shot.13 初恋の雨
熱に魘されていたグルートは、とうとう人の姿を保てなくなる程に衰弱していた。
けれど、そんな中でも彼は頑なにアンヌから離れようとしない。彼女がポケモンセンターに人を呼びに行こうとすると、グルートは彼女の服を甘噛みして、低く唸り、その場に留めるような行動を取っていた。
洞穴の外から聞こえる雨音は激しくなる一方で、時々耳をつん裂くような激しい雷鳴も響いていた。避雷針の特性を持ったポケモンがいればいいがーーどのみち、今、外に出るのは危険だった。
せめて気持ちだけでも楽にしてあげたいと、アンヌは彼の胴体を優しく摩っていた。
他に何かできることはないかと濡れた鞄の中を探り、アンヌはペットボトルのおいしい水を取り出す。外面についていた水滴を手で拭って、彼の前に差し出した。
「飲めるかしら……?」
なんとか水分補給ぐらいはさせてあげたいと、アンヌが尋ねると、彼は重い瞼を薄く開き、「ヘル…」と小さく鳴いた。口を開けようとしている感じがあったので、それを了承と受け取り、彼女は口許に手を添えて彼に水を飲ませた。
「大丈夫よ、グルート。」
気休めにしかならないと承知しながらも、苦しそうな彼を励まさずにはいられなかった。
グルートはアンヌの存在を確かめるように瞼をは僅かに開き、再び目を閉じた。
(ーーそういえば……前にもこんなこと。)
彼の体に触れながら、既視感を覚えてアンヌは記憶を巡らせる。間もなく、彼女は彼と出会った時のことを思い起こした。
ーーあの日、縁談の話を出されて、眠れない夜を過ごしていた時。彼は突然、何の前触れもなく目の前に現れた。彼は屋敷を守るラインハルトの攻撃を受け、酷い怪我をしていて。慣れない手つきで、アンヌは必死に彼の傷の手当てをしたのだった。
『不安になったか?助けたポケモンが悪いやつじゃねーかってよ。』
傷薬が効いで元気になった彼はそう言って、意地悪く笑っていた。喋り方も雰囲気も、アンヌが出会ってきた人々とはまるで違っていて、衝撃を受けたことを今でもよく覚えている。
いつも顔色を伺い、伺われ、他人行儀な会話ばかり。適度な距離を保って、粗相のないようにつくった笑顔で振る舞う日々。そういうものなのだと、決まりに従い、自分を納得させて生きてきた。
だが、彼と出会ってアンヌの世界は大きく変わった。
『グルートだ。お前は?』
無論気軽に名前を尋ねられたことなどなく、アンヌはその率直さに大層驚いた。それに軽快に返すことができた自分自身にも。
嬉しかった。シャルロワ家の屋敷の中で、彼のようにお前と呼んで、対等な立場で話しかけてくれる人など今までいなかったからだ。
会ったばかりで、何も知らないどころか、屋敷に不法侵入してきた相手だというのに。アンヌは、そんな彼の大胆さと真っ直ぐな意志にとても惹かれた。
(私は……あの時から、もうーーー。)
グルートはぶっきらぼうで、時々意地悪だ。けれど誰よりも温かくて、優しいひと。彼を思うとぎゅっと胸が締め付けられて、熱が広がる。焦がれて、切なくて堪らない。
手を伝って感じるその体温に、アンヌは益々彼への想いが強くなった。
物語の王子様に焦がれていた時のような、胸の高鳴り。本当はずっと前から感じていたはずなのに、わからないふりをしていただけなのかもしれない。ーー彼との関係性が変わってしまうことが、怖かったからだ。
だが、もうこの想いはどうやっても消せない。抑えられないものだと彼女は悟った。彼を目にすると、離れなくては、と言い聞かせていた我慢の枷はあっさりと外れてしまう。
目尻から溢れる雫が、ぽつぽつと乾いた地面に落ちる。
グルートはもう眠っただろうか。瞼を閉じている彼には聞こえていないと踏んで、アンヌは静かに口を開いた。
「……好き、あなたが好きなの。」
雨音に掻き消されてしまう程の臆病な声で。嵐の夜に、アンヌは小さな告白をした。
けれど、そんな中でも彼は頑なにアンヌから離れようとしない。彼女がポケモンセンターに人を呼びに行こうとすると、グルートは彼女の服を甘噛みして、低く唸り、その場に留めるような行動を取っていた。
洞穴の外から聞こえる雨音は激しくなる一方で、時々耳をつん裂くような激しい雷鳴も響いていた。避雷針の特性を持ったポケモンがいればいいがーーどのみち、今、外に出るのは危険だった。
せめて気持ちだけでも楽にしてあげたいと、アンヌは彼の胴体を優しく摩っていた。
他に何かできることはないかと濡れた鞄の中を探り、アンヌはペットボトルのおいしい水を取り出す。外面についていた水滴を手で拭って、彼の前に差し出した。
「飲めるかしら……?」
なんとか水分補給ぐらいはさせてあげたいと、アンヌが尋ねると、彼は重い瞼を薄く開き、「ヘル…」と小さく鳴いた。口を開けようとしている感じがあったので、それを了承と受け取り、彼女は口許に手を添えて彼に水を飲ませた。
「大丈夫よ、グルート。」
気休めにしかならないと承知しながらも、苦しそうな彼を励まさずにはいられなかった。
グルートはアンヌの存在を確かめるように瞼をは僅かに開き、再び目を閉じた。
(ーーそういえば……前にもこんなこと。)
彼の体に触れながら、既視感を覚えてアンヌは記憶を巡らせる。間もなく、彼女は彼と出会った時のことを思い起こした。
ーーあの日、縁談の話を出されて、眠れない夜を過ごしていた時。彼は突然、何の前触れもなく目の前に現れた。彼は屋敷を守るラインハルトの攻撃を受け、酷い怪我をしていて。慣れない手つきで、アンヌは必死に彼の傷の手当てをしたのだった。
『不安になったか?助けたポケモンが悪いやつじゃねーかってよ。』
傷薬が効いで元気になった彼はそう言って、意地悪く笑っていた。喋り方も雰囲気も、アンヌが出会ってきた人々とはまるで違っていて、衝撃を受けたことを今でもよく覚えている。
いつも顔色を伺い、伺われ、他人行儀な会話ばかり。適度な距離を保って、粗相のないようにつくった笑顔で振る舞う日々。そういうものなのだと、決まりに従い、自分を納得させて生きてきた。
だが、彼と出会ってアンヌの世界は大きく変わった。
『グルートだ。お前は?』
無論気軽に名前を尋ねられたことなどなく、アンヌはその率直さに大層驚いた。それに軽快に返すことができた自分自身にも。
嬉しかった。シャルロワ家の屋敷の中で、彼のようにお前と呼んで、対等な立場で話しかけてくれる人など今までいなかったからだ。
会ったばかりで、何も知らないどころか、屋敷に不法侵入してきた相手だというのに。アンヌは、そんな彼の大胆さと真っ直ぐな意志にとても惹かれた。
(私は……あの時から、もうーーー。)
グルートはぶっきらぼうで、時々意地悪だ。けれど誰よりも温かくて、優しいひと。彼を思うとぎゅっと胸が締め付けられて、熱が広がる。焦がれて、切なくて堪らない。
手を伝って感じるその体温に、アンヌは益々彼への想いが強くなった。
物語の王子様に焦がれていた時のような、胸の高鳴り。本当はずっと前から感じていたはずなのに、わからないふりをしていただけなのかもしれない。ーー彼との関係性が変わってしまうことが、怖かったからだ。
だが、もうこの想いはどうやっても消せない。抑えられないものだと彼女は悟った。彼を目にすると、離れなくては、と言い聞かせていた我慢の枷はあっさりと外れてしまう。
目尻から溢れる雫が、ぽつぽつと乾いた地面に落ちる。
グルートはもう眠っただろうか。瞼を閉じている彼には聞こえていないと踏んで、アンヌは静かに口を開いた。
「……好き、あなたが好きなの。」
雨音に掻き消されてしまう程の臆病な声で。嵐の夜に、アンヌは小さな告白をした。