shot.1 令嬢誘拐
魔王に囚われたお姫様がいたの。お姫様は毎日、神様に祈っていた。「私はここにいます。どうか、私をお救いくださいませ。」って。お姫様の祈りは通じて、颯爽と現れた王子様が勇猛果敢に戦い、魔王を倒して、お姫様を救いだすの。そして、二人は恋に落ちて、めでたく結ばれる。――そんなメルヘンチックなおとぎ話が私は大好きだった。
勇ましくて、心優しい王子様。私の前にもいつか王子様が現れて、私の手を取り、温かいキスをしてくれるって、ずっと信じていた。
でも…、
◇◆◇◆◇
その大きな屋敷は、潮の流れが激しい17番水道の先、18番道路にあった。カロス地方の古城を真似た建築様式で、高い外壁の至るところに精緻なポケモンの彫像があしらわれている。芸術性を併せ持つこの絢爛な建物から、この屋敷の主は相当な権力者である、ということは想像に難くないはずだ。
――シャルロワ財閥。代々、この地に立派な邸宅を構えており、歴史あるイッシュの財閥だ。
シャルロワ財閥会長。レンブラント・シャルロワ、つまりこの屋敷の主――には、アンヌという一人娘がいた。
アンヌは生まれてから16年間、一度も屋敷の外に出たことがなかった。シャルロワ財閥は代々、男が跡を継ぐことになっており、女の子供が生まれた場合、保護という名目で屋敷に閉じ込めるのが普通だった。
広大な土地に立ち、図書館も病院も映画館も備えられた屋敷内で不便を感じることはなかったが、アンヌは見知らぬ壁の外の世界にいつも憧れを感じていた。厳しいバイオリンのレッスンは退屈だが、時々招かれた講師がしてくれる、外の世界の話は大好きだった。
(王子様が連れ出してくださらないかしら。)
そんなときアンヌはいつも幼少の頃、絵本で見た、あのおとぎ話のことを思い出す。囚われのお姫様を王子様が救い出してくれるハッピーエンド。いつか自分の目の前にも王子様が現れて、ここから連れ出してくれるのではないかと淡い期待を抱いていた。
けれどアンヌにとって、それはおとぎ話に以上に非現実的な夢物語だったのだ。
◇◆◇◆◇
窓から見る空には雲一つなく、それはいつも以上に青く、壮大に、遠く見えた。
父親の書斎から出てきたアンヌはどこか上の空だった。覚束無い足取りで、自然とアンヌは屋敷内の庭園に向かっていた。
しかし、今のアンヌには花を愛でる心の余裕などなく。アンヌは、身に付けていた赤いペンダントを握りしめながら、ぱたりと芝生の上に崩れ落ちてしまった。
父の前で涙を我慢することはできた。しかし、それは所詮、その場しのぎのものでしかない。アンヌの瞳からは圧し殺していた感情がぽろぽろと、溢れだしていた。嗚咽を抑えきれず、小さな子供のように泣きじゃくる。父の平手打ちを食ら方がまだましだと思ってしまうくらい、アンヌの心は痛んでいた。
「お前の結婚相手が決まった。」
父から発せられた衝撃的な言葉が脳裏で反芻されても、簡単には受け入れることができなかった。
物語の世界のように自分で恋をして、好きな相手を決めることができるとばかり思い込んでいた。少なくとも、誰かを想う心まで制限されるとは思ってもいなかった。
相手の家柄、名前などの身上が父の口から述べられてもアンヌの頭には一切入って来ず、ただ、結婚という現実味のない二文字ばかりが鋭く心に突き刺さっていた。
「披露宴に備えて、今一度マナーの勉強をしておけ。お前にはもったいないぐらい大物な方だからな。私に恥をかかせるなよ。」
外の世界を知らないアンヌは知らぬ間に夢を見すぎていたのかもしれない。
物語と現実は全く違うことを突きつけられたようだった。財閥の令嬢はお姫様などではなく、ただ一族を繋ぐためだけの奴隷に過ぎない。その初めて知った現実にアンヌはひどく絶望していた。
(私は、誰かを好きになることすら許されないの?)
好きでもない相手と望まない結婚させられ、一生、シャルロワ財閥という首輪に囚われる。
なんの根拠もなく漠然と、いつか見られる、と思っていた世界の景色すら一度も見ることなく、死んでしまうのかしら――そう思うとアンヌの心には惨めな気持ちが沸き上がった。
「どうか、私をお救いくださいませ。どうか……。」
しかし、物語のお姫様のように祈ったところで、アンヌの声に応えてくれるものはどこにもいない。現実はどうあがいても、バッドエンドにしかならなかった。
勇ましくて、心優しい王子様。私の前にもいつか王子様が現れて、私の手を取り、温かいキスをしてくれるって、ずっと信じていた。
でも…、
その大きな屋敷は、潮の流れが激しい17番水道の先、18番道路にあった。カロス地方の古城を真似た建築様式で、高い外壁の至るところに精緻なポケモンの彫像があしらわれている。芸術性を併せ持つこの絢爛な建物から、この屋敷の主は相当な権力者である、ということは想像に難くないはずだ。
――シャルロワ財閥。代々、この地に立派な邸宅を構えており、歴史あるイッシュの財閥だ。
シャルロワ財閥会長。レンブラント・シャルロワ、つまりこの屋敷の主――には、アンヌという一人娘がいた。
アンヌは生まれてから16年間、一度も屋敷の外に出たことがなかった。シャルロワ財閥は代々、男が跡を継ぐことになっており、女の子供が生まれた場合、保護という名目で屋敷に閉じ込めるのが普通だった。
広大な土地に立ち、図書館も病院も映画館も備えられた屋敷内で不便を感じることはなかったが、アンヌは見知らぬ壁の外の世界にいつも憧れを感じていた。厳しいバイオリンのレッスンは退屈だが、時々招かれた講師がしてくれる、外の世界の話は大好きだった。
(王子様が連れ出してくださらないかしら。)
そんなときアンヌはいつも幼少の頃、絵本で見た、あのおとぎ話のことを思い出す。囚われのお姫様を王子様が救い出してくれるハッピーエンド。いつか自分の目の前にも王子様が現れて、ここから連れ出してくれるのではないかと淡い期待を抱いていた。
けれどアンヌにとって、それはおとぎ話に以上に非現実的な夢物語だったのだ。
窓から見る空には雲一つなく、それはいつも以上に青く、壮大に、遠く見えた。
父親の書斎から出てきたアンヌはどこか上の空だった。覚束無い足取りで、自然とアンヌは屋敷内の庭園に向かっていた。
しかし、今のアンヌには花を愛でる心の余裕などなく。アンヌは、身に付けていた赤いペンダントを握りしめながら、ぱたりと芝生の上に崩れ落ちてしまった。
父の前で涙を我慢することはできた。しかし、それは所詮、その場しのぎのものでしかない。アンヌの瞳からは圧し殺していた感情がぽろぽろと、溢れだしていた。嗚咽を抑えきれず、小さな子供のように泣きじゃくる。父の平手打ちを食ら方がまだましだと思ってしまうくらい、アンヌの心は痛んでいた。
「お前の結婚相手が決まった。」
父から発せられた衝撃的な言葉が脳裏で反芻されても、簡単には受け入れることができなかった。
物語の世界のように自分で恋をして、好きな相手を決めることができるとばかり思い込んでいた。少なくとも、誰かを想う心まで制限されるとは思ってもいなかった。
相手の家柄、名前などの身上が父の口から述べられてもアンヌの頭には一切入って来ず、ただ、結婚という現実味のない二文字ばかりが鋭く心に突き刺さっていた。
「披露宴に備えて、今一度マナーの勉強をしておけ。お前にはもったいないぐらい大物な方だからな。私に恥をかかせるなよ。」
外の世界を知らないアンヌは知らぬ間に夢を見すぎていたのかもしれない。
物語と現実は全く違うことを突きつけられたようだった。財閥の令嬢はお姫様などではなく、ただ一族を繋ぐためだけの奴隷に過ぎない。その初めて知った現実にアンヌはひどく絶望していた。
(私は、誰かを好きになることすら許されないの?)
好きでもない相手と望まない結婚させられ、一生、シャルロワ財閥という首輪に囚われる。
なんの根拠もなく漠然と、いつか見られる、と思っていた世界の景色すら一度も見ることなく、死んでしまうのかしら――そう思うとアンヌの心には惨めな気持ちが沸き上がった。
「どうか、私をお救いくださいませ。どうか……。」
しかし、物語のお姫様のように祈ったところで、アンヌの声に応えてくれるものはどこにもいない。現実はどうあがいても、バッドエンドにしかならなかった。
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