shot.14 決意と謀略

 ポケモンセンターに戻ると、病室の前で顰めっ面をしたジョーイが待ち構えていて。無断でポケモンセンターを抜け出したグルートはこっぴどく叱られ、アンヌは平謝りすることになった。
 尤も、彼は説教に慣れてしまっているのか、他人事のようにあっけらかんとしていたが。


「HAHA!怒られてやンのォ!」

 病室の入り口でグルートが説教を受けている様をベッドの上から眺めて、ブレイヴはげらげらと陽気な笑い声を響かせる。
 彼は他人事のように笑っていたが、ーーその手にハンバーガーを持っていて。ジョーイの叱責の矛先はすぐに彼にも向くことになった。一口齧ったハンバーガーはすぐさま没収されて、彼は不服そうに頬を膨らませる。

 ブレイヴとジェトのふたりは今朝方目を覚まして、自力で起き上がれるぐらいには回復していた。


「ふたりで……どこいってたの……?アンヌを独り占め…ずるい。」

 説教から解放されたアンヌとグルートが並んで病室に入るなり、ジェトは恨めしそうにグルートの方を睨む。それに対してグルートはやや戸惑った様子で眉を寄せる。
 慌ててアンヌが割って入り、ジェトを宥めた。
 
「ご、誤解よ!遊びに行っていたわけではないの。彼はただ……私を心配して、ついてきてくれただけよ。」

 昨夜ひっそりとグルートに告げた自身の心のうちを思い出すと、アンヌは内心気が気でなかった。
 幸いそのことはジェトに気づかれなかったようだが、彼は浮かない顔をしていた。ーーと、彼はベッドから抜け出して、足早にアンヌの元に駆け寄る。そして、その存在を確認するかのようにぎゅっと彼女に抱きついた。


「……目が覚めたら、アンヌがいなくて…寂しかった…アンヌまでいなくなっちゃったら…ボク……。」
「ジェト……。」

 ぴったりとアンヌにくっついたジェトの身体は弱々しく震えていた。長い時を孤独に過ごした苦しい記憶が蘇ってしまったのだろう。
 彼を不安にさせてしまった自分の軽率な行動をアンヌは恥じた。

「ごめん……また…アンヌを守って…あげられなかった。ボクが…もっと強ければ…。」
「ううん。謝るのは私の方だわ。あなたに怖い思いをさせてしまってごめんなさい……。」

 アンヌはジェトを落ち着かせるようにその背中を摩る。彼女の優しい手の温もりを感じた彼は、自然と頬が緩んでいた。


◇◆◇◆◇


「みんな……話があるの。」

 ブレイヴとジェトの前に立ち、アンヌは神妙な面持ちで二人を見つめる。彼女にとってそれは、言い出しづらい事であったが、仲間には改めて話しておかなければならない事でもあった。

「ギルバートさんは再び私の前に現れると思う。そうなったら、またみんなを危険に晒すことになってしまう。……だから、決めてほしいの。このまま私と旅を続けるのかどうか。」

 叶うことなら一緒にいたい。だが、それを強制することはアンヌには出来なかった。仲間に不安な想いを抱えさせたまま旅を続けたくはない。別れの言葉が溢れたとしても、その気持ちを尊重して、受け入れる気持ちでいた。

 心細そうに視線を地に落とすアンヌの姿を、少し離れた場所からグルートは黙って見つめている。


「何言ってンだよ。おめェと冒険を続けるに決まってンだろ!」

 アンヌの杞憂を吹き飛ばすかのように、病室に響いたブレイヴの声。一切の迷いがなく、その声に背を押されるようにアンヌは顔を上げる。
 続いてジェトも、ブレイヴに賛同するように頷く。

「……怖くない、わけじゃない……けど、アンヌを悲しませる……アイツは許せない……。」

 先の戦いを思い出して、ジェトは悔しげに拳を握り締める。ツェペシュの攻撃に圧倒され、怯んでしまった自分を恥じているようだったが、その瞳は強く輝いていて、次の戦いを見据えていた。


「ありがとう……ふたりとも。」

 力強い言葉にアンヌは瞳を潤ませる。ふたりにアンヌは深く感謝をして、頭を下げた。塞いでいた気持ちが和らいで、強張っていた彼女の表情も緩む。


「ほら、PIZZAでも食って腹膨らませろよ!POWERが湧いてくるぜッ!?」
「ええと、ブレイヴ……そのピザはどこから……?」
「へへっ、布団の下に隠してたンだぜッ!さすがオレ様って天才!」

 ピザの入ったケースを手にブレイヴは誇らしげな顔をする。ハンバーガーを取り上げられたぐらいではめげないひとだったことを、アンヌは今更のように思い出した。

「腹が減ってっから、暗い顔になっちまうンだよ!」
「まあ、一理あるかもな。」
「……Huh?クソ犬にしては珍しくオレ様の言うことが理解できてンのか…なンか調子狂うぜ……。」

 普段は反発し合うブレイヴとグルートの意見が珍しく合致する。それにはブレイヴも少し驚いたようで、ぽかんと間抜けな顔をしていた。
 ーーが、ふとピザを持っていた手元が軽いことに気づいて、目をやると六等分にされていたピザが半分なくなっていることに気づく。そして目の前で、ピザを二切れほど頬張るグルートの姿を彼の瞳が捉えた。

「って!てめェ、ひとりで半分くらい食ってンじゃねーか!返せオレ様のPIZZA!」
「お前が食っていいって言ったんだろうが。」
「半分食っていいとは言ってねェぞ!!つーか、てめェの分があるわけねーだろうがクソ犬!」
「けちくせぇこといってんじゃねぇよ、ヒーロー様なら世界中の生き物に慈悲深くあれっての。」
「てめェみてーな悪党に優しくする必要はねェ!ブッ飛ばしてやる!」
「やんのか赤頭?」
「上等だコラ!」

 ふたりは掴み合い、互いの額を擦り合わせる。普段なら呆れてしまうところだが、今はその喧騒が懐かしく、日常が戻ってきたことを感じさせてくれた。
 アンヌはジェトと顔を見合わせて、困ったように笑い合った。

 ……暫くして、再びジョーイさんの説教を受けることになってしまったのは言うまでもないが。
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