shot.14 決意と謀略
翌日、アンヌ達が他愛無い会話に花を咲かせていると、見覚えのある人物が病室を訪ねてきた。
「ハーイ、お取込み中だったかしら?」
「サイルーンお姉さん!」
「みんな大変だったわね。はいこれ、ささやかだけれどお見舞い。」
サイルーンが手にしていたバケットからは、大きなロメの実が姿を覗かせていた。それに誰よりも早く反応したのはブレイヴで、目をやると既に皮ごとロメの実に食らいついていた。ボリボリと木の実を噛み砕く、豪快な咀嚼音が響く。野生的すぎる食べ方にアンヌは戸惑いを隠せなかったが、サイルーンは「ワイルドね!」と嬉しそうに笑い声を上げていた。
「あら?そのお荷物は?」
サイルーンの傍らにあった大きなアタッシュケースにアンヌは首を傾げる。彼女の格好もサングラスにつばの広い帽子で、まるでこれからバカンスに行くような雰囲気だった。……しかし、人気女優の彼女にそんな暇はないはずなのだが。
「実はアタシ、ミュージカルホールを辞めてきたの。」
彼女はサングラスを取り、誇らしげにウインクをする。彼女の発言と仕草が釣り合わず、混乱したアンヌはきょとんとしていた。
「え、えええ〜ッ!?」
遅れて言葉の意味を飲み込んだアンヌは、思いもよらぬ彼女の決断に驚きの声を上げることしかできなかった。
◇◆◇◆◇
「それで、まんまとギルバートさんに嵌められちゃったってワケ。まさかオーナーまでグルだったなんて、予想外だったわ。」
ミュージカルホールを辞めることになった経緯を、サイルーンは興奮気味にアンヌ達に話した。
オーナーはギルバートを嫌悪していたが、ミュージカルホールを買収した後も経営権を維持できるという話になり、彼に靡いてしまったらしい。ポケウッドの台頭もあり、ミュージカルホールの経営は年々右肩下がりで、援助金も含め、ギルバートの話はオーナーにとって願ってもないことだった。加えて、アンヌという素人に命運を託すことに懐疑的だったのも彼を後押ししたのだろう。
唯一の条件はサイルーンをポケウッドに移籍させること。人気女優の彼女がそのまま移籍してもポケウッドは話題を集めることができるし、彼女がそれに反発して辞めることになったとしても、自分に反抗する筆頭のサイルーンがミュージカルホールからいなくなるのは、ギルバートにとっては好都合だった。自身の権力を駆使すればスターを作ることなど容易く、簡単にトレンドを生み出すことができる…代わりなどいくらでもいるという考えなのだろうと、サイルーンは推測していた。
結局、どちらに転んでも彼にとって有益になるように事が運んでいたのだ。誰も彼も、ギルバートの掌の上で踊らされていた…ということらしかった。
「アンヌちゃんも頑張ってくれたのに……こんな結果になってしまって、本当にごめんなさい。」
サイルーンは帽子を脱ぎ、恭しく頭を下げて、アンヌに向き直った。彼女の謝罪に戸惑いなから、その気持ちを慮るとアンヌはその手を取ることぐらいしかできなかった。
「私のことは気にしないで。貴重な経験をさせていただいたのだから。……それより、あなたとミュージカルホールのみんなのことが気がかりだわ。」
「わかりきっていたことだけれど……とても動揺していたわ。でもみんな優秀な技術を持ったひとたちばかりだから。アタシがいなくても、難なくやっていけるはずよ。」
「サイルーンお姉さん…。」
「アタシは後悔していないわ。彼の元で広告塔としていいように使われることの方が屈辱的だったのよ。」
長年ミュージカルホールに在籍していたサイルーンにとって、退団の決心をするに至るまでには大きな苦悩があったに違いない。それこそ大切な思い出も沢山あっただろう。
何故人の思いを踏みにじるような卑劣なやり方をするのだろうかーーアンヌはギルバートに対して益々、やり切れない気持ちになった。
「勿論、ミュージカルホールを辞めると言っても、女優を引退するわけじゃないわ。折角の機会だし、今まで出来なかったことをやってみようかなって思ってるの。」
「出来なかったこと?」
「ミュージカルホールの日々は充実していたけれど、忙しないところもあってね。今は自由気ままに旅をしてみるのもいいかなって。」
彼女の恰好の意図を知り、アンヌは感心した様子で頷く。困難にあっても前向きに気持ちを切り替えることができる彼女の芯の強さに胸を打たれた。そうやって今まで、数々のピンチをチャンスに変えてきたのだろう。
にっこりと笑みを強めながら、サイルーンはアンヌの手を握る。お別れの握手なのだろうと寂しい気持ちになりながら、彼女の手を握り返す。溢れそうになる感情をぐっとこらえて、アンヌは微笑んだ。
「てなわけで、アタシもアンヌちゃんの旅に同行させてもらいたいんだけど?……いいかしら!」
「……え?」
一言挨拶を、とアンヌが神妙な面持ちで言葉を紡ごうとした。が、サイルーンがさも当たり前のように言葉を畳み掛けてくるものだから、アンヌはそのスムーズさに誤魔化され、流されかける。
そして次の瞬間、目を真ん丸にした。再び沸き上がる驚きの声にも動じず、サイルーンは笑みを絶やさない。
ーーどうやらアンヌ達の旅は、更に賑やかなものになりそうだった。
「ハーイ、お取込み中だったかしら?」
「サイルーンお姉さん!」
「みんな大変だったわね。はいこれ、ささやかだけれどお見舞い。」
サイルーンが手にしていたバケットからは、大きなロメの実が姿を覗かせていた。それに誰よりも早く反応したのはブレイヴで、目をやると既に皮ごとロメの実に食らいついていた。ボリボリと木の実を噛み砕く、豪快な咀嚼音が響く。野生的すぎる食べ方にアンヌは戸惑いを隠せなかったが、サイルーンは「ワイルドね!」と嬉しそうに笑い声を上げていた。
「あら?そのお荷物は?」
サイルーンの傍らにあった大きなアタッシュケースにアンヌは首を傾げる。彼女の格好もサングラスにつばの広い帽子で、まるでこれからバカンスに行くような雰囲気だった。……しかし、人気女優の彼女にそんな暇はないはずなのだが。
「実はアタシ、ミュージカルホールを辞めてきたの。」
彼女はサングラスを取り、誇らしげにウインクをする。彼女の発言と仕草が釣り合わず、混乱したアンヌはきょとんとしていた。
「え、えええ〜ッ!?」
遅れて言葉の意味を飲み込んだアンヌは、思いもよらぬ彼女の決断に驚きの声を上げることしかできなかった。
「それで、まんまとギルバートさんに嵌められちゃったってワケ。まさかオーナーまでグルだったなんて、予想外だったわ。」
ミュージカルホールを辞めることになった経緯を、サイルーンは興奮気味にアンヌ達に話した。
オーナーはギルバートを嫌悪していたが、ミュージカルホールを買収した後も経営権を維持できるという話になり、彼に靡いてしまったらしい。ポケウッドの台頭もあり、ミュージカルホールの経営は年々右肩下がりで、援助金も含め、ギルバートの話はオーナーにとって願ってもないことだった。加えて、アンヌという素人に命運を託すことに懐疑的だったのも彼を後押ししたのだろう。
唯一の条件はサイルーンをポケウッドに移籍させること。人気女優の彼女がそのまま移籍してもポケウッドは話題を集めることができるし、彼女がそれに反発して辞めることになったとしても、自分に反抗する筆頭のサイルーンがミュージカルホールからいなくなるのは、ギルバートにとっては好都合だった。自身の権力を駆使すればスターを作ることなど容易く、簡単にトレンドを生み出すことができる…代わりなどいくらでもいるという考えなのだろうと、サイルーンは推測していた。
結局、どちらに転んでも彼にとって有益になるように事が運んでいたのだ。誰も彼も、ギルバートの掌の上で踊らされていた…ということらしかった。
「アンヌちゃんも頑張ってくれたのに……こんな結果になってしまって、本当にごめんなさい。」
サイルーンは帽子を脱ぎ、恭しく頭を下げて、アンヌに向き直った。彼女の謝罪に戸惑いなから、その気持ちを慮るとアンヌはその手を取ることぐらいしかできなかった。
「私のことは気にしないで。貴重な経験をさせていただいたのだから。……それより、あなたとミュージカルホールのみんなのことが気がかりだわ。」
「わかりきっていたことだけれど……とても動揺していたわ。でもみんな優秀な技術を持ったひとたちばかりだから。アタシがいなくても、難なくやっていけるはずよ。」
「サイルーンお姉さん…。」
「アタシは後悔していないわ。彼の元で広告塔としていいように使われることの方が屈辱的だったのよ。」
長年ミュージカルホールに在籍していたサイルーンにとって、退団の決心をするに至るまでには大きな苦悩があったに違いない。それこそ大切な思い出も沢山あっただろう。
何故人の思いを踏みにじるような卑劣なやり方をするのだろうかーーアンヌはギルバートに対して益々、やり切れない気持ちになった。
「勿論、ミュージカルホールを辞めると言っても、女優を引退するわけじゃないわ。折角の機会だし、今まで出来なかったことをやってみようかなって思ってるの。」
「出来なかったこと?」
「ミュージカルホールの日々は充実していたけれど、忙しないところもあってね。今は自由気ままに旅をしてみるのもいいかなって。」
彼女の恰好の意図を知り、アンヌは感心した様子で頷く。困難にあっても前向きに気持ちを切り替えることができる彼女の芯の強さに胸を打たれた。そうやって今まで、数々のピンチをチャンスに変えてきたのだろう。
にっこりと笑みを強めながら、サイルーンはアンヌの手を握る。お別れの握手なのだろうと寂しい気持ちになりながら、彼女の手を握り返す。溢れそうになる感情をぐっとこらえて、アンヌは微笑んだ。
「てなわけで、アタシもアンヌちゃんの旅に同行させてもらいたいんだけど?……いいかしら!」
「……え?」
一言挨拶を、とアンヌが神妙な面持ちで言葉を紡ごうとした。が、サイルーンがさも当たり前のように言葉を畳み掛けてくるものだから、アンヌはそのスムーズさに誤魔化され、流されかける。
そして次の瞬間、目を真ん丸にした。再び沸き上がる驚きの声にも動じず、サイルーンは笑みを絶やさない。
ーーどうやらアンヌ達の旅は、更に賑やかなものになりそうだった。