shot.12 金の楔

「野蛮なひとだとは思っていましたが、まさかここまでクレイジーな行動を取るとは思いませんでしたよ。」

 余裕に満ちていたギルバートの表情に翳りが見え、眉間には皺が寄っていた。
 その間にもまた一枚、札が焼け落ちて灰になる。アタッシュケースの中に入っていた金は既に半分以上無くなり、その全てがグルートの攻撃の燃料になっていた。

「そりゃどうも、お褒めいただき光栄だぜ。」

 悪戯をやり切った子供のようにグルートはニッと笑みを強めながら、皮肉の籠った言葉を吐き捨てる。
 劣勢の中での悪足掻きだったが、ギルバートを怯ませるのに、少しは効果があったようだ。


「野良犬風情が。……この俺に無駄金を使わせるとは、いい度胸だ。」

 勝ち誇ったような顔をするグルートに、ギルバートは苛立ちを隠せない。紳士を取り繕っていた彼の口調が荒くなっていた。
 主の憤りを察したツェペシュは前に出ようとしたが、彼はそれを遮った。


「この男は俺がやる。お前は雑魚を始末しろ。」
「……畏まりました。」

 ツェペシュは驚いた顔を見せたが、すぐに気持ちを切り替えて、ギルバートの命令通り、足速にブレイヴとジェトの方に向かった。


 再度、ステージの上でふたりは互いを見据えた。一触即発の重い空気の中、間合いを探り合う。グルートが後退すれば、ギルバートが一歩近づいてくる。
 ーーその硬直を破り、先に動いたのはギルバートの方。瞬きの間にグルートの目の前から消え失せた。

(速い……だが!)

 グルートは即座に身を翻し、背後に迫っていたギルバートの攻撃を受け止めた。これにはギルバートも虚を突かれた。その隙にグルートはしっぺ返しを繰り出し、彼の腹へと拳を叩き込んだ。

「……っく!」

 瞬時の判断で直撃は免れたが、無傷では済まない。後攻のとき、威力が二倍になるしっぺ返しを受け、ギルバートは腹を押さえながらよろめく。

「あんたは敵の背後を狙うのが好きみてぇだからな?幾ら速くても攻撃がくるのがわかってりゃ、対策できるぜ。」
「……成る程。野良犬でも少しは学習するようだ。」
「今度はこっちから行かせてもらうぜ。」

 グルートは大きく息を吸い、息を吐き出すのと同時に口から炎を噴射した。火炎放射、威力の高い炎タイプの技だ。
 ギルバートは身を引き、避けたが、着ていたロングコートに火が燃え移った。彼は即座に状況を理解し、素早くそれをストールと共に脱ぎ捨てる。
 躱すタイミングが多少ずれたとはいえ、ダメージを受けた直後での、俊敏な身のこなしにグルートは驚いた。

「俺はあんたのような身の程知らずが大嫌いでしてね。」
「……奇遇だな。俺もてめぇみてぇな金のことしか考えてねぇ、下衆な成金野郎は大嫌いだぜ。」


 彼の底知れぬ力に、グルートの頬を冷や汗が流れ落ちた。
 この男は強い、恐らく今まで戦ってきた相手の誰よりもーー、不本意ではあるがこれまでの無駄のない立ち回り、高威力の攻撃を見せられてはグルートもそう認めざるを得なかった。

 ギルバートは革手袋を引っ張り、改めて着心地を整え、左手に持っていた拳銃の銃口を真っ直ぐにグルートに向ける。

「アンヌさんはシャルロワ家の長女という選ばれた立場の人間。対してあんたは地位も金もない、小汚い野良犬だ。……本来ならあんたは彼女に近づくことすら許されないんですよ。」
「立場なんて関係ねぇ。アンヌは俺達の仲間だ。てめぇの小せぇ物差しで決めつけてんじゃねぇよ。」
「……愚かなひとだ。」

 決してアンヌを渡さないという強い意志をもって、グルートはギルバートを睨みつける。頑なに譲らない彼にギルバートは哀れみを含んだ眼差しを浮かべながら、ふっと薄く笑んだ。


「ヒーローを気取って、“罪滅ぼし”のつもりですか?」
「……何?」
「いや?それともあんたは“彼女”とアンヌさんを重ねているだけなんじゃあないのか?」
「!」

 ギルバートはわざとらしく、引っ掛かるような言い方をした。……まるで何もかもお見通し、といわんばかりに。

 彼女。何も思い当たる節がなければグルートが彼の言葉に精神を揺さぶられることはなかっただろう。
 ーーだが、グルートは戦慄し、その予感に心臓は激しく拍動していた。思わず心臓のあたりを掴み、握り締めていた。

 閉じ込めた胸の痛みが、彼の内で火傷のように疼き出す。
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