見つけたと期待したジェトは、少し残念そうな顔をする。

 バッドは大きく咳払いをして場を仕切り直す。彼は宙を見つめながら、遠い昔を懐古するような顔をしていた。

「元々クソつまんねぇ毎日だったが、ブレイヴがいなくなって、オレの世界は更に退屈になっちまった……。気晴らしに盗んだバイクでアテもなく走り出して、オレはここにたどり着いた。」

 彼は目の前にあるスタジアムを見上げる。彼が金属バットを手にして、そこに立っているイメージが思い浮かぶ。

「オレはPWTの会場で大暴れしてやろうと考えた。…そうすりゃマスコミを通じて、オレの力がイッシュ中に知れ渡る。ワルさにも箔がつく。そう思ってた。ーーだが、」
「バッドく〜んっ!」

 名を呼ぶ可愛らしい少女の声がして、はっと、バッドの顔つきが目に見えて変わる。再び話の腰を折られ憤慨すると思いきや、彼は頬をだらしないほど緩ませ、和やかに目を細めている。…本当に彼はあの凶悪なバッドなのだろうか?と疑いたくなる程柔らかな表情だ。

「オレはこの“天使”と出会って変わったんだ。オマエ達にも紹介するぜ。」

 ふわりと花の香りを漂わせ、長い黄緑の髪を靡かせながら、可憐な少女が姿を見せる。彼女はバッドの腕に抱きつき、満面の笑みを浮かべた。

「よろしくね〜。私〜ディアナっていうの〜ぶいっ〜!」

 アンヌたちに向かってピースをする所作も無邪気で愛らしい。花の妖精のような彼女は、厳ついバッドの雰囲気とはまるで正反対だった。

「今のオレは愛に生きる漢……グッドボーイだ!」

 腕に抱きつくディアナの肩を引き寄せ、バッドはサムズアップのポーズをとる。歯を光らせにかっと笑う彼は不気味なほどに爽やかだ。

「よ、よくわからないけれど…おめでとう……。」
「オマエらにも悪いことしちまったな。この通りだ。」
「え、ええ……でも、反省してくれているのならそれ以上言うことはないわ。」

 予想外にバッドから謝罪の言葉を貰い、アンヌは困惑を隠せない。反省して本当に心を入れ替えたのならば、それは喜ばしいことではあったが。

「納得いかねぇ!!!」
「ぶ、ブレイヴ!?」

 ブレイヴは拳を震わせ、バッドに怒号を飛ばす。
 確かに彼はバッドとの戦いで大きな怪我を負い、家族同然のマリーと育て屋のお爺さんにも危害を加えられている。簡単に許せることではないだろう……とアンヌは胸を痛める。

「なンで、てめェみてェな悪者に激マブな彼女ができて、このSUPER HEROの超絶COOLなオレ様には彼女がいねェンだよ!?可笑しいだろうがァ!」
「……。」

 ……否、ただの僻みだったようだ。
 一瞬でもブレイヴに同情したことをアンヌは恥じて、頭を抱えた。これではバッドの方がまだまともに見える。

「…八つ当たり…カッコ悪……。」

 ぼそりとジェトが呟く。しかし嫉妬に狂うブレイヴは頭に血が昇ってしまっているようで、彼の小言には気づかなかった。

「てめェ、その子脅してんだろ!ゼッテェそうだ!てめェみてェな悪者はオレ様がやっつけてやらァ!!」
「止めろよ、争いじゃ何も変えられないぜ。」
(…誰…?)

 尚も言いがかりを続け、バッドを悪者扱いするヒーロー。そしてそれを爽やかに受け流すバッド。以前と立場が逆転している。バッドに掴みかかろうとするブレイヴを、アンヌは懸命に引き留める。周囲の視線が痛かった。


「でもぉ〜強い人って〜素敵よね〜。」
「えっ?」
「Ah?」

 ーーと、バッドの側にいたガールフレンド?のディアナの一言で、二人の動きが静止した。
 彼女はくっついていたバッドから、あっさり体を離す。スキップしながらブレイヴの前に来ると、彼の両手を握って、それはそれは尊い花のような優しい笑みを彼に向ける。ブレイヴは声にならない声を上げ、息を呑み、顔を赤面させた。

「PWTで優勝しちゃうような強いひとだったら〜……私〜メロメロになっちゃうかも〜うふふ〜。」
「えっ、あっ、いや〜!ぼ、ボクちんなら余裕でCHAMPIONになっちゃいますよォ〜HAHA〜!」
「きゃあ〜かっこいいの〜。」

 お世辞か本気かわからないディアナの言葉に乗せられ、ブレイヴはまんざらでもない様子で鼻の下を伸ばしている。単純すぎる彼は完全に調子に乗っていた。ソフィアの件もあり、彼が美少女に弱いのは今に始まったことではなかったが、改めて見ると、他人のふりをしたくなってしまう下品さだった。

「ブレイヴ、いい加減にーー、」
「……テメェ……また…オレの場所を取りやがってェ……!」

 アンヌがブレイヴを諌めようとしたところ、バッドが険悪な雰囲気を纏っていることに気がついて、彼女は振り返る。するとその矢先、バットが手に持っていたブーケを叩きつけるように押し付けてきて、アンヌは蹌踉めく。即座にジェトが支えてくれたおかげで倒れずには済んだが。

「ありがとう、ジェト…!」
「大丈夫……。それより、あいつ……。」

 ジェトはバッドに怨念が籠ったような眼差しを向けていた。しかし、バッドはそれをものともせず、彼は彼でブレイヴに対して憎しみを露わにしていた。
 ーー手には再び、彼の暴力の象徴である、あの金属バットを握り締めながら。


「オラァ!!!殺してやるぜブレイヴゥ!」

 今の今まで改心したような素振りを見せていたのは幻だったのかと疑う程、あっという間に元のバッドに戻ってしまった。
 ……争いじゃ何も変えられないと言っていたのはどこの誰だったのか。
 あまりの切り替えの速さに、アンヌはおろかジェトまでも目を丸くさせ驚いていた。

「だが、テメェを殺るのはここじゃねぇ、PWTだ!」
「HA!上等だ!優勝した方がその子とDATEできるってことでいいな!?」
「クソダセェヒーロー気取りのテメェには絶対無理だがなァ!」
「何を言っているの、そんな勝手に…!」

 ディアナの了承も取らず、どさくさに紛れてデートの約束を取り付け、勝手に話を進めている。アンヌが声をかけても、既に二人は戦う気満々で、外野の言うことは全く耳に入っていない。都合の悪いことだけ聞こえないのは、二人ともそっくりだ。

「わ〜楽しそうなの〜二人とも頑張って〜、おでーと、おでーと〜るんるん♪」

 一方、渦中のディアナは二人のバトルに心を躍らせている様子で、とても嬉しそうだった。小躍りしながら、鼻歌を歌っている。彼女とは見えている世界が違うのかもしれないと認識のズレを感じた。

「……わざと…やってる?」
「どうかしら……?」

 故意なのか、天然なのか。彼女の真意はわからないが……この厄介な二体のクリムガンの戦いは避けては通れない、ということだけは明白だった。
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