shot.13 初恋の雨
ーー温かい。
薄らとした意識の中で、アンヌは確かに温もりを感じて。閉じていた瞼をゆっくりと開く。
最初に目に入ったのは炎。……焚き火、だろうか。それは闇の中でゆらゆらと揺れている。
土砂降りの雨の中にいたはずなのに、何故炎が見えるのだろうーーと疑問に思い、何気なく視線を動かす。
するとアンヌは朦朧とした意識が、一気に明瞭になってしまうほど、驚き、目を見開くことになった。
アンヌが想い、初めて恋をしたひとーーグルートが、彼女の体にぴったりと寄り添うようにして、傍にいたのだ。
再び胸が疼きだす。封じ込めたはずの感情がどくどくと脈打ち、彼女に訴えかけてくる。
「どうして……?」
目に映るものが信じられず、思わずアンヌは言葉を溢してしまう。小さな呟きでも、洞穴のようなこの空間にはよく響いた。
その声にグルートが閉じていた瞼を開く。アンヌは咄嗟に身を引いた。
「……何だよ、そのツラ。」
少し不機嫌そうな顔で、彼は言葉を溢す。髪の毛も服も、アンヌと同じようにびっしょりと濡れていた。
「わたし…雨の中でグルートに会う夢を見て……。」
「夢じゃねぇよ、現実だ。じゃなきゃ、こんなずぶ濡れになんねーよ。」
素気なく呟いたグルートはアンヌから視線を逸らし、目の前の焚き火をぼんやりと見つめる。
「生憎、火力がでなくてな。日本晴れにでもしてやりたいところだが、今はこんな小さな火を点けるだけで精一杯みてぇだ。…情けねぇ話だが。」
グルートは自嘲するように笑い、煙草を咥えた。インナーも着ずに、ジャケットだけ羽織った体には痛々しく包帯が巻かれたままだ。本当に、ついさっき目を覚ましたばかりで、着の身着のままポケモンセンター飛び出してきたような格好だった。
状況から鑑みるとーー恐らく、後を追ってきた彼がこの洞穴に運んでくれたのだろう。こんなにも早く追いつかれてしまうとはアンヌも予想外だったが。
「……ごめんなさい。」
どうやら、また彼に助けられてしまったらしい。居た堪れず、アンヌは目を伏せる。迷惑をかけたくない一心でひとりの道を選んだというのに、結局何も変えられず、グルートに合わせる顔がなかった。
「何でお前が謝るんだよ。」
「わたしのせい、でしょう。力が出ないのも、その怪我も……。」
「違う。……俺があいつより弱かった。ただ、それだけだ。」
「違わないわ!私がいなければ…最初からみんなを巻き込まなければっ…!そんな、酷い怪我をすることはなかったのよ。」
洞穴に響くアンヌの声。言い終わってから感情的になってしまった自分に気づいて、はっとする。彼との間に流れる重たい空気に、胸が苦しくなった。
「……大きな声を出して、ごめんなさい。でも、もういいの。……私は、大丈夫だから。」
早々に話を切り上げて、アンヌは立ち上がり、洞穴の外へと向かおうとする。なるべくグルートと目を合わせないように気を逸らした。
「……どこにいくつもりだ。」
彼の一言が枷のように重く、アンヌを引き留める。彼女は唇を噛み、必死に堪えて、再び自分の気持ちに蓋をした。
「助けてくれてありがとう、それじゃあ。」
問いには答えず、アンヌは逃げるようにして彼の前を通り過ぎる。
湿度を増す洞穴の外からは、まだ雨音が聞こえる。けれど、グルートがいるこの場所に長居するわけにはいかなかった。
ーーもう、彼を自分に関わらせてはいけないのだ。
「おい、待て!まだ話はーー。」
グルートがアンヌの腕を掴む。胸の軋みを誤魔化して彼女は強く手を振り払った。彼に力では敵わないかも知れないーーと思ったがグルートの手は予想に反して、容易に振り解けた。
だが、その直後にどさりと何かが崩れるような音が響いて。途端にグルートの声が聞こえなくなったことに、アンヌは不吉な胸騒ぎを覚える。
今なら彼と距離を取ることができる絶好の機会。そのはずなのに、アンヌは振り返らずにはいられなかった。
火の点いていない、いつもの煙草が地面に落ちていて。……その側にはグルートが力無く横たわっていた。
「グルートっ!?」
あれだけ頭を回らせていたのに、倒れるグルートを目の当たりにして彼女は頭が真っ白になり、我を忘れてしまう。体が、心が、自然と彼の元へと足を運ばせる。
彼は荒く、息を吐く。眉間に皺を寄せて、痛みを堪えるような苦悶の表情を浮かべていた。アンヌが額に手を添えると、酷く熱を帯びているのがわかった。
アンヌは唖然として、さっと血の気が引いていくのを感じた。……やはり彼は無理をして豪雨の中、ここまで自分の後を追ってきたのだ。
アンヌはその場に崩れ落ち、瞳を潤ませて、何度も何度も繰り返し、グルートに謝った。
悲痛な顔をして、震える小さな彼女の手に、彼はそっと自身の手を乗せる。大きく、力強い手だった。
「少しは人の話聞けよ…お前のせいじゃねぇって言ってんだろ……。」
「でも……っ!」
「なら、…ひとつ、我が儘を聞いてくれるか。」
弱々しくも、恐らく今のグルートには精一杯であろう力で、彼はアンヌの左手を握り締める。
彼女を見上げて、その姿を瞳に映しながら、とても優しい顔をして。
「傍にいてくれ。……頼む。」
ーー想う人にそう懇願されて、その手を振り解けるほどアンヌは非情にはなれず、大人でもなかった。
アンヌは静かに頷き、もう片方の手を握られた手に添わせ、そっと包み込んだ。
薄らとした意識の中で、アンヌは確かに温もりを感じて。閉じていた瞼をゆっくりと開く。
最初に目に入ったのは炎。……焚き火、だろうか。それは闇の中でゆらゆらと揺れている。
土砂降りの雨の中にいたはずなのに、何故炎が見えるのだろうーーと疑問に思い、何気なく視線を動かす。
するとアンヌは朦朧とした意識が、一気に明瞭になってしまうほど、驚き、目を見開くことになった。
アンヌが想い、初めて恋をしたひとーーグルートが、彼女の体にぴったりと寄り添うようにして、傍にいたのだ。
再び胸が疼きだす。封じ込めたはずの感情がどくどくと脈打ち、彼女に訴えかけてくる。
「どうして……?」
目に映るものが信じられず、思わずアンヌは言葉を溢してしまう。小さな呟きでも、洞穴のようなこの空間にはよく響いた。
その声にグルートが閉じていた瞼を開く。アンヌは咄嗟に身を引いた。
「……何だよ、そのツラ。」
少し不機嫌そうな顔で、彼は言葉を溢す。髪の毛も服も、アンヌと同じようにびっしょりと濡れていた。
「わたし…雨の中でグルートに会う夢を見て……。」
「夢じゃねぇよ、現実だ。じゃなきゃ、こんなずぶ濡れになんねーよ。」
素気なく呟いたグルートはアンヌから視線を逸らし、目の前の焚き火をぼんやりと見つめる。
「生憎、火力がでなくてな。日本晴れにでもしてやりたいところだが、今はこんな小さな火を点けるだけで精一杯みてぇだ。…情けねぇ話だが。」
グルートは自嘲するように笑い、煙草を咥えた。インナーも着ずに、ジャケットだけ羽織った体には痛々しく包帯が巻かれたままだ。本当に、ついさっき目を覚ましたばかりで、着の身着のままポケモンセンター飛び出してきたような格好だった。
状況から鑑みるとーー恐らく、後を追ってきた彼がこの洞穴に運んでくれたのだろう。こんなにも早く追いつかれてしまうとはアンヌも予想外だったが。
「……ごめんなさい。」
どうやら、また彼に助けられてしまったらしい。居た堪れず、アンヌは目を伏せる。迷惑をかけたくない一心でひとりの道を選んだというのに、結局何も変えられず、グルートに合わせる顔がなかった。
「何でお前が謝るんだよ。」
「わたしのせい、でしょう。力が出ないのも、その怪我も……。」
「違う。……俺があいつより弱かった。ただ、それだけだ。」
「違わないわ!私がいなければ…最初からみんなを巻き込まなければっ…!そんな、酷い怪我をすることはなかったのよ。」
洞穴に響くアンヌの声。言い終わってから感情的になってしまった自分に気づいて、はっとする。彼との間に流れる重たい空気に、胸が苦しくなった。
「……大きな声を出して、ごめんなさい。でも、もういいの。……私は、大丈夫だから。」
早々に話を切り上げて、アンヌは立ち上がり、洞穴の外へと向かおうとする。なるべくグルートと目を合わせないように気を逸らした。
「……どこにいくつもりだ。」
彼の一言が枷のように重く、アンヌを引き留める。彼女は唇を噛み、必死に堪えて、再び自分の気持ちに蓋をした。
「助けてくれてありがとう、それじゃあ。」
問いには答えず、アンヌは逃げるようにして彼の前を通り過ぎる。
湿度を増す洞穴の外からは、まだ雨音が聞こえる。けれど、グルートがいるこの場所に長居するわけにはいかなかった。
ーーもう、彼を自分に関わらせてはいけないのだ。
「おい、待て!まだ話はーー。」
グルートがアンヌの腕を掴む。胸の軋みを誤魔化して彼女は強く手を振り払った。彼に力では敵わないかも知れないーーと思ったがグルートの手は予想に反して、容易に振り解けた。
だが、その直後にどさりと何かが崩れるような音が響いて。途端にグルートの声が聞こえなくなったことに、アンヌは不吉な胸騒ぎを覚える。
今なら彼と距離を取ることができる絶好の機会。そのはずなのに、アンヌは振り返らずにはいられなかった。
火の点いていない、いつもの煙草が地面に落ちていて。……その側にはグルートが力無く横たわっていた。
「グルートっ!?」
あれだけ頭を回らせていたのに、倒れるグルートを目の当たりにして彼女は頭が真っ白になり、我を忘れてしまう。体が、心が、自然と彼の元へと足を運ばせる。
彼は荒く、息を吐く。眉間に皺を寄せて、痛みを堪えるような苦悶の表情を浮かべていた。アンヌが額に手を添えると、酷く熱を帯びているのがわかった。
アンヌは唖然として、さっと血の気が引いていくのを感じた。……やはり彼は無理をして豪雨の中、ここまで自分の後を追ってきたのだ。
アンヌはその場に崩れ落ち、瞳を潤ませて、何度も何度も繰り返し、グルートに謝った。
悲痛な顔をして、震える小さな彼女の手に、彼はそっと自身の手を乗せる。大きく、力強い手だった。
「少しは人の話聞けよ…お前のせいじゃねぇって言ってんだろ……。」
「でも……っ!」
「なら、…ひとつ、我が儘を聞いてくれるか。」
弱々しくも、恐らく今のグルートには精一杯であろう力で、彼はアンヌの左手を握り締める。
彼女を見上げて、その姿を瞳に映しながら、とても優しい顔をして。
「傍にいてくれ。……頼む。」
ーー想う人にそう懇願されて、その手を振り解けるほどアンヌは非情にはなれず、大人でもなかった。
アンヌは静かに頷き、もう片方の手を握られた手に添わせ、そっと包み込んだ。