shot.12 金の楔
「どういうことよ、オーナー!」
ミュージカルホールの会長室で、サイルーンがオーナーに詰め寄る。今し方彼の口から聞かされた内容が受け入れられず、彼女は憤りを露わにしていた。
性質の悪い冗談であってほしいと願ったが、ミュージカルホールがギルバートの会社の傘下になった、つまりーー彼に買収されたことは紛れもない事実だった。皆の努力のおかげで公演も大盛況のうちに終わったというのに……彼女はオーナーの下した決定に納得できなかった。
「みんなで素晴らしいステージを作ったのよ!?それを……!」
「所詮、結果論だろう。素人に任せるなど……歴史あるミュージカルホールのオーナーとして、私はそんな危険な賭けをするわけにはいかなかった。」
「……!」
「素人を起用したことでクオリティが下がり、ミュージカルホールの名に傷をつけることになる可能性の方が、高かった筈だ。」
オーナーは苦い顔をして、サイルーンから視線を逸らす。気まずそうに目を泳がせる彼に、真っ直ぐに怒りをぶつけてくる彼女の姿は眩しく映った。
彼の言うことも理解できなくはなかったが、それでも、成功を信じて一丸となり公演に臨んだ仲間のことを思うと、オーナーの行動には裏切られたような気持ちになる。彼女がぐっと握りしめた拳は、わなわなと震えていた。
「私もあの男のことは気に食わなかったが、君をポケウッドに移籍させれば、オーナーの変更はしないという条件を提示してきた。……どの道、公演が上手くいかなければ、スポンサーからの援助は断ち切られることになっていたんだ。」
「それだって、あの男の策略でしょう!まんまと嵌められて、アナタは悔しくないわけ!?」
「ミュージカルホールを私の手で存続させることができるんだ。私がオーナーのままならスタッフも守ることができる。君を失うのは惜しいが……致し方ない。」
「なんですって……!」
ポケウッドといえば、ギルバートとも繋がっていて、度々ミュージカルホールから俳優を引き抜いているところだ。今回の公演の主演女優も直前になって、奪われたのは記憶に新しい。そのやり口に怒りを見せていたはずのオーナーが、自分を売るような形をとったことがサイルーンは許せなかった。
「君も知っているだろう。あの男に目をつけられたら終わりだ。絶対に、何もかも奪われてしまう。……逆らうことなど出来ないのだよ。」
ーー最初からギルバートの掌の上で踊らされていたに過ぎない。オーナーからは諦めの感情が漂っていた。
弱々しく俯くオーナーの姿に、サイルーンは絶句した。長年の付き合いの中で、彼がそんな風に弱音を吐いているのを見るのは初めてだったからだ。
「この話は終わりだ。……直ちに移籍の準備をしてくれ。移籍にかかる諸費用はこちらが持とう。」
早々に話を切り上げ、彼は逃げるような態度を取る。そこにストイックに演劇を愛し、のめり込んでいた情熱的な彼の面影はない。
「そう…よくわかったわ。」
彼に向けていた怒りが落胆に変わって、これ以上話を続けても無意味だとサイルーンは悟った。
彼女は長い睫毛を震わせながら、目を伏せる。悲しみと悔しさが入り混じり、溜息が溢れた。
「アナタは昔から意固地で拘りが強くて、我が儘だった。だけど、何者にも屈しない熱いハートを持っているひとだったわ。……まさか、金と地位に目が眩んで、情けない男に成り下がるなんてね。」
「……。」
「そっちがその気なら、アタシにも考えがあるわ。」
「……なんだね。」
サイルーンはバンっと力強く机を叩き、オーナーを見つめる。彼は彼女の覇気に驚き、思わず目を丸くさせた。その眼差しには人気女優の矜持と強い覚悟が滲んでいた。
ミュージカルホールの会長室で、サイルーンがオーナーに詰め寄る。今し方彼の口から聞かされた内容が受け入れられず、彼女は憤りを露わにしていた。
性質の悪い冗談であってほしいと願ったが、ミュージカルホールがギルバートの会社の傘下になった、つまりーー彼に買収されたことは紛れもない事実だった。皆の努力のおかげで公演も大盛況のうちに終わったというのに……彼女はオーナーの下した決定に納得できなかった。
「みんなで素晴らしいステージを作ったのよ!?それを……!」
「所詮、結果論だろう。素人に任せるなど……歴史あるミュージカルホールのオーナーとして、私はそんな危険な賭けをするわけにはいかなかった。」
「……!」
「素人を起用したことでクオリティが下がり、ミュージカルホールの名に傷をつけることになる可能性の方が、高かった筈だ。」
オーナーは苦い顔をして、サイルーンから視線を逸らす。気まずそうに目を泳がせる彼に、真っ直ぐに怒りをぶつけてくる彼女の姿は眩しく映った。
彼の言うことも理解できなくはなかったが、それでも、成功を信じて一丸となり公演に臨んだ仲間のことを思うと、オーナーの行動には裏切られたような気持ちになる。彼女がぐっと握りしめた拳は、わなわなと震えていた。
「私もあの男のことは気に食わなかったが、君をポケウッドに移籍させれば、オーナーの変更はしないという条件を提示してきた。……どの道、公演が上手くいかなければ、スポンサーからの援助は断ち切られることになっていたんだ。」
「それだって、あの男の策略でしょう!まんまと嵌められて、アナタは悔しくないわけ!?」
「ミュージカルホールを私の手で存続させることができるんだ。私がオーナーのままならスタッフも守ることができる。君を失うのは惜しいが……致し方ない。」
「なんですって……!」
ポケウッドといえば、ギルバートとも繋がっていて、度々ミュージカルホールから俳優を引き抜いているところだ。今回の公演の主演女優も直前になって、奪われたのは記憶に新しい。そのやり口に怒りを見せていたはずのオーナーが、自分を売るような形をとったことがサイルーンは許せなかった。
「君も知っているだろう。あの男に目をつけられたら終わりだ。絶対に、何もかも奪われてしまう。……逆らうことなど出来ないのだよ。」
ーー最初からギルバートの掌の上で踊らされていたに過ぎない。オーナーからは諦めの感情が漂っていた。
弱々しく俯くオーナーの姿に、サイルーンは絶句した。長年の付き合いの中で、彼がそんな風に弱音を吐いているのを見るのは初めてだったからだ。
「この話は終わりだ。……直ちに移籍の準備をしてくれ。移籍にかかる諸費用はこちらが持とう。」
早々に話を切り上げ、彼は逃げるような態度を取る。そこにストイックに演劇を愛し、のめり込んでいた情熱的な彼の面影はない。
「そう…よくわかったわ。」
彼に向けていた怒りが落胆に変わって、これ以上話を続けても無意味だとサイルーンは悟った。
彼女は長い睫毛を震わせながら、目を伏せる。悲しみと悔しさが入り混じり、溜息が溢れた。
「アナタは昔から意固地で拘りが強くて、我が儘だった。だけど、何者にも屈しない熱いハートを持っているひとだったわ。……まさか、金と地位に目が眩んで、情けない男に成り下がるなんてね。」
「……。」
「そっちがその気なら、アタシにも考えがあるわ。」
「……なんだね。」
サイルーンはバンっと力強く机を叩き、オーナーを見つめる。彼は彼女の覇気に驚き、思わず目を丸くさせた。その眼差しには人気女優の矜持と強い覚悟が滲んでいた。