shot.12 金の楔
「あちらも粗方、片がついたようですね。」
ステージの上から、ツェペシュの働きぶりを見ていたギルバートは満足げに笑む。ツェペシュの眼前にはブレイヴと、ジェトの姿。ふたりは彼の猛攻に耐えきれず、ぐったりとしたまま動かなくなっていた。血の臭いがいやに生々しく、グルートの鼻につく。
「ちっ……っ!」
仲間の危機だとわかってはいるが、彼らの元に駆けつける余裕も力も、グルートには残っていなかった。体に響く痛みに耐え、無力さを噛み締めることしかできない。せめて、この意識だけは離さまいと必死に己を奮い立たせる。
だがギルバートは尚も容赦無く、蹲るグルートの腹を蹴る。既に体に複数の深い傷を負っていた彼は、それだけで激痛に襲われた。血を吐きながら、今にも消えそうな掠れた呼吸を小刻みに何度も繰り返す。
「右手か左手か。どちらを先に潰されたいか、お好きな方をお選びください。」
ギルバートは銃口と共に彼を見下ろす。残虐な言動とは不釣り合いな程、穏やかな口調だった。
底知れぬ邪悪な気配。致命傷にならない痛みを与え続け、じわじわと相手が苦しむ様を見て楽しむーー実に悪趣味で卑劣だ。
「……は、ひとに聞かなきゃ…てめぇで決めらんねーのか?…チキン野郎が。」
グルートの口内は鉄を舐めているような血の味で満たされる。
体は疾うに限界を超えていた。だが、圧倒的に不利な状況でありながら、彼はギルバートを挑発する。……この男に屈することだけはしたくなかった。
抗い続けるグルートの反抗的な態度に、ギルバートは面白くなさそうに眉を寄せる。そして、退屈しのぎ程度の軽い感覚で、彼はグルートの顔面を何の躊躇いもなく蹴り飛ばす。
「っうぐ…!」
革靴の尖った部分が直撃し、口からも鼻からも血が溢れる。衝撃で前歯が折れたが、撃たれた痛みに掻き消されて、最早感覚がなかった。
(……クソ…っ、意識がぐらついてきやがった…。)
滴り落ちる自身の血すら霞んで見える。視界が揺れて、焦点が定まらない。まだ倒れるわけにはいかないと拳を握りしめ、必死に堪える。
既に限界を超えている彼を繋ぎ止めているのは、脳裏に過ぎるアンヌの悲痛な表情だった。声を顰め、涙を流す彼女の顔が忘れられない。彼女を傷つけたギルバートに対する怒りが、彼の諦めない意志をより強固なものにした。
どんな惨い仕打ちを受けようとも、ギルバートを睨むグルートの瞳は曇る事はなく、野良犬のような荒々しい眼光を放っていた。
「馬鹿は痛みにも鈍感か。……やはり、あんた自身に脅しをかけても効果がないらしい。」
つまらなそうに、ギルバートは銃を下ろす。思い通りの反応を得られず、グルートを甚振るのにも飽きてきたようだ。
「おい、そこのお前。」
ギルバートは振り返り、側に控えていた黒服の男に声をかける。彼の一声だけで、部下である男に緊張が走るのが見てわかる。
「アンヌ・シャルロワを連れてこい。……今すぐにだ。」
「畏まりました。」
何を企んでいるのかとグルートが反応するより先に、ギルバートの口から最も聞きたくない名が発せられた。
はっと目を見開き、グルートは床に手をつき、上体を起こそうとする。……けれど、思うように力が入らず、やはり立ち上がれない。
「てめぇ……っ!どういう…つもりだ……!」
「あんたを甚振っても大した成果が得られないのなら、他の方法を試してみるしか無いだろう?」
「な……に…っ!?」
「楽しみですね。……純真無垢な少女が目の前で汚された時、あんたはどんな顔をするのか。」
どくん、と心臓が跳ねる音がした。気味の悪い汗が背筋を這う。ギルバートの毒牙にかかるアンヌが思い浮かんで、グルートは血の気が引いていくのを感じた。
「やめろ、…あいつに、手を出すな!」
「それは俺に懇願しているのですか?……であれば、頭が高すぎるのでは?」
目に見えて動揺し始めるグルートの反応に、ギルバートは愉快そうに口角を吊り上げる。恐怖し、絶望に苛まれ、必死に許しを乞う、その姿が彼は見たかったのだ。
「もっと低く、…そう、俺の靴を舐めるぐらいでなくては、到底聞き入れられませんね。」
ギルバートはグルートの頭を、ぐりぐりと踏みつける。皮膚が切れて血が滲んでも、彼はその傷を抉るように何度も踏み躙った。
(アンヌ……っ、)
屈辱と激痛に悶え苦しむことになっても、これ以上、彼女を傷付くような目には合わせたく無かった。ギルバートを止められるなら、幾らでもこの身に痛みを受けてやる。
ーーアンヌを守らなくては。
そう思うのに、願うのに。気持ちに体がついていかず、もう指一本すらまともに動かない。腕を伸ばし、ギルバートの足を掴むことすらできなかった。
「ギルバート様。」
「連れてきたか。」
「それが……。」
アンヌを連れてくるように頼まれていた黒服の男が、ホールの出入り口の方をギルバートに指し示す。何やら困惑した様子。促されるまま、彼はその方に視線を向ける。直後、光が差し込み、扉が開いた。
こつ、こつ、という控えめな足音がホールに響く。視線が一斉にそちらに向いた。
ステージの上から、ツェペシュの働きぶりを見ていたギルバートは満足げに笑む。ツェペシュの眼前にはブレイヴと、ジェトの姿。ふたりは彼の猛攻に耐えきれず、ぐったりとしたまま動かなくなっていた。血の臭いがいやに生々しく、グルートの鼻につく。
「ちっ……っ!」
仲間の危機だとわかってはいるが、彼らの元に駆けつける余裕も力も、グルートには残っていなかった。体に響く痛みに耐え、無力さを噛み締めることしかできない。せめて、この意識だけは離さまいと必死に己を奮い立たせる。
だがギルバートは尚も容赦無く、蹲るグルートの腹を蹴る。既に体に複数の深い傷を負っていた彼は、それだけで激痛に襲われた。血を吐きながら、今にも消えそうな掠れた呼吸を小刻みに何度も繰り返す。
「右手か左手か。どちらを先に潰されたいか、お好きな方をお選びください。」
ギルバートは銃口と共に彼を見下ろす。残虐な言動とは不釣り合いな程、穏やかな口調だった。
底知れぬ邪悪な気配。致命傷にならない痛みを与え続け、じわじわと相手が苦しむ様を見て楽しむーー実に悪趣味で卑劣だ。
「……は、ひとに聞かなきゃ…てめぇで決めらんねーのか?…チキン野郎が。」
グルートの口内は鉄を舐めているような血の味で満たされる。
体は疾うに限界を超えていた。だが、圧倒的に不利な状況でありながら、彼はギルバートを挑発する。……この男に屈することだけはしたくなかった。
抗い続けるグルートの反抗的な態度に、ギルバートは面白くなさそうに眉を寄せる。そして、退屈しのぎ程度の軽い感覚で、彼はグルートの顔面を何の躊躇いもなく蹴り飛ばす。
「っうぐ…!」
革靴の尖った部分が直撃し、口からも鼻からも血が溢れる。衝撃で前歯が折れたが、撃たれた痛みに掻き消されて、最早感覚がなかった。
(……クソ…っ、意識がぐらついてきやがった…。)
滴り落ちる自身の血すら霞んで見える。視界が揺れて、焦点が定まらない。まだ倒れるわけにはいかないと拳を握りしめ、必死に堪える。
既に限界を超えている彼を繋ぎ止めているのは、脳裏に過ぎるアンヌの悲痛な表情だった。声を顰め、涙を流す彼女の顔が忘れられない。彼女を傷つけたギルバートに対する怒りが、彼の諦めない意志をより強固なものにした。
どんな惨い仕打ちを受けようとも、ギルバートを睨むグルートの瞳は曇る事はなく、野良犬のような荒々しい眼光を放っていた。
「馬鹿は痛みにも鈍感か。……やはり、あんた自身に脅しをかけても効果がないらしい。」
つまらなそうに、ギルバートは銃を下ろす。思い通りの反応を得られず、グルートを甚振るのにも飽きてきたようだ。
「おい、そこのお前。」
ギルバートは振り返り、側に控えていた黒服の男に声をかける。彼の一声だけで、部下である男に緊張が走るのが見てわかる。
「アンヌ・シャルロワを連れてこい。……今すぐにだ。」
「畏まりました。」
何を企んでいるのかとグルートが反応するより先に、ギルバートの口から最も聞きたくない名が発せられた。
はっと目を見開き、グルートは床に手をつき、上体を起こそうとする。……けれど、思うように力が入らず、やはり立ち上がれない。
「てめぇ……っ!どういう…つもりだ……!」
「あんたを甚振っても大した成果が得られないのなら、他の方法を試してみるしか無いだろう?」
「な……に…っ!?」
「楽しみですね。……純真無垢な少女が目の前で汚された時、あんたはどんな顔をするのか。」
どくん、と心臓が跳ねる音がした。気味の悪い汗が背筋を這う。ギルバートの毒牙にかかるアンヌが思い浮かんで、グルートは血の気が引いていくのを感じた。
「やめろ、…あいつに、手を出すな!」
「それは俺に懇願しているのですか?……であれば、頭が高すぎるのでは?」
目に見えて動揺し始めるグルートの反応に、ギルバートは愉快そうに口角を吊り上げる。恐怖し、絶望に苛まれ、必死に許しを乞う、その姿が彼は見たかったのだ。
「もっと低く、…そう、俺の靴を舐めるぐらいでなくては、到底聞き入れられませんね。」
ギルバートはグルートの頭を、ぐりぐりと踏みつける。皮膚が切れて血が滲んでも、彼はその傷を抉るように何度も踏み躙った。
(アンヌ……っ、)
屈辱と激痛に悶え苦しむことになっても、これ以上、彼女を傷付くような目には合わせたく無かった。ギルバートを止められるなら、幾らでもこの身に痛みを受けてやる。
ーーアンヌを守らなくては。
そう思うのに、願うのに。気持ちに体がついていかず、もう指一本すらまともに動かない。腕を伸ばし、ギルバートの足を掴むことすらできなかった。
「ギルバート様。」
「連れてきたか。」
「それが……。」
アンヌを連れてくるように頼まれていた黒服の男が、ホールの出入り口の方をギルバートに指し示す。何やら困惑した様子。促されるまま、彼はその方に視線を向ける。直後、光が差し込み、扉が開いた。
こつ、こつ、という控えめな足音がホールに響く。視線が一斉にそちらに向いた。