shot.15 クイーンズ・タイム

 PWTが開催されるスタジアムの前には多くのポケモントレーナーが集まっていた。他のトレーナーと意見を交換し合ったり、軽く模擬バトルをしている様子も見られる。
 その様を遠くから見つめて、ひとりぽつんと立ち尽くしている青年がいた。

「僕もいつか……。」

 呟いた彼の声は、周りの喧騒に掻き消されてしまう。それでも彼の視線は真っ直ぐにスタジアムの方を向いていた。

 その場を後にしようとして、青年が身を翻す。ーーと、眼前に華やかなブーケが差し出され、思わず足を止める。突然のことに驚きつつも、断る間もなく勢いに押されて受け取ってしまう。

「はい、どうぞ〜。」
「あ…ありがとうございます。」

 受け取った瞬間、鼻腔に甘い香りが通り過ぎた。桃色の花を基調として、赤色や橙色などの温かい色味の小さな花が散りばめられている。
 しかし彼が一番見入っていたのはそのブーケではなくーーーブーケを手渡してくれた彼女は、フリルの多いファンシーな服装も相まって、お伽噺に出てくる妖精のように可憐だった。美少女を前にして思わず青年は頬を赤らめる。

「えと、これは……。」
「私が作ったの〜。お花って、綺麗で見ていて元気がわいてくるでしょ〜?だからね、お花でPWTに出るみんなを応援してあげるの〜。」

 穏やかな雰囲気を纏った彼女は黄緑の長い髪を風に靡かせながら、柔らかく微笑む。……けれど美少女に声をかけられ浮かれていたはずの青年は途端、気まずそうに彼女から視線を逸らした。

「……えっと、それなら僕はーーー。」

 少し考えてから彼は意を決して言葉を紡ごうとしたが、彼女はあっ、と何かに気がついた様子で、青年を置いてぱたぱたと駆けていってしまった。
 …どうやら、彼女は他のひとにもブーケを配っているらしい。自分だけの特別なものではなかったのだと知り、胸に切なさが通り過ぎた。

(いや、僕なんかが可愛い女の子に話しかけて貰えたんだから……よかったじゃないか。)

 負け惜しみに似た感情を持ちながら、必死に自身を励ますが、彼女が話しかけている相手がなんとなく気になってしまう。立ち並ぶ露店の影から恐る恐る彼女の様子を覗き見る。

 赤いモヒカンヘアーに、顔にいくつもピアスを開け、ガラ悪く周囲を睨みつけながら歩いている大柄の男の姿が見えた。手には所々凹んでボコボコに変形している金属バッドを持っている。どこからどうみても危なげな男だ。現に、彼の行く道はさっと人が避けていく。視線も合わせようとしないのは、恐らく周囲の人も同じ印象を抱いているからだと思われる。
 ……にも、拘らずだ。例の美少女は臆する様子もなく、ガラの悪い男に可愛らしいブーケを差し出している。それも先程見せたような、とびきりの笑顔を添えて。

「はい〜お花をどうぞ〜。」

 周囲の温度がマイナスまで下がったようだった。ガラの悪い男は無言で女性を見下ろしている。そして、手に握りしめていた金属バッドをガタガタと震わせてーー。

「あ、危ない!」

 導き出された恐ろしい未来を予感して、青年は声を張り上げながら、咄嗟に駆け出す。後先考えずに、体が動いていた。
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