shot.14 決意と謀略
サイルーンが退団した話が報道され、その直後は連日マスコミが彼女の元に押し寄せていた。人気女優の退団は世間を震撼させ、彼女が辞めることを惜しむ声が多く聞こえてきた。その度に彼女はファンに深く感謝を述べて、清々しい笑顔を見せる。
「いつかまた、皆様の前で歌を披露できる日を楽しみにしているわ。ーーアタシの作った劇団と一緒にね。」
彼女は既に、新たなステージへと目を向けていた。その目標に世間は湧き立ち、期待感を膨らませる。
サイルーンという女優は去り際ですら人に夢を与え続けるエンターティナーだと、拍手喝采が鳴り止まなかった。
◇◆◇◆◇
グルート達が退院間近になった頃、サイルーンを追う報道も漸くほとぼりが冷め、茶を楽しむ余裕もできた。
ポケモンセンターに併設されたカフェでサイルーンとアンヌは向き合いながら談笑する。「もう少し早くお話ししたかったのだけれど。」と彼女は困ったように笑いながら。
「改めて、宜しくね。アンヌちゃん。」
サイルーンが手を伸ばして、アンヌに握手を求める。アンヌは微笑みながらそれを握り返した。
サイルーンを知る長年連れ添ったスタッフ達も皆一様にその才を惜しんだが、彼女が一度言い出したら頑ななこともよく知っているようで、最終的には笑顔で送り出してくれたそうだ。
素人ながら舞台に立った、アンヌですら感じた圧倒的なサイルーンの佇まいとオーラ。まさかその彼女と旅をするなど、知り合った頃は考えもしなかった。
「ええ、こちらこそよろしくね。サイルーンお姉さん。」
困難にあっても前を向いているサイルーンの真っ直ぐな姿を見ると、アンヌも勇気づけられる。そんな彼女が旅路に加わってくれるなら心強い。
ただアンヌはギルバートの件があり、サイルーンの身を案じていたが、そのことについては彼女は気にも止めていない様子で。むしろ自分にとっても因縁がある相手だと認識していて「今度は私がビンタをあの人にお見舞いするわ。」と強気な姿勢を見せていた。
「アタシの劇団にピッタリな、まだ見ぬ虹色の卵ちゃんとも会えるかも!」
「サイルーンお姉さんの劇団、とっても楽しみだわ。」
「ふふ、ありがと!……でも、アタシとしてはアンヌちゃんにも出てもらいたいと思っているのだけれど。」
「私?」
「この間のステージ、とっても素晴らしかったもの。リアリティがあって、……本当に恋してるみたいだったわぁ〜。」
口角を吊り上げ、含みを持たせたように笑うサイルーンに、アンヌはかっと頬を赤らめる。色恋話に目がない彼女には、アンヌの心に秘めた想いもすっかりお見通しのようだ。
「え、ええと……それは、その……。」
「うふふ、照れちゃってカワイイ〜っ!ああ、いいわね、これぞ青春ってカンジ!今度は本当にグルートちゃんにも恋人役で参加してもらおうかしら?」
「だ、駄目よ!セリフが全部飛んでしまいそうだわ。」
アンヌは動揺を隠せず、首を大きく横に振る。彼の名を出されると心拍数が上がって、胸がぎゅっと苦しくなる。
例え演技であっても、恋人になる…などと想像すると、気恥ずかしくてたまらなかった。
「俺が、何だって?」
どきり。耳に入ってきた予想外の声にアンヌは息を詰まらせる。上気する顔を隠すように両手で押さえて、彼に悟られないようにした。
「あら〜っ、グルートちゃん!いいとこに!実はねーー。」
「な、何でもないわ!ええと…!そう、グルートって頼りになるって、お話しをしていたの!ね、サイルーンお姉さん!」
アンヌは懇願するような眼差しで、サイルーンを見つめる。その必死な様に彼女はまた心の中で「カワイイ!」と呟いていたのだが。微笑ましさに頬を緩めながら、サイルーンはアンヌに合わせて頷く。
「何だそりゃ、褒めても何も出ねーぞ。」
唐突に称賛を受けて、グルートは少し戸惑いつつ、満更でもない様子で笑う。
アンヌはほっと胸を撫で下ろす。この秘めた想いを彼に悟られるには、まだ心の準備ができていなかった。
グルートはアンヌの隣に座って、メニューを見つめる。アルコールが恋しかったが、ポケモンセンター内のカフェにあるはずもなく、仕方なく無糖のコーヒーにした。
「調子はどう?グルートちゃん、酷い怪我だったんでしょう?」
「そうよ。あまり無理をしないで。心配だわ。」
「ふたり揃って大袈裟だな。ご覧の通り、もう動ける。どうってことねぇよ。」
「でも……。」
グルートを見つめるアンヌの大きな瞳が不安げに揺れる。ギルバートとの戦いと、あの雨の日の出来事をアンヌは未だに申し訳なく思っているのだろうと彼は感じ取る。
やれやれと肩を竦め、彼女に改めて向き直る。ぽん、と頭に手を添えると少し驚いたような顔をした。
「あの赤頭の馬鹿も調子取り戻して、性懲りなくハンバーガー食ってたしな。ジェトの奴もそれに付き合わされて、呆れちゃいたが楽しそうだったぜ。」
「そう……。」
「だから俺たちはもう大丈夫だ。な?」
グルートの言葉に、アンヌは遠慮がちに頷く。強張っていた彼女の表情が和らいだように見えて、安堵した。
彼女には笑顔でいて欲しいーー、そう強く願いながら。
「むふふふ……!見せつけてくれちゃってぇ〜!んもお、カワイイッ〜!」
ふたりの一連のやりとりを見ていたサイルーンは、何やら興奮している様子だった。緩み切った口元を隠しきれていない。
グルートは彼女に揶揄われているというぐらいにしか受け止めていなかったが、傍にいたアンヌはすっかりオクタンの如く、顔を真っ赤にして俯いていた。
「いつかまた、皆様の前で歌を披露できる日を楽しみにしているわ。ーーアタシの作った劇団と一緒にね。」
彼女は既に、新たなステージへと目を向けていた。その目標に世間は湧き立ち、期待感を膨らませる。
サイルーンという女優は去り際ですら人に夢を与え続けるエンターティナーだと、拍手喝采が鳴り止まなかった。
グルート達が退院間近になった頃、サイルーンを追う報道も漸くほとぼりが冷め、茶を楽しむ余裕もできた。
ポケモンセンターに併設されたカフェでサイルーンとアンヌは向き合いながら談笑する。「もう少し早くお話ししたかったのだけれど。」と彼女は困ったように笑いながら。
「改めて、宜しくね。アンヌちゃん。」
サイルーンが手を伸ばして、アンヌに握手を求める。アンヌは微笑みながらそれを握り返した。
サイルーンを知る長年連れ添ったスタッフ達も皆一様にその才を惜しんだが、彼女が一度言い出したら頑ななこともよく知っているようで、最終的には笑顔で送り出してくれたそうだ。
素人ながら舞台に立った、アンヌですら感じた圧倒的なサイルーンの佇まいとオーラ。まさかその彼女と旅をするなど、知り合った頃は考えもしなかった。
「ええ、こちらこそよろしくね。サイルーンお姉さん。」
困難にあっても前を向いているサイルーンの真っ直ぐな姿を見ると、アンヌも勇気づけられる。そんな彼女が旅路に加わってくれるなら心強い。
ただアンヌはギルバートの件があり、サイルーンの身を案じていたが、そのことについては彼女は気にも止めていない様子で。むしろ自分にとっても因縁がある相手だと認識していて「今度は私がビンタをあの人にお見舞いするわ。」と強気な姿勢を見せていた。
「アタシの劇団にピッタリな、まだ見ぬ虹色の卵ちゃんとも会えるかも!」
「サイルーンお姉さんの劇団、とっても楽しみだわ。」
「ふふ、ありがと!……でも、アタシとしてはアンヌちゃんにも出てもらいたいと思っているのだけれど。」
「私?」
「この間のステージ、とっても素晴らしかったもの。リアリティがあって、……本当に恋してるみたいだったわぁ〜。」
口角を吊り上げ、含みを持たせたように笑うサイルーンに、アンヌはかっと頬を赤らめる。色恋話に目がない彼女には、アンヌの心に秘めた想いもすっかりお見通しのようだ。
「え、ええと……それは、その……。」
「うふふ、照れちゃってカワイイ〜っ!ああ、いいわね、これぞ青春ってカンジ!今度は本当にグルートちゃんにも恋人役で参加してもらおうかしら?」
「だ、駄目よ!セリフが全部飛んでしまいそうだわ。」
アンヌは動揺を隠せず、首を大きく横に振る。彼の名を出されると心拍数が上がって、胸がぎゅっと苦しくなる。
例え演技であっても、恋人になる…などと想像すると、気恥ずかしくてたまらなかった。
「俺が、何だって?」
どきり。耳に入ってきた予想外の声にアンヌは息を詰まらせる。上気する顔を隠すように両手で押さえて、彼に悟られないようにした。
「あら〜っ、グルートちゃん!いいとこに!実はねーー。」
「な、何でもないわ!ええと…!そう、グルートって頼りになるって、お話しをしていたの!ね、サイルーンお姉さん!」
アンヌは懇願するような眼差しで、サイルーンを見つめる。その必死な様に彼女はまた心の中で「カワイイ!」と呟いていたのだが。微笑ましさに頬を緩めながら、サイルーンはアンヌに合わせて頷く。
「何だそりゃ、褒めても何も出ねーぞ。」
唐突に称賛を受けて、グルートは少し戸惑いつつ、満更でもない様子で笑う。
アンヌはほっと胸を撫で下ろす。この秘めた想いを彼に悟られるには、まだ心の準備ができていなかった。
グルートはアンヌの隣に座って、メニューを見つめる。アルコールが恋しかったが、ポケモンセンター内のカフェにあるはずもなく、仕方なく無糖のコーヒーにした。
「調子はどう?グルートちゃん、酷い怪我だったんでしょう?」
「そうよ。あまり無理をしないで。心配だわ。」
「ふたり揃って大袈裟だな。ご覧の通り、もう動ける。どうってことねぇよ。」
「でも……。」
グルートを見つめるアンヌの大きな瞳が不安げに揺れる。ギルバートとの戦いと、あの雨の日の出来事をアンヌは未だに申し訳なく思っているのだろうと彼は感じ取る。
やれやれと肩を竦め、彼女に改めて向き直る。ぽん、と頭に手を添えると少し驚いたような顔をした。
「あの赤頭の馬鹿も調子取り戻して、性懲りなくハンバーガー食ってたしな。ジェトの奴もそれに付き合わされて、呆れちゃいたが楽しそうだったぜ。」
「そう……。」
「だから俺たちはもう大丈夫だ。な?」
グルートの言葉に、アンヌは遠慮がちに頷く。強張っていた彼女の表情が和らいだように見えて、安堵した。
彼女には笑顔でいて欲しいーー、そう強く願いながら。
「むふふふ……!見せつけてくれちゃってぇ〜!んもお、カワイイッ〜!」
ふたりの一連のやりとりを見ていたサイルーンは、何やら興奮している様子だった。緩み切った口元を隠しきれていない。
グルートは彼女に揶揄われているというぐらいにしか受け止めていなかったが、傍にいたアンヌはすっかりオクタンの如く、顔を真っ赤にして俯いていた。