shot.12 金の楔

「お前……何を、知ってやがる。」

 怒り、悲しみ、困惑が混じった声。グルートは絞り出すように、言葉を発した。
 開けてはならぬパンドラの匣。グルートは誰にも語らず、全てに蓋をして、厳重に鍵を掛けたはずだった。この記憶は墓場まで持っていく…そう決めていたのに。
 茫然とするグルートとは対照的にギルバートは“流れ”が傾いたのを感じて、満足そうに目を細める。

「物事を有利に進める為には、対する相手の情報は調べておくものですよ。……確か、マリアという名の女性だったかな?」
「っ!」

 ギルバートが動揺する相手の反応を楽しんでいることは、グルートにもわかっていた。…だがそれが挑発だと気づいても彼はその名を出され、冷静ではいられなかった。

 震えるグルートの両手に赤色が浮かび上がる。腕に抱いた彼女が、赤に染まり温もりを失っていくーーあの日の様が昨日のことのようにありありと彼の脳内に映し出される。

「うるせぇ……てめぇが、あいつの名前を呼ぶんじゃねぇ!」

 悪夢のような記憶を払拭したい思いと、ギルバートへの苛立ちが重なって、グルートは四方八方に悪の波動を投げつける。だが感情に身を任せ、照準の合っていない攻撃では、ギルバートには一撃も当たらない。ただただ無意味に体力を消耗し、周囲の壁や床を破壊しているだけだった。

 そして、その隙を彼は見逃さなかった。

 即座にパワージェムのエネルギーを拳銃に充填して、グルートの右足を撃ち抜く。


(しまった……っ!)

 右太腿に銃弾が貫通する。激痛が走り、力が抜けていく。立っている体勢も維持できず、床に片膝をついていた。


「戦いの最中に考え事とはいけませんね。これで足も使えなくなって、あんたは絶体絶命だ。」
「……っぐ、てめぇ……っ!」
「やっと負け犬らしくなってきたじゃないですか。……恨むなら、容易に付け込まれる己の精神の脆さを恨むんだな。」
「ちっ…!」

 パワージェムのエネルギーが充填され、ギルバートは再び引き金を引いた。弾はグルートの肩を撃ち抜き、彼の体は衝撃で吹き飛ばされた。壁に強く体を打ち付ける。身体中に走る激痛に悶え、顔を歪めた。


「……しかし、ただ殺すのではつまらない。燃えた金の分、たっぷりと苦痛を味わってから死んでいただきますよ。」

 ギルバートは苦しむグルートを前に、至極愉快といわんばかりに笑みを強めた。ーー残虐で、恐ろしいほどに優雅に。

◇◆◇◆◇


「オラァ!根性足りてねェぞ!てめェら!」

 ブレイヴはドラゴンクローで周囲の敵を薙ぎ倒していく。満身創痍ではあったが、仲間を思う気持ちが彼に力を与え、奮い立たせる。

「へへっ、どうだ!これがオレ様のPOWERだぜッ!」

 地に伸びた黒服達を見て、ブレイヴは歯を見せながら得意げに笑う。体中からエネルギーが漲ってきて、今ならどんな相手でも勝てそうな感覚だった。


「お見事。さすがのパワーで御座いますね。」
「なッ!」

 ツェペシュの声が聞こえた時には、ブレイヴの体は宙に浮き、強風に飛ばされ壁に体を打ち付けていた。

「ブレイヴ!…っぐ!」

 側にいたジェトが、手に力を溜め、サイコキネシスをツェペシュに向かって放つ。だが、彼はジェトの次の動きを予測していたのか、さっと身を翻し、間を空けずにエアカッターを発動させる。巻き起こった風が刃のように鋭くなり、風圧でジェトのサイコキネシスを相殺した。目に見えぬ超能力すら弾き返してしまうツェペシュの力にジェトは驚き、恐れ慄いた。

「ジェト様、先のトリックルームもお見事でしたが、あなたはやはり潜在的に能力がお高いご様子。もし、今の攻撃を毒タイプである私が受けていたら、ひとたまりもなかったでしょう。」
「……っぐ、ばかに…するな……っ!」
「古の王を前にそのような無礼は致しません。…その実力に敬意を表して、私も全力でお相手致しましょう。」

 ツェペシュが足止めの役を担っていた先の戦いは、全力ではなかったようだ。なにもかも、彼の掌の上で転がされていたように思われて、ジェトは己の無力さを噛み締めた。

(こっちは、ついていくのが……やっと…なのに……ッ!)

 容赦無く、次々と襲いかかってくる風の刃にジェトは防戦一方だった。ジェトにとっては、これが経験の差だと思い知らされるようで、益々心が掻き乱される。


「よそ見してンじゃねェぞ!おっさん!」
「!」
「ブレイヴッ!」

 ーーブレイヴが声を張り上げながら、ツェペシュを目掛けて踵を振り下ろす。彼の十八番のドラゴンダイブだ。
 ツェペシュの強力な攻撃を受けても、間を置かずに体勢を立て直せるのは、やはり持ち前の頑丈な体のお陰か。

「いきなりかますたァ、やってくれるじゃねェか!」
「ぐっ……!これは……。」

 咄嗟に、ツェペシュはブレイヴの攻撃を受け止めたが、並々ならぬ彼のパワーに押されていた。
 そして、力の拮抗を破ったのはブレイヴの方だった。ツェペシュの体はドラゴンダイブが放つ、蒼い光に包まれ、爆発する。

「よっしゃあ!やったぜ!」

 確かな手応えを感じて、ブレイヴはガッツポーズする。自分のドラゴンダイブを正面から受けて、立ち上がれるヤツはいない。彼はそう確信していた。攻撃の反動で巻き上がった砂埃が晴れた頃には、ツェペシュの伸びきった姿が見られるのだろうと。
 ニッと頬を緩め、彼は勝利の余韻に浸っていたーー。


「何処を見ておられるのですか?」

 だが、その余韻はたった一声で消え去った。さっと血の気が引いて、ブレイヴは緩めた頬を引き攣らせながら、振り返ろうとしたが。その頃には彼の体は、ハリケーンのような螺旋状の激しい風に巻き込まれていた。

「な…ッ……」

 攻撃は確かに当たり、全力のドラゴンダイブを食らったツェペシュに立つ力は残っていないはずだ。
 首根っこを掴まれ、自由の利かない体で視線だけを動かすと、青と紫の混じった大きな羽根を羽ばたかせているツェペシュがそこにいた。

「残念ながら、あなたが攻撃したのは偽物の私で御座います。」
「な…ンだと!?」

 実はブレイヴの攻撃を受ける直前、ツェペシュは瞬時に身代わりを発動させ、彼の攻撃を避けたのだ。まんまと偽物を掴まされたというわけだ。
 ブレイヴは悔しくなり、せめてもの抵抗と手足をばたつかせる。

「クソッ!離しやがれッ!」
「左様で御座いますか。……それでは、お望み通り。」

 だが、眼前に広がる景色にブレイヴは、はっ、と我に返る。怒りで我を忘れていた彼は、地に足がついていないことを漸く自覚したのだ。広いホールの座席が隅々まで見渡せた。ここはホールの天井近くの高さで……ツェペシュに首根っこを掴まれていることにより、辛うじて宙吊りを保っているのだ。
 猛烈に湧き上がる嫌な予感。息を呑み、ブレイヴの背筋に悪寒が走った。

「ちょ、や、やっぱ今のナシーー!」

 引き留めるも時すでに遅し。ブレイヴが声を上げた頃には既に、彼の体は投げ出されていた。
 断末魔が、ホール中に響き渡る。

「ギャアァアアアアア!!!」
「ブレイヴッ!」

 落下していくブレイヴの体。ジェトは彼を受け止めようと自身の影から黒い手を伸ばしたが、それよりも速く、ツェペシュが急降下して、追い討ちをかけるように、ブレイヴの体を羽根で叩き落とす。強力なアクロバットが空中で炸裂した。
 爆風と共に周辺の床や座席の破片が飛び散る。彼を助けようとした黒い手も、ジェト自身を守るために引っ込めざるを得なかった。


「そん……な。」

 粉塵が晴れた後、衝撃でクレーターができた床の中心に、ぐったりとしたブレイヴがいた。
 ジェトはすぐ様、彼の元へと駆けつける。あれ程パワフルで頑丈な彼が、今は指一つ動かさず、不気味なほど静かになり、白目を剥いている。

「うそ、だ。…へんじ、して……!」

 信じられなかった。幾ら体を揺さ振っても、ブレイヴは動かない。いつものように明るく、威勢のいい返事をしてくれない。

 ジェトはその場に崩れ落ちる。視界が滲み、変わり果てたブレイヴの姿も、まともに直視できなかった。


「ブレイヴ様のお言葉を借りると……余所見をしてはいけませんよ、ジェト様。」
「!」
「あなたは、今敵に命を狙われているのですから。」
 
 広げていた羽根を休め、ツェペシュがジェトの方に向かって歩く。穏やかな口調とは裏腹に、彼の放つ殺気はより強く、明確なものになっていく。
 恐怖が纏わりつき、ジェトは呼吸の仕方すら忘れてしまった。口の端から荒く空気が漏れ、体中から大量に汗が噴き出す。震えが止まらない。

「く、るな……っ!」
「……。」
「くるなって……い、言ってる、だろっ!!!」

 引きちぎれそうな、悲鳴にも似た声でジェトは叫んだ。
 再び得たこの体も居場所も朽ち果てて、砂絵の如く、瞬く間に消えてしまうのか。怖くて、逃げ出したくて堪らなかった。


 体を竦ませるジェトを見据え、ツェペシュは立ち止まり、小さく息を吐く。それはひどく落胆したような憂う空気を纏っていた。

「……古代の王は勇猛で、崇高な精神を持った支配者だとばかり思っておりましたが。ーーー残念です。脆弱な者に、王たる資格は御座いません。」

 ツェペシュの黒い瞳が、血のように紅い色を持ち、発光した。尖った八重歯と相俟って、ジェトの目には彼が化け物のように映った。


「ーー哀れな王よ。せめて、楽に葬って差し上げましょう。」

 ツェペシュの右手に集められた風が、細く鋭利になり、それは次第にレイピアのような形になる。恐怖に支配され、戦う意志を失ったジェトに成す術はなく、彼が武器を持って近づいてくる様を傍観する他になかった。
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