shot.13 初恋の雨
一筋の温かな光。眩しさにくぐもった声を漏らしながら、アンヌは重たい瞼を開いた。
雨音も雷鳴も、もう聞こえない。洞穴の外からは柔らかな太陽の光が差していた。
……長い夜が明けたようだった。
アンヌは寝起きの曖昧な意識のまま、体を起こす。堅い地面の上で寝ていたせいもあって、少し背中が痛かった。ぐっと腕を伸ばして、凝り固まった体をほぐし、ぼんやりと周囲を見渡す。ーーが、グルートの姿は見当たらない。アンヌは頭を左右に振り、曖昧な意識をはっきりとさせる。けれど、やはり近くには焚き火の燃え滓しか見つけられなかった。
「よう、起きたか。」
アンヌが不思議そうな顔をしていると、にっと口許に弧を描いたグルートが、洞穴の入り口から顔を覗かせていた。
それを見た彼女はぱっと立ち上がり、彼の傍に駆け寄る。まだ傷跡が残る彼の腕を見つめながら、彼女は心配そうに目尻を下げる。
「体はもう大丈夫なの?」
「本調子とまではいかねぇが、随分楽になったぜ。」
「……そう、よかった。」
彼が言うように、顔色は良くなっているように見えた。人型になれているのも回復した証だろう。
「ありがとよ。俺の我が儘を聞いてくれて。」
「……そんな、お礼を言うのは私の方だわ。」
改めてグルートと向き合うと、どんな顔をしていいかわからず、気まずさからアンヌは視線を逸らす。
これ以上、迷惑をかけてはいけないと思ったはずなのに、彼との時間が名残惜しくて、心がここから離れたがらない。
傍にいてくれという、昨晩の彼の言葉を真に受けて、決心が揺らいでしまっているのだ。
(駄目、駄目なの。彼とはもうーーー。)
アンヌは必死に自分に言い聞かせて、心に秘めた想いを噛み殺す。彼の体調が落ち着いたのなら、自分が彼といる必要はもうないのだ。いつギルバートが刺客を送ってくるか分からない。早々に別れの挨拶をして、ここを出発したほうがいいことは彼女も理解していた。
ーーが、その体は、グルートから距離を取るどころか、ぐっと彼の方に引き寄せられ、彼女は彼の厚い胸板に頬を寄せる事になった。
耳を澄ますと、どく、どく、どく、とやや性急に脈打つ彼の心音が聞こえた。
その熱に感化されたのか、アンヌの体もほんのり熱を帯びる。彼を想う愛しい感情が再び、ふつふつと湧き上がった。
「……悪いな。生憎、俺は聞き分けの良い犬じゃねぇんだ。」
アンヌの体を包む、グルートの腕の力が強くなる。まるで彼女がどこかへ行ってしまわないように繋ぎ止めているようで。
息が詰まるような切なさに駆られて、彼女は震えた。
「私といたら、またグルートを傷つけることになってしまうわ。みんなだって……。」
「お前の気持ちはどうなんだ。」
「え……?」
「言ったろ、てめぇがどうしたいかだけ考えろってな。」
いつか聞いた台詞を再び投げかけられ、アンヌは目を見開く。ーーそれは外の世界へ行きたいと願う、アンヌの背中を押してくれたグルートの言葉だった。
断ち切ろうとしても、彼女はその優しい言葉にまた縋りたくなってしまう。
「……怖いの。もし、私のせいで誰かを失うことになってしまったら…後悔しても仕切れない。」
「……アンヌ。」
「私だって、みんなの……あなたの傍に居たい。だけど、もう、こうするしか……!」
アンヌの堪えていた気持ちが、目尻から溢れ、頬を伝って流れ落ちる。視界が揺れて、グルートの姿もぼやけて見える。
「なら居ればいいだろ。簡単じゃねぇか。」
「だから……っ!」
「アンヌ、俺はそんなに頼りない男か?」
「……!」
腕の力を緩めて、屈んだグルートはアンヌに目線を合わせる。彼は慈しむような眼差しでじっと彼女を見つめていた。
「俺は、お前が信じてくれるなら戦える。何度だって立ち上がってやる。」
「…グルート……。」
「お前は独りじゃない。……だから、頼れよ。少しくらいお前の抱えてるモンを背負わせてくれ。」
真っ直ぐに訴えかけてくるグルートの熱意と深い優しさに、アンヌはとめどなく溢れる想いを抑えられなかった。火傷しそうなぐらいの熱情に駆られて、彼の首元に腕を回す。引き寄せた彼の頭を胸に抱きながら、幼児のように泣きじゃくる。あやすように、背中に回される彼の手に安堵して、その身を委ねた。
「私、とっても……悪い子だわ。」
「何言ってんだ、あの馬鹿でかい屋敷を飛び出した時からそうだろ。」
顔は見えないが、アンヌにはグルートが意地悪く笑っているような気がして。張り詰めていた緊張の糸が切れ、涙と共に笑みが溢れた。
雨音も雷鳴も、もう聞こえない。洞穴の外からは柔らかな太陽の光が差していた。
……長い夜が明けたようだった。
アンヌは寝起きの曖昧な意識のまま、体を起こす。堅い地面の上で寝ていたせいもあって、少し背中が痛かった。ぐっと腕を伸ばして、凝り固まった体をほぐし、ぼんやりと周囲を見渡す。ーーが、グルートの姿は見当たらない。アンヌは頭を左右に振り、曖昧な意識をはっきりとさせる。けれど、やはり近くには焚き火の燃え滓しか見つけられなかった。
「よう、起きたか。」
アンヌが不思議そうな顔をしていると、にっと口許に弧を描いたグルートが、洞穴の入り口から顔を覗かせていた。
それを見た彼女はぱっと立ち上がり、彼の傍に駆け寄る。まだ傷跡が残る彼の腕を見つめながら、彼女は心配そうに目尻を下げる。
「体はもう大丈夫なの?」
「本調子とまではいかねぇが、随分楽になったぜ。」
「……そう、よかった。」
彼が言うように、顔色は良くなっているように見えた。人型になれているのも回復した証だろう。
「ありがとよ。俺の我が儘を聞いてくれて。」
「……そんな、お礼を言うのは私の方だわ。」
改めてグルートと向き合うと、どんな顔をしていいかわからず、気まずさからアンヌは視線を逸らす。
これ以上、迷惑をかけてはいけないと思ったはずなのに、彼との時間が名残惜しくて、心がここから離れたがらない。
傍にいてくれという、昨晩の彼の言葉を真に受けて、決心が揺らいでしまっているのだ。
(駄目、駄目なの。彼とはもうーーー。)
アンヌは必死に自分に言い聞かせて、心に秘めた想いを噛み殺す。彼の体調が落ち着いたのなら、自分が彼といる必要はもうないのだ。いつギルバートが刺客を送ってくるか分からない。早々に別れの挨拶をして、ここを出発したほうがいいことは彼女も理解していた。
ーーが、その体は、グルートから距離を取るどころか、ぐっと彼の方に引き寄せられ、彼女は彼の厚い胸板に頬を寄せる事になった。
耳を澄ますと、どく、どく、どく、とやや性急に脈打つ彼の心音が聞こえた。
その熱に感化されたのか、アンヌの体もほんのり熱を帯びる。彼を想う愛しい感情が再び、ふつふつと湧き上がった。
「……悪いな。生憎、俺は聞き分けの良い犬じゃねぇんだ。」
アンヌの体を包む、グルートの腕の力が強くなる。まるで彼女がどこかへ行ってしまわないように繋ぎ止めているようで。
息が詰まるような切なさに駆られて、彼女は震えた。
「私といたら、またグルートを傷つけることになってしまうわ。みんなだって……。」
「お前の気持ちはどうなんだ。」
「え……?」
「言ったろ、てめぇがどうしたいかだけ考えろってな。」
いつか聞いた台詞を再び投げかけられ、アンヌは目を見開く。ーーそれは外の世界へ行きたいと願う、アンヌの背中を押してくれたグルートの言葉だった。
断ち切ろうとしても、彼女はその優しい言葉にまた縋りたくなってしまう。
「……怖いの。もし、私のせいで誰かを失うことになってしまったら…後悔しても仕切れない。」
「……アンヌ。」
「私だって、みんなの……あなたの傍に居たい。だけど、もう、こうするしか……!」
アンヌの堪えていた気持ちが、目尻から溢れ、頬を伝って流れ落ちる。視界が揺れて、グルートの姿もぼやけて見える。
「なら居ればいいだろ。簡単じゃねぇか。」
「だから……っ!」
「アンヌ、俺はそんなに頼りない男か?」
「……!」
腕の力を緩めて、屈んだグルートはアンヌに目線を合わせる。彼は慈しむような眼差しでじっと彼女を見つめていた。
「俺は、お前が信じてくれるなら戦える。何度だって立ち上がってやる。」
「…グルート……。」
「お前は独りじゃない。……だから、頼れよ。少しくらいお前の抱えてるモンを背負わせてくれ。」
真っ直ぐに訴えかけてくるグルートの熱意と深い優しさに、アンヌはとめどなく溢れる想いを抑えられなかった。火傷しそうなぐらいの熱情に駆られて、彼の首元に腕を回す。引き寄せた彼の頭を胸に抱きながら、幼児のように泣きじゃくる。あやすように、背中に回される彼の手に安堵して、その身を委ねた。
「私、とっても……悪い子だわ。」
「何言ってんだ、あの馬鹿でかい屋敷を飛び出した時からそうだろ。」
顔は見えないが、アンヌにはグルートが意地悪く笑っているような気がして。張り詰めていた緊張の糸が切れ、涙と共に笑みが溢れた。