shot.13 初恋の雨

「ほら、忘れモンだ。」

 アンヌの視界の隅に、彼の元に置いてきた赤いペンダントが映る。
 しかし彼女はグルートからそれを差し出されても、容易に受け取ることができなかった。

「あなたにとっても…それは大切なものなのでしょう?」
「……。」

 そう問いかけると、困惑したような空気がグルートから感じられた。
 以前もペンダントの話になると、彼が憂うような顔をしていたことをアンヌは覚えていた。

「私に遠慮しているなら、気にしなくていいわ。」
「……そういうわけじゃねぇんだ。」
「それならどうして?」

 グルートは眉間に皺を寄せて、唇を噛み締める。昨晩のように、必死に痛みに耐えているようだった。
 無神経なことを聞いてしまったのかもしれないと、アンヌが謝ろうとすると、それを察してかグルートは首を横に振る。

「俺にはもう、こいつを持つ資格は無ぇのかもって思っちまってな……。」

 沈黙を破り、思いを吐露した彼は苦い顔をしていた。郷愁を帯びた眼差しでペンダントを眺めながら、それを持つ手は小刻みに震えている。

「ごめんなさい。私…気に障るようなこと……。」
「いや、疑問は尤もだろうよ。お前の家に忍び込んでまで取り返そうとしたものを……いざ手に入れたら、こんなふうにびびっちまうんだからな。」

 ふっ、と彼は自嘲する。言葉の節々から、どこか自身を責めているような棘を感じて、アンヌは何も言えなくなった。

「こいつは、あるお人好しが残してくれたモンなんだ。……だが馬鹿な俺は自分を見失って……結果、大事にしなきゃならねぇこいつまで失くしちまった。」

 彼の言うその“お人好し”のひととの間に何があったのかはわからないが、彼がその人物に特別な感情を抱いているのは、アンヌにも伝わってきた。
 深掘りしたくなる気持ちを彼女はグッと堪える。彼が言いたくないのなら、それ以上追及するのは野暮だと思ったのだ。


「お前が大切にしてるって知った時、正直ほっとしたんだ。」
「え?」
「大切にされてるなら、俺が持ってるよりこいつも幸せなんじゃねぇかって気がしてよ。」

 表情の険しさが増して、思い詰めた様な顔をするグルートに、アンヌも胸が痛む。その苦しみを分かち合えないもどかしさを感じながら、出来るだけ彼を安心させたい一心で、彼女は自身の手を彼の手に重ねた。

「そんなことないわ。そのひともグルートに大切にしてもらえて嬉しいと思う。あなたの優しい気持ちはきっと、伝わっているはずよ。」
「……アンヌ。」

 彼女が微笑みかけると、つられてグルートの頬も緩んだ。僅かながらも強張っていた彼の表情が和らいで、アンヌも少し安堵する。


「ーーそうだわ、こういうのはどうかしら。」「?」

 はっ、と妙案を思いついた様な素振りのアンヌに、グルートは首を傾げる。

「もしグルートが許してくれるのなら……。あなたの気持ちが落ち着くまで、今まで通り、このペンダントを私が持っていてもいいかしら?」
「……いいのか?」
「必要になった時は、すぐにあなたに返すわ。」
「すまねぇな、気を遣わせちまって。」
「ううん。私の方こそ。」

 グルートの手の温もりを感じながら、いつの日か彼がその心に秘めているものを知ることができたらーーとアンヌは密かに願うのだった。
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